小松菜奈×宮沢氷魚×吉本ばなな 時を超えて響く小説の魅力。

Culture 2021.10.02

吉本ばななの短編小説を映画化した『ムーンライト・シャドウ』が公開中だ。

価値観が変わりゆくいま、30年以上前に描かれた小説はなぜ私たちの心に響くのか? 主演の小松菜奈、宮沢氷魚、吉本ばななが、喪失と向き合う物語の魅力を語った。

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小松:トップ¥45,100、スカート¥79,200/ともにチカ キサダ(エドストローム オフィス) 宮沢:シャツ¥39,600、パンツ¥49,500、サンダル¥53,900/以上トーガ ビリリース(トーガ 原宿店)

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1987年に書かれた吉本ばななの原点『キッチン』(新潮社刊)に収録されている「ムーンライト・シャドウ」が、30年以上の時を超えて映画化された。主演の小松菜奈、宮沢氷魚は、この物語をどう紐解き、演じたのか。吉本ばななを交え、映画『ムーンライト・シャドウ』の舞台裏を語った。

 

“誰もが何かを失っている時代に、いまある幸せを感じて希望をくれる物語”

小松菜奈(以下、小松) 吉本さんは、レジェンドみたいな存在。私がこの原作を初めて読んだのは小学生の時だったと思います。

吉本ばなな(以下、吉本) 私がちょうどいまの小松さんと同じくらいの年齢で書いた小説なので、そうなりますよね。

小松 それって本当にすごいことですよね。すごすぎる!

吉本 34年前の作品だから、びっくりですよ。大学の卒論として、初めて人に読んでもらうことを前提に書いた小説だったので、これで賞を取れなかったら就職しようと思っていて、プレッシャーを感じながら書いたことを覚えています。本が出た時も、まだアルバイトしていましたから。

宮沢氷魚(以下、宮沢) そうなんですか!?

吉本 そう。お笑い芸人みたいなこと言っちゃった(笑)。高校3年生と大学1年生の時にものすごい失恋をしたんですね。婚約とかそういうレベルだったのに韓流ドラマみたいな出来事が起きて、本当にどうにもならない別れを経験した。これはちょっと受け入れがたいと思いながら、運命によってすべてを失うという気持ちをちゃんと書いておきたいと思ったんです。

宮沢 ばななさんの物語って、向き合うのが辛いことが描かれているのに、とにかく言葉が美しくて、背中をぽんと押される気がするんですよ。読んでいると、目の前に鮮明に景色が浮かんできて。この美しい世界観を映像化できるんだろうかと、撮影は楽しみ半分、不安半分みたいなところがありました。

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小松 『ムーンライト・シャドウ』は最愛の人を突然失う話ですけど、最初はやっぱり受け止められないだろうし、まだその人がこの世にいる気がしてしまうと思うんです。撮影も初日から、等(宮沢)を失ったさつき(小松)が走るシーンを一気に撮って、とにかくひたすら走って、走って。お芝居だから、短い距離を走ればいいよと言われたんですけど、それだと気持ちがついていけなくて、かなり長い距離を何回も走らせてもらったんです。ふたりの幸せなシーンをまだ撮っていなかったので、すごく孤独だったけど、でも、その孤独によって彼女が前に進む道のりにもなったし、撮影が走るシーンから始まってよかったって、後からすごく思いました。後悔ばかりして、ずっと前に進むことができなかった彼女にとって、走ることはやっと探し出せたことで、それできっと息を吸うことができたんだと思うし、彼女に走ることがあってよかったなって。

吉本 何でもいいから走るんだっていうあのシーンは、唯一激しく悲しむ場面でもあったと思うので、すごく印象に残っています。大切なものを失くした時って、自分の身体を感じられなくなるからね。身体を感じること、たとえば身体をいじめることも含めて、しないと生きられないんじゃないかっていうのが、たいていの小説に走るシーンや食べるシーンを入れる根拠かもしれない。小松さんは、役づくりで減量されたんですよね。

小松 そうですね。

吉本 もともと細いのに、身体がなくなっちゃうんじゃないか心配(笑)。

小松 でも頑張ったぶん、食べるシーンでパンがめちゃくちゃおいしく感じたんですよ。食べられることがうれしくて、ああ、さつきが感じたのもきっとこういう喜びなんだって。生きるためには食べないといけないし、生きてるから食べるんだって。その時に思えたので、この気持ちを味わえてよかったなって。

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喪失と再生を描いた名作、いまだからこそ届けたい。

宮沢 等は、すごく自分に近いものがありましたね。僕は3人兄弟の長男なんですけど、下のふたりが自由人ということもあって、家族がハッピーでいられるようにバランスを取る役割を果たしていたんです。心が不安定な弟の柊を守ってやらなきゃって、等も表ではいつも笑顔だけど、本当は誰にも言えない葛藤を日々感じていたと思うんです。映画の中でも、さつきに「一緒に住もう」と言われて、等は何とも言えない表情をする。あれは意識的にそうしたというか、それまで無理やり蓋をしていた心の闇に触れた瞬間で、さつきと出会うことで、等は初めて心を解放することができたんじゃないかと思いました。

吉本 あのシーンは、等のどこか諦めた感じがすごく伝わってきましたね。

宮沢 ありがとうございます。一方で、楽しくて明るい記憶を残すというのがこの役のミッションでもあって、等とさつき、柊とゆみこが4人で楽しく過ごしているシーンが、僕の中でもいちばん思い出に残っています。みんなでピタゴラスイッチを作るシーンなんてほとんどアドリブで、素の自分たちで楽しんでいるところがあったし、お昼休憩も4人で輪になって食べたりしましたね。

吉本 あのピタゴラスイッチ、台本だともっと難しい名前でしたよね。なんだっけ? そうだ、ルーブ・ゴールドバーグ・マシンだ(笑)。柊とゆみこも、いかにもああいうことして遊びそうなカップルじゃないですか。

宮本 エドモンド・ヨウ監督はライブ感覚を重視する人なので、口癖が「ホンバン! ホンバン!」で(笑)。その瞬間瞬間に生まれた役者のナマの気持ちだったり、本番で起こる奇跡みたいなものを大事にしてくれて、僕たちもすごく自由にやらせてもらったことに感謝しています。

小松 橋の上でふたりがキスをするシーンは、夜、すべての撮影が終わった後、監督と3人で丸くなって話し合ったんです。どういう感情でふたりがいったん離れて、また近づいていくのか。キスして、抱きしめるのか。抱きしめて、キスするのか。話すって大事だなと思ったし、それがあったからあの世界観を作りこむことができたんだと思います。監督はばななさんの物語をすごくリスペクトされていて、みんな、そんな監督を信じてついていこうって。それが映像にも表れていると思います。

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吉本 全体的に不思議なドキュメンタリー感がありましたよね。人間が主人公なんだけど、人間だけじゃない、風景の記録みたいな。監督が日本人じゃないせいか、日本の風景がものすごく美しく撮られている。それぞれの役者さんのいちばんよいところがちゃんと映っていて、それもすごいなと思いました。

宮沢 映画では最愛の人の死が描かれているけれど、いまってコロナ禍もあって、みんなが多分何かを失ってると思うんです。何かを失うと、人間ってすべてをマイナスに考えちゃうじゃないですか。でも、いまある幸せ、いまを作りあげている過去の幸せみたいなものをしっかりと感じて、前に進んでいかないといけない時期だと思うので、このタイミングでこの映画が公開されることは希望を与えられることだと思うんです。少なくとも、僕はこの映画を通して今日からまた頑張ろうと思えました。

小松 一歩でもいいから前に進んで、希望を見つけて生きていこうというメッセージが描かれていると思うので、そこが観てくださった人たちに伝わるといいなと思います。

吉本 結局、人の心がズタズタになった時には、人には癒やせないし、川の煌めきとか、自然とか、世の中の全部のいろんな要素が癒やしてくれる。そのことを私も小説で描きたかったけれど、映画は映像だから、空とか風とか草とかそういうものに徐々に癒やされていってるんだなと、よりハッキリと感じて、時間の経過を感じられたのがうれしかったですね。若いっていうだけで辛いってことがいっぱいありますからね。痛かったり、恥ずかしかったり、苦しかったり、傷ついていることがいっぱいある。等はきっと「何もしないまま死んじゃった」という気持ちだったと思うんですけど、姿が出るたびに、言わないけど、なぜか何もできなかった人の無念っていうものが伝わってくるんですよ。でも最後に、さつきと恋愛してよかったってこともすごく伝わってきて、悲しい場面しかないのに、生きることにすごく肯定的な気持ちが残る。いろんな要素が重ならないと名作って生まれないと思うので、この物語を名作にしてもらえてよかったなと思います。

Nana Komatsu
1996年、東京都生まれ。数々の映画に出演し、2016年にはハリウッドデビューを果たす。『閉鎖病棟ーそれぞれの朝ー』(19年)で日本アカデミー賞優秀助演女優賞、『糸』(20年)で優秀主演女優賞を受賞。

Hio Miyazawa
1994年、アメリカ・カリフォルニア州生まれ。メンズノンノ専属モデルや俳優として活躍。初主演映画『his』(2020年)で、数々の賞を受賞。来年はNHK連続テレビ小説「ちむどんどん」に出演予定。

Banana Yoshimoto
1964年、東京都生まれ。日本大学藝術学部文芸学科卒業。87年『キッチン』で第6回海燕新人文学賞を受賞しデビュー。著作は30カ国以上で翻訳出版されている。近著に『吹上奇譚 第三話 ざしきわらし』(幻冬舎刊)など。noteにて配信中のメルマガ「どくだみちゃん と ふしばな」をまとめた文庫本も発売中。

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「ムーンライト・シャドウ」
『キッチン』収録作品 吉本ばなな著
 新潮社刊 ¥473

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『ムーンライト・シャドウ』
●監督/エドモンド・ヨウ
●出演/小松菜奈、宮沢氷魚ほか
●2021年、日本映画 92分
●配給/S・D・P、エレファントハウス
●全国にて公開中
https://moonlight-shadow-movie.com

●問い合わせ先:
エドストローム オフィス tel:03-6427-5901
トーガ 原宿店 tel:03-6419-8136

*「フィガロジャポン」2021年11月号より抜粋

photography: Kisshomaru Shimamura styling: Chie Ninomiya (Nana Komatsu), Takanori Akiyama (Hio Miyazawa) hair & makeup: Kie Kiyohara (Nana Komatsu), Taro Yoshida (W / Hio Miyazawa), Takako Uchiyama (Commune Ltd. / Banana Yoshimoto) text: Harumi Taki

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