大火災から復活したノートルダム大聖堂、再建の物語。【パリの永遠の名所を歩く】
Paris 2025.04.27
鮮やかに蘇った、フランスの象徴。
Notre-Dame de Paris
ノートルダム大聖堂〈4区|シテ島〉
炎と煙に包まれた尖塔がゆっくりと崩れ落ちるさまを、世界が息をのんで見つめたのは、2019年4月15日のことだった。それから5年半。昨年12月7日、ノートルダム大聖堂の扉が再び開かれた。

木組みの屋根は焼け落ち、溶け出した鉛の粉塵が彫刻やステンドグラスを覆い、消火のための大量の水を浴びて壊滅的な状態となったノートルダムのために、世界中から8億4000万ユーロを超える寄付金が集まった。250の企業と2000人の職人を動員した5年間の修復工事では、屋根を立て直すためにフランス全土から2000本以上の樫材が切り出された。4万2000立方メートルに及ぶ壁や天井の石が磨き直され、約2000点の彫刻が運び出されて各地のアトリエで修復された。尖塔の再建のために組まれた高さ100メートルの足場とクレーンが、パリの空にそびえ立った。中世と同様、手斧で大聖堂の木製構造を組み上げた大工たち、鮮やかなチャペルの彩色を再現した修復師たち、数千本ものパイプを解体し、掃除して美しい音色を蘇らせたオルガン技師の姿。ノートルダム大聖堂の修復は、中世以来のサヴォワールフェールを継承する職人の手仕事に再び光を当てた。
色彩が目を引く礼拝堂
大聖堂を巡る回廊に沿って礼拝堂が並ぶ。北側の礼拝堂には旧約聖書の、南側にはパリにゆかりのある聖人たちの名がつけられた。これらの礼拝堂は19世紀の大改修により中世風の意匠で装飾が施されたが、1960年代に批判を受けて一部が削除。今回の修復で鮮やかな色彩が復活した。
再びお目見えしたステンドグラス
奇跡的にすべて無傷だったステンドグラスは徹底的に磨き直された。聖堂の北と南、入口の真上にあたる西側に配された13世紀のバラ窓が最も有名。大聖堂を彩るステンドグラスは19世紀から20世紀に制作されたものが多い。奥の東側の先端にあるステンドグラス(写真)は中央に聖母礼賛、左に受胎告知、右に聖母マリアの訪問が描かれる。南側の回廊には、画家としても著名な女性アーティストのクレール・タブレが新しいステンドグラスを制作することが発表されたばかり。
大聖堂に足を踏み入れれば、長年の埃が払われ磨き上げられた白い石壁にステンドグラスが色を映す大空間に圧倒される。入口からまっすぐに祭壇の方向を望めば、天井高33メートルのアーチの連なりの奥に、金色に輝く十字架とステンドグラスが見える。ネフ(主廊)を囲む側廊に沿って並ぶチャペルの色鮮やかさ。祭壇の後ろにあるクワイア(聖職者のためのスペース)を囲む内陣障壁には14世紀の彩色彫刻が生き生きと蘇り、キリストの生涯と復活後の物語を伝えている。北、南、西側を彩るバラ窓。西のバラ窓をバックにシルバーに輝くパイプオルガン。十字架のキリストが頭に頂いていたいばらの冠の一部とされる聖遺物も火災から無事に救出され、東側の奥の「聖母マリア7つの悲しみ」チャペルの中央に安置されている。
奇跡の無傷、ピエタ
「フランスを聖母マリアに捧げる」と決意したルイ13世の意思を継ぎ、ルイ14世が制作させたピエタは、十字架から下ろされた息子を抱いて天を仰ぐ聖母マリア像。クワイアの奥に金の十字架とともに姿を見せている。大火災では目の前に尖塔が崩れ落ちたが無傷。教会入口の聖母子像とともに、奇跡のひとつとして語られる。
息を吹き込まれた
パイプオルガン1868年に制作されたフランス最大のパイプオルガンは、炎は免れたものの鉛の粉塵で覆われてしまった。解体して掃除された7952本のパイプは再オープンを前に再度組み立て調律され、昨年12月7日、大司教の祝福を受けて復活した。©Trung Hieu Do
キリストの冠が聖堂の奥に
キリストが十字架にかけられた時のいばらの冠は、ルイ9世がパリに持ち帰ったとされる聖遺物。19年の大火災の際、間一髪で消防士のキャプテン、フランクが救出。シルヴァン・デュビュイソンのクリエイションによる新しい聖遺物箱には聖冠、十字架のかけらとはりつけに使われたという一本の釘が収められ、大聖堂の東奥の礼拝堂に。©Edouard Elias
12世紀から14世紀にかけて建設されたゴシック様式の大聖堂は、フランス革命時に権力の象徴として破壊の対象となり、荒れ果てた。19世紀に入ってナポレオンの戴冠式が行われ、ヴィクトル・ユーゴーの小説『ノートルダムのせむし男』で一躍有名になった大聖堂は、1844年、建築家ウージェーヌ・ヴィオレ=ル=デュックの指揮で大改修される。ゴシック建築に特別な想いを寄せる彼は中世当時の技術に忠実であろうとし、中世のスタイルに一貫性を持たせるため、修復に留まることなく新たな彫刻を加えた。鮮やかなペイントを施して中世スタイルの内装を完成させ、フランス革命で破壊された尖塔を自らの意匠で再建した。
大火災を受けての今回の修復の目標は、この大改修時の姿を取り戻すことだったが、いくつかの現代クリエイションも時代の足跡を残している。大聖堂に入ってすぐ目に入る十字架を抱いたブロンズの洗礼盤、祭壇、司教座などの調度品や、重要なミサで聖職者が纏う祭服、信徒や見学者のための座席などが新たにクリエイトされた。北側の回廊に並ぶチャペルを飾るタペストリー、南側の回廊のためのステンドグラスもまた現代アーティストの採用が決まり、制作が進んでいる。
「建物を修復するとは、維持し、直し、作り直すことではない。その時代にはまったく存在しなかったかもしれない完全な状態に立て直すことなのだ」とウージェーヌ・ヴィオレ=ル=デュックは語っている。

エントランスのすぐ左手の柱を飾る大聖堂のシンボルは、足元に天井の構造が崩れ落ちてもわずかに鉛の埃を被っただけで無傷だった奇跡の聖母子像。14世紀に彫刻され、19世紀にノートルダムに移されて以来、聖堂の入口で訪れる人を優しく迎えてきた。

北側の礼拝堂は現代作家による7点のタペストリーの完成を待つ。それまでの数カ月間、マティスやブラックの作品を織り上げた1970年代のタペストリーが特別に飾られている。©Pascal Lemaître

壁を彩る聖壇の後ろ側のクワイアをぐるりと囲む壁には、14世紀に制作されたレリーフ彫刻が施されている。北側の面はキリストの生涯を描き、南側はキリストの復活から昇天までを描く。19世紀の修復で本来の色が一度取り戻されたが、現代の技術で再び鮮やかな色彩が戻ってきた。

司教、司祭、助祭が再オープンを祝うミサで纏った祭服もこの機会のために新たにデザインされた。それぞれ希望やキリストの血などの意味を持つ色彩である赤青黄緑が白地にちらされ、ゴールドの十字架があしらわれた白い祭服は700点。ジャン⹀シャルル・ドゥ・カステルバジャックがデザインし、ルサージュ、アトリエ モンテックス、ゴッサンスなど、le19Mの5つのメティエダールが制作にあたった。今年6月8日の聖霊降臨祭まで着用され、その後は重要なミサで使用される。上:©Marie-Christine Bertin-Diocèse de Paris 下:©Alix Marnat

聖遺物箱、制作中のタぺストリーやステンドグラスなど、再オープンを機にコンテンポラリーなクリエイションが加わった。1500脚の椅子をはじめ、ベンチや跪き台は女性デザイナー、イオナ・ヴォートランによるものでシンプルなスタイル。ソローニュ地方の森から切り出された樫材を使用し、ランド地方の小さな村で制作。

デザイナーで彫刻家のギヨーム・バルデによる祭壇は、ブロンズのシンプルなフォルム。ミサに使われる祭具の数々も、シルバーとゴールドのミニマルデザインだ。大聖堂の入口正面に置かれた洗礼盤も同様で、波打つ水面のようなブロンズの蓋に十字架が立つ。大聖堂にコンテンポラリーなアクセントを加える印象的なクリエイションに。
©Guillaume Bardet







Notre-Dame de Paris
ノートルダム大聖堂〈4区|シテ島〉
6, Parvis Notre-Dame place Jean-Paul II 75004 ★Google Map
01-42-34-56-10
Ⓜ︎CITÉ
開)7:50〜19:00(月〜水、金)、7:50〜22:00(木)、8:15〜19:30(土、日)
無休
ミサ
開)8:00、12:00、18:00(月〜金)、8:30、12:00、18:00(土)、8:30、10:00、11:30、18:00(日)
見学無料 要予約
https://www.notredamedeparis.fr/
※宗教音楽の有料コンサート http://musique-sacree-notredamedeparis.fr/
パリ在住歴32年。出版社勤務後、フリーランスエディターを経て、2017年より「フィガロジャポン」パリ支局長を務める。本誌連載「Hot from PARIS」でパリの“いま”を伝える。
*「フィガロジャポン」2025年5月号より抜粋
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photography: Julio Piatti-Notre Dame de Paris text: Masae Takata (Paris Office)