尾崎世界観×遠野遥が語る「いま」を支えた本のこと。

Culture 2021.10.20

ミュージシャンで小説も発表している尾崎世界観と芥川賞作家の遠野遥。 小説、エッセイを発表するたびに大きな注目を集めるふたりが語るのは、 クリエイターとして生きる“いま”を支えた本のこと。


僕たちはこんな本を読み、こんなことを考えてきた。

パソコンの画面越しに、初対面のふたり。ひとりは、ロックバンド、クリープハイプのボーカルとして人気を集める尾崎世界観。2016年からコンスタントに小説を発表し、20年に『母影』が第164回芥川龍之介賞の候補にノミネートされた。もうひとりは、デビュー作『改良』 に続く著作『破局』で20年の第163回芥川龍之介賞を受賞した作家、遠野遥。初の平成生まれの受賞者として歴史に名を残すこととなり、現在3作目の初長編『教育』が話題を呼んでいる。ともに、日常生活を半径とした、手の届くリアルな世界を舞台に紡ぐ小説と、吐息のように生の感情を晒すエッセイを書く、特異な存在感のある新進作家だ。そんな彼らに、時勢的にも、個人的にも大きな動きがあった20〜21年に目を通した本の中で、印象に残る3冊を挙げてもらった。

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尾崎世界観 
1984年11月9日、東京都生まれ。2001年結成のロックバンド「クリープハイプ」のヴォーカル・ギター 。12年、アルバム『死ぬまで一生愛されてると思ってたよ』でメジャーデビュー。14年、初の日本武道館2Days公演を開催、18年にも4年振りとなる日本武道館公演を成功させる。16年、初小説『祐介』(文藝春秋刊)を書き下ろしで刊行。その他の著書に『苦汁100%』、『苦汁200%』 (ともに文藝春秋刊)、『泣きたくなるほど嬉しい日々に』(KADOKAWA刊)。1月に単行本が発売された最新小説『母影』(新潮社刊)が第164回芥川賞の候補作に選出。

 

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遠野 遥 
1991年、神奈川県生まれ。慶應義塾大学在学中より執筆を始め、2019年に『改良』で第56回文藝賞を受賞し、デビューを果たす。翌20年に2作目の『破局』で第163回芥川龍之介賞を受賞。現在、新著『教育』(すべて河出書房新社刊)が発売中。文芸誌にエッセイも寄稿している。

 

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尾崎:読む本を選ぶ段階で「コロナ禍だから」という理由が入ってくることはないですね。

遠野:私も、特に影響はないです。

尾崎:ただ、普通に読んで、後からその内容をいまの時勢や自分の状態に照らし合わせて考えることはあります。本谷有希子さんの『嵐のピクニック』は、普通じゃない風変わりな物語が入っている短編集で、 そういうおかしな話が意外と自分の身体の中にすんなりと入ってくると感じましたね。それは去年から世の中が変わってきたからなのかもしれません。

遠野:なるほど。なかでもどの話が好きでしたか ?

尾崎:ある動物園にいる知能が高いチンパンジーが主人公の「マゴッチギャオの夜、いつも通り」です。本谷さんの著作は、好きでほとんど読んでいますが、本谷さんが書く動物の物語ってめちゃくちゃ感動するん ですよね。世の中の動物が出てくる話の多くは、彼らが“喋れない” ということにあぐらをかいている印象がある。でも、本谷さんはそこから逃げずに描いていて、その上でちゃんとおもしろい物語として成立させているんです。

遠野:とても興味深いですね。次に挙げている村上龍さんの『ライン』も、自分に照らし合わせる部分があるんですか ?

尾崎:そうですね。この作品は短編がリレー形式で繋がっていきます。 それぞれの話に出てくる登場人物が全員変でヤバい。でも、読んでいると安心するんです。こんな変な人たちがいてくれたら、自分もやっていけるなって。彼らの存在が、自分と社会の間のクッションになる感じがして。ひとつ目のエピソードからとんでもない登場人物が出てきて、それがどんどん連鎖していくので、週刊誌の記事やネットニュースを読むような下世話な感覚で読める小説です。どこを切り取っても変な人ばかりで安心します。遠野さんはどんな本を読まれたんですか ?  すごく気になりますね。

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遠野:最近読んだ本は、ジョージ・オーウェルの『一九八四年』です。というのも、私の『教育』を読んだ文芸の編集者のひとりから「マルキ・ド・サドとジョージ・オーウェルを悪魔合体させたような小説」と言われたのですが、私はどちらもまったく読んだことがなかったので、いい機会だと思って手に取りました。確かに、設定などはちょっと似ていると感じる部分があって。それを別にして、本当におもしろかった。いままで読んだ小説の中で最もおもしろい作品のひとつだと思いました。 大変刺激を受けたと同時に、なんだか執筆活動のハードルが上がってし まって……。

尾崎:それはどうしてですか ?

遠野:私は読む本をすごく打算的に選んでいまして。たとえば、自分が長編を描いている時は長編の作品を読むなど、その時自分が手がけている小説に近いもので、何か自分の創作にプラスになりそう、または参考になりそうなものを選んでいるんです。漠然とおもしろそうだからと手に取ることはほぼないです。

尾崎:おもしろいですね。ちなみに、『教育』はおそらく20〜21年に書かれていると思うのですが、その時はどんな本を選んで読んでいたんですか ?

遠野:ここで挙げている安部公房の『密会』を読んでいました。あらすじを話すと、普通に日常を送っていた男とその妻のもとに、ある時呼んでもいない救急車がやってきて、妻を連れて行っちゃうんです。彼女はどうやらある病院に搬送されたとわかって、男は妻を探しに行くけど、病院の中を探せば探すほどわけのわからない世界に引きずり込まれていって……。そんな、日常から始まって、突然非日常に引きずり込まれていくという世界が好きで、何回も読み返していますね。

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尾崎:遠野さんは、本に変な人が出てくると安心しませんか ?

遠野:そうですね、変なキャラクターが出てくると、純粋に惹かれます。あと、この作品は舞台が病院だからか、登場する人たちが何か病んでいて、病院に閉じ込められているかのように感じられるところが好きです。私は、登場人物たちがあちこち移動する小説が好きではなくて、どこにも行かず、閉じ込められた空間にずっといてほしい。自分の嗜好とすごくマッチしている物語ですし、先日発表した『教育』 にも少なからず影響を与えているかなと思っています。

尾崎:執筆の参考にするために選んだ本でおもしろいものに当たると、得した気分になりますよね。

遠野:ええ。この対談のテーマをいただいて思ったのですが、この言い方が正しいかわかりませんが、マクロとミクロ、両方の目で見て素晴らしい本に出合うと、うれしくなりますね。

尾崎:それはどういうことですか ?

遠野:マクロは設定やストーリー、ミクロは文章一行一行という意味で使 っています。『一九八四年』では監視社会の中、敵とされている人物に対して分間暴言を吐く毎日の行事が描かれたり、『密会』では呼んで もいないのに救急車がやってきて妻を連れ去ったり、設定やストーリーがおもしろい上に、文章もおもしろい。ラジオ体操みたいに、指導員の動きに合わせて体操をするシーンがあるんですが、指導員が急に「私は 三十九歳で、子供が四人います。」と言い出すんですよね。その唐突さがとても良くて。ストーリーと文章どちらもおもしろい作品はなかなかないので、このような作品に出合うと、大きな満足感を得られます。

尾崎:なるほど。夏目漱石の『こころ』は違うんですね。

遠野:実は、『こころ』はもともと文体しか注目していなくて。多くの人に支持されている有名な著作ですが、どういう話なのかはよくわかっていません。

尾崎:(笑)。そうなんですね。

遠野:はい。小説を書き始めた時、書き方が全然わからなくて、とりあえず誰かの真似をしようと思ったんです。夏目漱石の文体は、私にすごくしっくりきて、心地いい。私はけっこうな頻度で文章を「た」 で終わるようにしているんですけど。

尾崎:確かに。そういう印象、ありますね。

遠野:そこはやっぱり夏目漱石から来ていて、いまだに影響を受けていると、自分で思っています。

尾崎:音楽活動を続けるために助けてもらったという点で、石川雅規 さんの『頭で投げる。』は大事な一冊です。プロ野球が好きで、石川投手が活躍するヤクルトスワローズのファンなんです。石川投手は身長が高くないのですが、そういう選手がどうやってプロとして投げているか、プロの世界でやっていくためにどんな努力をしているかが書かれている。球の握り方といった技術面から、選手としてどういう精神状態を保つきかといった理論的な話が収録されています。決してマニアックな玄人向けではなく、野球選手を目指している少年に向けて書かれた指南書です。

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遠野:尾崎さんも、3冊目はほかに挙げたふたつと違いますね。

尾崎:はい。いろいろ状況が変わっていく日々の中で、ライブがなくなったり、なくなるだろうと思っていたら急にやれたりするので、その たびに気持ちの持って行き方が難しくて。石川投手をはじめ、ピッチャ ーは常に相手のバッターがいて、彼らに対策を立てられ、それに対して 自分も何か対策するということの繰り返しだと思うんです。そういう途方もないことにどう向き合っていくかがわかりやすく書かれているので、すごく参考になりますね。今回挙げた3冊は、日々変わる自分のいまの位置を確認できる標なのかもしれません。

遠野:尾崎さんの3冊も繰り返し読んでいる本かと思うのですが、新刊も読まれますか ?

尾崎:比較的、いまの作品を読むことが多いですね。話題性というよりは、単に羨ましいからなんです。自分は、やるからにはやっぱり売れたいと思って活動しているんですけど、世の中に出るか出ないかの時期はもう過ぎているので、この世に出ていこうとしている人に対する憧れがあるんですよね。1回しか経験できない瞬間を感じたいなと思って、新人の作家さんの小説をよく読んでいます。遠野さんの作品も読ませていただいています。

遠野:ありがとうございます。

尾崎:遠野さんの作品に感じることは、本筋から挿話に行ったりまた 戻ってきたりする時に、段差がない。これ、どうやって書けるのかなと不思議に思っているうちにぐいぐい惹き込まれています。

遠野:そうですね……、挿話に対して、主人公がほとんどリアクションをしていないからですかね。ちゃんと聞いていないのかもしれません。

尾崎:確かに。そう言われてみれば納得です。

遠野:私も『祐介』を読ませていただきました。主人公はバンドとして苦しい時期にあり、お金もなく、生活をする中で不愉快なことも 起こりますが、独特な視点とユーモアが随所にあり、そのバランス感覚が見事ですごくおもしろかったです。

尾崎:うれしいです。今度ライブをする時はお誘いします。本の話はつい長くなってしまいますね。続きはまたその時にでも。

遠野:ぜひよろしくお願いいたします。

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『ライン』
受話器から伸びるコードを見ることで、その線(ライン)の上で会話が聞こえる女性がいる。半殺しの目に遭った SM嬢や恋人を殺したキャリアウーマン、IQ170を誇るウェイター。日常に潜む人間たちから聞こえたのは性やトラウ マが炙り出す現代日本の闇。
村上 龍著  幻冬舎刊 ¥545

『頭で投げる。』
167cmという小柄な体形ながら、 発刊当時プロ通算100勝を達成 したヤクルトスワローズの現役投 手、石川雅規が教えるピッチングの極意。彼のこれまでの活動を追体験しながら、身体だけではない、頭と心を使ったピッチャー としての在り方を伝える書。
石川雅規著  ベースボール・マガジン社刊 ¥942

『嵐のピクニック』
優しいピアノ教師が見せた一瞬の狂気を描く「アウトサイド」や、 ボディビルにハマっていく主婦を主人公とした「哀しみのウェイトトレーニー」など、奇想天外な13の短編を収録。著者自身が「ブレイクスルーを感じた」と語った第7回大江健三郎賞受賞作。
本谷有希子著  講談社刊 ¥594

 

 

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『密会』
ある夏の日、突然男は押しかけてきた救急車に妻をさらわれる。 彼女を求め辿り着いたのは巨大な病院。院内はあらゆる場所に 盗聴装置があり、監視されていた。病院を支配する副院長をはじめ、奇妙な人々と関わりながら 出口の見えない地獄で追い詰められていく。
安部公房著 新潮社刊 ¥649

『一九八四年』
1950 年の核戦争後、3つの大国に分断された世界。そのひとつオセアニアは、「ビッグ・ブラザー」 が率いる党が支配する全体主義国家となった。歴史の改竄を担当する党員、ウィンストン・スミスは、 党に疑問を持ち始め、重大な犯 罪行為に手を染めてしまう。
ジョージ・オーウェル著  早川書房刊 ¥946

『こころ』
明治末期。鎌倉の海岸に来ていた「私」は、不思議な魅力を持つ男性と出会い、「先生」と呼び交流を深めていく。父親の容体を慮り帰省していた実家で、先生からの分厚い手紙を受け取る。友人「K」との間に起きた悲劇が書かれていた手紙は、遺書だった。
夏目漱石著 KADOKAWA 刊  ¥396

 

*「フィガロジャポン」2021年11月号より抜粋

interview & text: Hisamoto Chikaraishi

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