アナ・ウィンター、あなたは本当はどんな人?
Culture 2021.09.25
アメリカ版ヴォーグの編集長はとても冷たい人で要求が多く、得体が知れないと言われている。だがこの大物ジャーナリストが時折見せる笑顔に、人々は戸惑いを隠せない。『プラダを着た悪魔』のモデルとなった人物の中に、本当はどんな女性が隠れているのだろう?
イギリスのファッション評論家、スージー・メンケスが撮ったアナ・ウィンター。Instagram@suzymenkes
顔を覆うサングラスに超然とした表情、切りそろえられたボブヘア……巷でのアナ・ウィンター像はこれだけで描けてしまう。そして神話を切り崩すのも意外と簡単なのかもしれない。ここで紹介するのはファッション界がこよなく尊敬するファッションジャーナリスト、スージー・メンケスのインスタグラムに投稿された写真だ。
そこには顔をほころばせて目元もにこやかに、連れに笑いかけるアナが写っていた。8月最後の週末、ドルチェ&ガッバーナのアルタ モーダ コレクションが開催されたヴェネツィアの街中で撮影されたものだ。
雨が降っていて、サングラスもしていないところをパッと撮られた写真であっても、1988年からアメリカ版ヴォーグ編集長を務めてきたアナが警戒心を解いた顔はなかなかチャーミングだ。「本当に彼女なの?」と写真にコメントしたのはジャン=ジャック・ピカール。50年近くにわたってラグジュアリー界の経営層にアドバイスをしてきたフランス・ファッション界の影の立役者だ。
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「あなたはビッチ?」
そう問いかけたくなるのも無理はない。「ファッション界の大御所」のアナは冷淡で高慢なイメージを長年培ってきた。ファッションショーのフロントロウに一人で座ることを好み、顔が隠れる大きなサングラスがトレードマークだ。また、取材を受けるマスコミも入念に選んでおり、インタビューはごくわずか。
2009年にアメリカのドキュメンタリーテレビ番組「60ミニッツ」でのインタビューはいまでも語り草になっている。「あなたはビッチ?」と、ジャーナリストのモーリー・セイファーが切り込んだ。答えは質問と同じぐらい突拍子もなかった。「私と15年、20年一緒に仕事をしている人がたくさんいる。私が本当にそんなにビッチなら、あの人たちはマゾヒストね!」
皮肉に皮肉で切り返したものの、2004年の小説『プラダを着た悪魔』がアナをモデルに書かれたことはよく知られている。著者のローレン・ワイズバーガーは1年間、アナのアシスタントだった。400ページに及ぶこの本は映画化され、女優のアン・ハサウェイの出世作となった。メリル・ストリープが演じた役によって、誰からも恐れられる権力者としてのアナのイメージが一気に広まった。この小説は、若い女性が某大手ファッション誌の剛腕編集長のアシスタントとして過ごした悪夢のような1年を語っている。要求が厳しくて冷淡で命令口調。そんなイメージが本物のアナにぴたっと張り付いた。
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あなたは無慈悲?
それにしても、「人間的な優しさを欠いている」という評判は本当なのだろうか。彼女のかつての右腕、アンドレ・レオン・タリーは否定しない。有能なファッションエディターでアナとは30年来の友人でもあるアンドレは、ヴォーグを突然解雇された直後の2020年に回顧録を出版した。その中でアナとの複雑な関係を語り、彼女は「冷酷」だと断じた上で、「植民地的な環境に属する植民地的な女性で、自分自身に疑問を抱かず、白人の特権を危うくしたり、特権を問題視することは一切許さない」と、辛らつにアナを描写した。
これに対してアナは一切無反応を貫き、冷たいイメージが助長するに任せた。しかし、黒人への差別に抗議するブラック・ライブズ・マター(BLM)運動が盛り上がると、アメリカ版ヴォーグ編集長への非難が再燃した。
2020年10月、ニューヨーク・タイムズの調査により、10名以上ものヴォーグ元従業員の証言が明るみに出た。コンデナストのアートディレクターも兼務するアナが何年にもわたって人種差別的な職場環境を培ってきた、と何人かが指摘したのだ。非難されたアナはいつもの超然とした態度から一転、社内メールで謝罪した。「言いたいのは、ヴォーグが黒人の編集者、ライター、デザイナー、クリエイターに場を与えて昇格させるための十分な努力をしてこなかったことを知っているということです。また、不寛容だったり傷つけたりするような写真や記事を掲載する過ちも犯しました。その責任はすべて私にあります」
剛腕編集長としては珍しく困惑した様子だった。だがこんな謝罪はまやかしだと言う人もいる。アナ・ウィンターは、自分の職を失わないためにやったと言うのだ。確かに当時、彼女はまもなくクビになるだろうといううわさが流れていた。
しかし、2カ月後、このうわさが根も葉もなかったことが明らかになった。アナを待ち受けていたのは解雇などではなく、特別に新設された新しいポストだった。アナ・ウィンターは、コンデナストのコンテンツの最高責任者となり、「グローバル・コンテンツ・ヘッド」に任命され、ザ・ニューヨーカー誌を除くコンデナストグループのすべての雑誌を統括することになった。
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あなたは恋してる?
こうした失敗談は、無敵なように見えるアナも実は失敗体験や欠点を持ち合わせた1人の女性であることを改めて認識させてくれる。彼女の情熱もまたそうで、ファッション業界だけでなく、誰しもがアナのロマンスに興味津々だ。
数年前からささやかれているのが、映画『ラブ・アクチュアリー』でチャーミングなロック・スターを演じた俳優のビル・ナイと付き合っているのではないかということ。最近、ふたりはローマでのディナーの際、親しげに互いに腕を回しているところをまたもや目撃された。サングラスや無表情な顔とは一線を画す、甘くロマンティックなイメージだ。
アナを知る人は、こだわりが強くて情熱的な女性だと言う。ボブ・マーリーとの仲を疑われたこともあったが、本人は否定している。1970年代のニューヨークでは、アナーキーな編集者リチャード・ネヴィルや、ゴシップコラムニストのナイジェル・デンプスターと付き合っていたのではないかとも言われている。
しかし、アナが結婚したのは著名な児童精神科医のデビッド・シェイファーで、ビーとチャールズという2人の子供を授かった。社交欄ではあらゆるガラに顔を出し、にこやかな笑顔で華やかな魅力を振りまき、カール・ラガーフェルドとも非常に親しかった。
やがてテキサスの実業家、シェルビー・ブライアンとの熱愛が明るみに出てマスコミの注目を浴びる。1999年、結婚生活に終止符を打つと、アナは氷の時代に突入した。2021年は「ビルナイによる温暖化」で氷も溶けるだろうか?
text:Sabrina Pons (madame.lefigaro.fr)