帰宅後の「ちょっと1杯」、愉しみと依存症の境界線。

Culture 2020.04.13

仕事が終わって家に帰っても、家事に育児に大忙しの女性たち。帰宅後の「第2ラウンド」に立ち向かう前に、息抜きにワインを1杯――この現象はフランスでは、特に子どもを育てる管理職の女性に多いという。ちょっとした喜びとアルコール依存症の境界線はどこにあるのだろう? 『L'Alcoolisme au féminin(女性のアルコール依存症)』の著者であるローラン・カリラに話を聞いた。

200413-le-petit-verre.jpg息抜きは悪ではないけれど、適量と適切な頻度を守りたい。photo : Getty Images

「ルクセンブルク近郊で金融関係の仕事をしています。職場では常にプレッシャーを感じています」とナタリーは語る。「夜、娘を寝かしつけてから、夫が帰ってくるのを待ちながら、ワインを1杯飲むのが習慣に。1杯がやがて2杯、3杯になり、そのうち1本空けるようになっていました」。ベルギー人のナタリーは47歳。鬱の症状で抗不安薬を服用する彼女にとって、アルコールがもうひとつの薬になった。悪循環に陥りそうになったとき、彼女は思い切って、依存症支援団体「SOSアディクション」でスポークスマンを務める、パリ郊外の都市ヴィルジュイフのポール=ブルス病院 依存症専門精神科医ローラン・カリラの診療室の扉を叩いた。

いっぽう、シャルロットの場合は鬱に悩んでいるわけではない。大手グループ企業のカスタマーサービス部門で部長を務め、充実した毎日を送っている40代の彼女は、仕事が好きで、友人にも恵まれている。7歳の息子を持つシングルマザーでもあり、子育ても順調だ。しかしふと気づくと、毎晩息子が寝た後に、ワイングラスを片手に居間のソファに座って、読書をしたり、Netflixのドラマを見たり、インスタグラムをチェックする時間を待ちきれない自分がいる。グラスに2杯目を注いでしまうこともしばしば。「これは私の“キャリー・ブラッドショー”タイム。ようやくほっとできる自分だけの時間であり、気晴らしの時間でもある。日中は、毎日の仕事に終わりのない競争、ひっきりなしに舞い込む頼みごとに追われて、息をつく暇もないから」とシャルロットは話す。「ただ、アルコールがないと気分転換できないような気がして、心配になることがある」

カリラ医師の元には、ナタリーやシャルロットのような女性たちが多く訪れる。「彼女たちは40~50代のおしゃれでダイナミックな女性です。仕事に多くの時間を費やし、ひっきりなしに電話でやり取りをしている。子どもは1人か2人。結婚している人、離婚した人、独身者もいれば、カップルで同棲している人も」。共通点は、飲酒が毎日の習慣になっていること。『女性のアルコール依存症』のなかで、管理職の女性の多くにこうした特徴が見られるとカリラは解説している。

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――いまアルコール依存症のリクスが最も高いのは、これまで考えられてきたようなタイプの女性ではないと書いていますね。

高学歴で高収入、社会的地位の高い女性ほど、依存症とはいかないまでも、アルコール消費量が多いことが確認されています。2018年に現役社会人を対象に実施された危険な飲酒に関する調査によると、管理職の女性の12%近くが、高リスクな飲酒者であることが示されています。この数字に驚く人もいるかもしれませんが、それにはいくつもの要因があります。社会が変化し、女性の活躍の場が拡大し、精神的負担を軽減する必要が生じたこと。社会のなかで、特にソーシャルネットワーク上で飲酒が評価されていることなど。いまや飲酒が悪いことだと考える人はいません。仕事の後に息抜きで1杯飲むのは、普通のことになったのです。

――帰宅後に1杯飲むという人は、気をつけるべきですか?

フランス公衆衛生局は、1日2杯(基準の1杯はワイン100ml、ビールなら250ml)まで、週に2日は飲まない日を設ける、というガイドラインを制定しています。でもたとえこのラインに従って飲んでいても、リスクはあります。仕事から帰って1杯飲むぐらいは問題ありません。しかし、仕事の後、家事の前のこの1杯が自分へのプレゼントやご褒美になってしまうことがあります。このようにアルコールをありがたいものとみなしてしまうのが危険なのです。女性の場合はなおさら、精神的負担、仕事や子どものこと、夫婦生活、女性ならではの人生の悩みなど、常に強いプレッシャーを受けているわけですから。

――では、どういう時に依存症を疑うべきですか?

ひとりで飲むようになったら注意が必要です。つらさを乗り越えるため、アルコールの向精神薬効果を期待してお酒を飲むようになっているからです。女性の場合、最初は付き合いで飲み始める人が大半です。仕事の後にグループで適量のアルコールを飲む分には、気分もリラックスしますし、帰宅前のちょっとした「ブレイクタイム」になるでしょう。ただ、アルコールは精神安定剤ではありません。少量の飲酒には緊張を和らげ、不安を軽減させる効果があるので、何か問題を抱えたときに、抗不安薬替わりにアルコールに走りがちです。でも実際は、飲酒の量や回数が増すほど、不安感や抑うつ傾向を高めてしまう。これは生理学的なメカニズムで、慢性的な飲酒が脳に及ぼす影響です。飲んでいる間は、そのことに気付かないだけなのです。

――薬代わりに飲酒するのはとりわけ女性に多いリスク、と指摘しています。

男性の依存症は、一般的に常習癖にあたることが多い。アルコールという物質に依存しているわけですね。でも女性の大多数は二次的な依存で、不安や鬱などの精神的な苦痛の上にアルコールが重なってくるので危険です。リラックスのためではなく、苦しみを取り除くために飲む状態ですから。また、依存から抜け出したいと思うまでに、女性の方が時間がかかる傾向があります。羞恥心や罪悪感にさいなまれたり、日常生活を切り盛りできなくなる恐怖と、家族にばれてしまう恐怖との間で板挟みになっているのです。

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――危険な飲み方かどうかを見分けるにはどうしたらいいでしょう?

飲む量を前もって決めたり、決まった時間に飲むとか、ひとりで隠れて飲むなどの習慣が始まったら要注意です。酒量ももちろん増えます。私が診察している女性たちは、帰宅後すぐに飲み始め、寝るまで断続的に飲み続けると言います。夕食の準備をしながら2、3杯飲む。まだグラスに残っているのにこっそり注ぎ足して、1杯しか飲んでいないようなふりをし、子どもたちが寝た後に飲み続ける。酒のボトルや小瓶を戸棚に隠している人もいます。ケースごとに違いはありますが、こうした習慣があることや、飲む量を事前に決めようとすることなどは依存症を見分ける基準になります。

仕事から帰ってお酒を多量に飲むというのも、そうした習慣の一例です。とはいえ、人はある時突然、依存症になる訳ではありません。さまざまなリスク要因が重なり合っています。常習癖の兆候が現れるのは、本人の資質、遺伝や環境要因、あるいは思考的要因などのバランスがすべて崩れたからなのです。

――飲酒が常習化していると感じたら、どうすればいいですか?

リスクを減らすためには計画を立てることが大切。お酒の飲み方に問題があると感じたら、リスクを軽減するために対策を立てましょう。これはひとりでもできます。自分の身を守るために1日のスケジュールを組むのです。ひとりになる時間を作らない、スポーツや趣味の活動を行う。要は、アルコールがそうであったように、満足感を与えてくれる、抗不安薬の替わりになるような活動に取り組むことです。

夜、遊びに行くときも、お酒を何杯も立て続けに飲まないようにノンアルコール飲料を挟もうとか、惰性で飲まないように何か食べるようにしようなど、あらかじめ計画を立てておくことが大切です。

また、自分の酒量をチェックするのも、アルコールとの付き合い方を見直す方法です。たとえば1日2杯まで、週に2日は休肝日を設けるというフランス公衆衛生局のガイドラインを参考にして、自分自身に注意を促し、飲み過ぎを認識すること。「Fast alcohol consumption evalutation」、通称「FACEテスト」のような、セルフチェックのためのスクリーニングテストも、依存症の早期発見に役立ちます。でもリスクが高いと感じたら、まず主治医に相談して問題に取り組みましょう。医療機関にかかるのは気が進まないという人は、元アルコール依存患者が運営する依存症支援団体などに相談するといいでしょう。

こんな兆候には要注意

「アルコール依存症の診断には、少なくとも12カ月の観察が必要です。この間に5Cと呼ばれる5つの傾向が見られると依存症と診断されます」とカリラ医師は説明する。5Cとは、セルフコントロール(Control)の喪失、アルコールへの抑えがたい強い渇望(Craving)、強迫的(Compulsive)かつ継続的(Continuous)な使用、そして、心身の健康や社会生活に支障をきたす重大な影響(Consequences)が出ているにも関わらず、飲酒を持続するという5項目を指す。

この5Cを生活行動に当てはめると次のようになる。アルコールなしではリラックスできず、短時間で多量のアルコールを摂取し、飲酒ができる状況を常に探し求め、仕事や家族のことをおろそかにする。「身近にこうした飲酒傾向がのある人がいたら、注意を促す必要があります」とカリラは続ける。「その時も、すぐにアルコールの話題を持ち出すのではなく、まず相手の気持ちに寄り添うこと。「『最近の気分はどう?』とか『元気がないように見えるけどどうしたの?』といった会話を始めて、その後に飲酒に関する質問をするようにするのです」

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texte : Sofiane Zaizoune (madame.lefigaro.fr)

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