アカデミー賞で世界の注目を集めた『セールスマン』。

Culture 2017.07.05

ニューヨーク発の舞台劇に重ねた、テヘランの"いま"と巧妙な風刺。
『セールスマン』

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テヘランの建築ラッシュの歪みから引っ越しを迫られる中、妻が暴漢に襲われる。夫婦の危機と意外な犯人像に肉薄。米アカデミー賞外国語映画賞を受賞。

 導入部は名場面だ。乱開発のテヘラン。亀裂の走った建物から避難する住民。リーダーが主人公エマッド(シャハブ・ホセイニ)。雄々しき男。壁の亀裂、窓のひびは作品を貫くエマッドの心情のメタファーでもある―。私は『別離』(2012年)でアスガー・ファルハディの描く「テヘランのリアル」に圧倒された。そのあと旧作に遡り『火祭り』(06年)『彼女が消えた浜辺』(09年)を見た。いずれも人物描写が自然でスリリングで、プロット展開のうまさに唸った。『セールスマン』の女主人公ラナを演ずるタラネ・アリドゥスティはこの2作で主役、準主役を演じている。
 『別離』への道は、同作を頂点とする急坂を駈け登る映画作家の英知だ。続く『ある過去の行方』(13年)はパリを舞台にした人物設定が空疎な失敗作。イランに戻っての『セールスマン』は、1949年ニューヨーク初演の『セールスマンの死』とリンクさせた心理サスペンスだ。性表現に規制のある国での性犯罪が謎解きパズルの中心にある。そこに巧妙かつ高度な政治批判が匂う。たとえば、家族の名誉と恥を「演ずる」主役カップルが対決するのは旧世代の名誉と恥だ。ただし「犯人」が残した手がかりやエマッドの「復讐」は無理がある。テヘランのリアルからは遠い。が、同時に全裸の娼婦を描けないから赤いコートを着せた舞台劇と合わせ鏡の政治風刺が漂う。
 アーサー・ミラーが『セールスマンの死』を書いた頃、赤狩りの暗雲が全米を覆っていた。コートの赤はその赤だ。こういった政治風景を舞台劇として、エマッドの生徒たちが鑑賞する。彼らは紛れないテヘランのリアルだ。

文/原田 眞人(映画監督)

1973年からロサンゼルスを拠点に健筆を揮う。監督転身後の代表作に『クライマーズ・ハイ』(2008年)『駆込み女と駆出し男』(15年)。司馬遼太郎原作の『関ヶ原』が今夏8月26日公開。
『セールスマン』
監督・脚本/アスガー・ファルハディ
出演/シャハブ・ホセイニ、タラネ・アリドゥスティ
2016年、イラン・フランス映画   124分
配給/スターサン
Bunkamura ル・シネマほか全国にて公開中
www.thesalesman.jp

*「フィガロジャポン」2017年7月号より抜粋

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