【後編】歴史に残る年に! カンヌ映画祭2021を振り返る。
Culture 2021.10.17
コロナ禍による中止を経て、2年ぶりの開催を迎え、お祭り騒ぎだった南仏の7月。28年ぶりの女性監督のパルムドール受賞や、記念すべき年の話題作をレポート。
『フレンチ・ディスパッチザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』チームも登場した。左から、リナ・クードリ、ウェス・アンダーソン、ティモシー・シャラメ。
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[ Palme d'or|パルムドール賞 ]
『Titane』(原題)
ジュリア・デュクルノー監督
スタイリッシュな映像とバイオレンスで、作家性を開花!
幼い頃、父親の運転する車で事故に遭い、頭にチタンが埋め込まれた若い女アレクシアは、残虐な殺人を繰り返していた。逃亡する中、孤独な中年の消防士ヴァンサンの10年前に行方不明になった息子アドリアンになりすまし、彼の家で同居を始め……。『Titane』(原題)は、デビュー作『RAW〜少女のめざめ〜』(2016年)でカンヌ国際映画祭「批評家週間」にセンセーションを巻き起こした、フランスの新鋭ジュリア・デュクルノーの長編2作目である。前作では、自らの本性に目覚めていく少女の成長譚を、カニバルホラーというジャンル映画のフレームで描いたデュクルノーだが、本作でもボディホラーというジャンルを追求し、自らの作家性を開花させた。スタイリッシュな映像と過激なバイオレンスは、80年代のボディホラーの旗手デヴィッド・クローネンバーグを彷彿とさせるが、一方で主人公が抱えた若い女性の身体あるいは女性性そのものへの葛藤やフラストレーションが、ある意味『RAW〜少女のめざめ〜』の続編ともとれる。今年のカンヌいちばんの衝撃作であることは間違いない。
Julia Ducournau
監督・脚本/ジュリア・デュクルノー
出演/ヴァンサン・ランドン、ガランス・マリリエールほか
2021年、フランス・ベルギー映画 108分
2022年、日本公開予定
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[ Grand Prix|グランプリ ]
『A Hero』(原題)
アスガー・ファルハディ監督
イランの名匠が母国で制作した、サスペンスな心理劇。
ベルリン国際映画祭金熊賞した『別離』(2011年)と、カンヌで脚本賞と男優賞に輝いた『セールスマン』(16年)で2度のアカデミー賞外国語映画賞を受賞しているイランの名匠アスガー・ファルハディ。2018年にカンヌのオープニングを飾った、スペインが舞台の『誰もがそれを知っている』の後、母国に戻って作った心理劇。借金を返済できず収監されたラヒムは、2日の外泊を許可されて一時帰宅。恋人や家族との再会も束の間、提訴を取り下げるように債権者の説得に奔走するが……。洞察に満ちた人間描写や真実が見えないサスペンスな展開で、彼の持ち味が生きた秀作。
Juho Kuosmanen & Asghar Farhadi
監督・脚本/アスガー・ファルハディ
出演/アミール・ジャディディほか
2021年、イラン・フランス映画 127分
日本公開未定
『Compartment No. 6』(英題)
ユホ・クオスマネン監督
優しさと人間的魅力にあふれる、ロシア版ロードムービー。
モスクワと北極圏の都市ムルマンスクを行き来しているフィンランド人の考古学生ローラは、長距離寝台列車の中で、炭鉱労働者のロシア人の青年と2等車で乗り合わせる。やがて、ふたりの間には不思議な感情が芽生え……。フィンランドの作家、ローザ・リクサムの同名小説を映画化。デビュー作『オリ・マキの人生で最も幸せな日』(2016年)でカンヌの「ある視点部門」グランプリを受賞したフィンランドのユホ・クオスマネンの新作は、『ビフォア・サンライズ 恋人までの距離』(1995年)のロシア版ともいえる、オフビートな優しさと人間的魅力いっぱいのロードムービーだ。
監督・共同脚本/ユホ・クオスマネン
出演/ユーリー・ボリソフ、ディナーラ・ドルカーロワほか
2021年、フィンランド・ドイツ・エストニア・ロシア映画 107分
日本公開未定
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[ 監督賞 ]
『Annette』(原題)
レオス・カラックス監督
ロックバンド発、メロドラマ風ミュージカル映画。
ロサンゼルスのスタンダップコメディアンのヘンリー(アダム・ドライバー)と、オペラ歌手のアン(マリオン・コティヤール)は、恋に落ちて結婚し、娘アネットが生まれる。ふたりの仲は冷え始め、関係を修復するためにヨットで旅に出るが、アンが遭難してしまう。アメリカのバンド、スパークスの企画をもとに、レオス・カラックスが監督を手がけたメロドラマ風ロックミュージカル映画。妻が成功の階段を上っていくことに焦りを感じる、ヘンリーのダークサイドをドライバーが見事に体現。珍しく他者の企画に乗ったカラックスだが、初の英語劇で新境地を切り開いた。
監督/レオス・カラックス
出演/アダム・ドライバー、マリオン・コティヤール、サイモン・ヘルバークほか
2020年、フランス・ドイツ・ベルギー・日本・メキシコ映画 140分
配給/ユーロスペース
2022年、日本公開予定
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[ 男優賞 ]
『Nitram』(原題)
ケイレブ・ランドリー・ジョーンズ
オーストラリアで起きた事件の凶暴な青年を怪演。
1996年にオーストラリアのタスマニア島で、マーティン・ブライアントがライフル乱射で35人を殺害したポートアーサー事件をテーマに、彼の家庭環境や事件が起こるまでの背景を描く。監督は『マクベス』(2015年)や『トゥルー・ヒストリー・オブ・ザ・ケリーギャング』(19年)で知られる、オーストラリア出身のジャスティン・カーゼル。『ゲット・アウト』(17年)や『スリー・ビルボード』(17年)などの個性的な役どころで知られる、若き演技派ケイレブ・ランドリー・ジョーンズが、ニトラムというニックネームで呼ばれた凶暴な青年を怪演。主演俳優としての躍進に繋がるはずだ。
Caleb Landry Jones
監督/ジャスティン・カーゼル
出演/ケイレブ・ランドリー・ジョーンズ、ジュディ・デイビス、エシー・デイビスほか
2021年、オーストラリア映画 110分
日本公開未定
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[ 脚本賞 ]
『ドライブ・マイ・カー』
濱口竜介監督
村上文学を引き継ぎながら展開する、確かな脚本力。
2年前に最愛の妻を亡くした舞台演出家の家福は、国際演劇祭で多言語演劇の演出を依頼され、愛車のサーブで広島に向かう。現地では演劇祭の規則により、専用ドライバーが雇われた。無口な若い女性ドライバーみさきとの静かな時間から、やがて家福は心の奥に追いやっていた深い痛みと向かい合う。村上春樹の同名の短編を大胆に脚色した心理ドラマだが、村上文学のエッセンスを引き継ぎながらも、小説にはない後半の展開の素晴らしさに確かな脚本力を感じる。多言語演劇や手話などコミュニケーションに関する深い洞察が具現化された、実験的な要素も満載の野心作。
Ryusuke Hamaguchi
監督・共同脚本/濱口竜介
脚本/大江崇允
出演/西島秀俊、三浦透子、岡田将生、霧島れいかほか
2021年、日本映画 179分
配給/ビターズ・エンド
日本全国にて公開中
https://dmc.bitters.co.jp
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[ 女優賞 ]
『The Worst Person in the World』(英題)
レナーテ・ラインスベ
青春コメディを演じた、ノルウェーの人気女優に注目。
ノルウェーの医学部に通う20代後半のジュリーが、さまざまな恋愛を繰り返しながらキャリアを模索し、本当の自分を見つめ直すきっかけとなった4年間を描いている。ホラーの『テルマ』(2017年)やイザベル・ユペールが自死する写真家を演じた『母の残像』(15年)などで知られる、ノルウェーのヨアキム・トリアーによる青春コメディ。グレタ・ガーウィグ的なヒロイン、ジュリーを演じたレナーテ・レインスヴェは、TVシリーズで活躍するノルウェーの人気女優だ。国際的には無名だったレインスヴェが、この女優賞をきっかけに海外で活躍する姿に注目したい。
Renate Reinsve
監督・脚本/ヨアキム・トリアー
出演/レナーテ・ラインスベ、アンデルシュ・ダニエルセン・リーほか
2021年、ノルウェー・フランス・スウェーデン・デンマーク映画 121分
日本公開未定
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[ 審査員賞 ]
『Memoria』(原題)
アピチャッポン・ウィーラセタクン監督
ティルダ・スウィントン主演、タイの巨匠の英語映画。
スコットランド人の園芸家ジェシカは、病に伏した姉に会うためにコロンビアのボゴタを訪れた。そこで、建設計画の調査のために来ていたフランス人考古学者や若いミュージシャンたちと親しくなる。けれども、どこからともなく響いてくる爆音に悩まされて……。『ブンミおじさんの森』(2010年)で、カンヌのパルムドールを受賞したタイ出身のアピチャッポン・ウィーラセタクン監督の新作。主演は、古くから監督の友人であるティルダ・スウィントン。母国タイを出て、南米コロンビアで撮った全編英語映画だが、その作家としての資質は揺るぎなく高い評価に繋がった。
Apichatpong Weerasethakul
監督・脚本/アピチャッポン・ウィーラセタクン
出演/ティルダ・スウィントン、ジャンヌ・バリバール、フアン・パブロ・ウレゴほか
2020年、コロンビア・タイ・イギリス・メキシコ・フランス映画 136分
日本公開未定
『Ahed’s Knee』(英題)
ナダヴ・ラピド監督
祖国への愛と不満、自己を投影させたストーリー。
40代半ばのイスラエル人映画監督Y.は、自作の映画を発表するために砂漠の奥地にある村にやってきた。そこで文化省の職員であるヤハロムと出会い、自分がふたつの負け戦をしていることに気付く。ひとつは祖国の自由の死、もうひとつは母の死との戦いだ。『シノニズム』(2019年)がベルリン国際映画祭で金熊賞を受賞した、イスラエル出身の気鋭ナダヴ・ラピドの自己を投影させたストーリー。現在はフランス在住のラピドが、祖国イスラエルへの愛とフラストレーションを昇華させた作品は挑戦的で野心的だ。日本では彼の作品はほぼ上映されていないが、公開されるべき傑作。
監督・脚本/ナダヴ・ラピド
出演/ヌル・フィバク、アヴシャロム・ポラックほか
2021年、フランス・ドイツ・イスラエル映画 109分
日本公開未定
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TOPICS-IN-FOCUS
1. 『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』
ファン垂涎! ウェス・アンダーソンの世界。
フランスの架空の街で、名物編集長アーサー・ハウイッツが亡くなった。新聞に付帯している雑誌「ザ・フレンチ・ディスパッチ」の最終章を巡る物語を3部構成で描く。編集長役ビル・マーレイのほか、フランシス・マクドーマンド、ティルダ・スウィントン、ティモシー・シャラメ、リナ・クードリなど、豪華キャストが共演する。『グランド・ブタペスト・ホテル』(2014年)の流れを汲む、フェアリーテール調のセットやファッションもファン垂涎。
監督・脚本/ウェス・アンダーソン
出演/ティモシー・シャラメ、リナ・クードリ、エイドリアン・ブロディ、ティルダ・スウィントン、レア・セドゥー、ビル・マーレイほか
2021年、アメリカ映画 108分
配給/ディズニー
2022年1月、日本公開予定
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2. 『Onoda 一万夜を越えて』
フランスの気鋭監督による、日本兵の物語。
「ある視点」部門のオープニング作品。第二次世界大戦末期、スペインのルバング島に取り残され、約30年後に無事に生還した日本兵、小野田寛郎のサバイバルストーリー。ジャングルでの壮絶な自給自足生活はもとより、部下との関係、上司の言葉など、多角的な視点から戦争とは何かを問いかける。監督は『汚れたダイアモンド』(2016年)で注目された、フランスの気鋭アルチュール・アラリ。4カ月間のカンボジアロケで、迫力ある映像を実現。
監督・脚本/アルチュール・アラリ
出演/遠藤雄弥、津田寛治、仲野太賀ほか
2021年、フランス・日本・ドイツ・ベルギー・イタリア映画 174分
配給/エレファントハウス
TOHOシネマズ日比谷ほか全国にて公開中
https://onoda-movie.com
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3. 『Emergency Declaration』(英題)
韓国俳優オールキャストのアクションムービー。
韓国を発ってハワイに向かった飛行機の機内でテロリストがウイルスを撒き散らしたことにより、乗客全員が死の危機に追い込まれる。果たして目的地まで飛べるのか、日本への着陸はあるのか。『ザ・キング』(2017年)のハン・ジェリム監督のもと、イ・ビョンホン、ソン・ガンホ、チョン・ドヨン、イム・シワンが顔を揃えたパニックアクションムービー。スペシャルスクリーニングで上映され、イ・ビョンホンは閉会式でプレゼンターも務めた。
監督・脚本/ハン・ジェリム
出演/イム・シワン、イ・ビョンホン、ソン・ガンホほか
2021年、韓国映画 147分
日本公開未定
*「フィガロジャポン」2021年11月号より抜粋
text: Atsuko Tatsuta