ウェスの最新作『フレンチ・ディスパッチ』第1章「確固たる名作」でアートは何か、問う。

Culture 2022.01.25

ファンタジックな物語と色彩あふれる映像で観客をときめかせる映画作家ウェス・アンダーソン。最新作は、雑誌「フレンチ・ディスパッチ」に掲載された記事の裏話を4編のオムニバスにまとめるという映画×雑誌の夢のコラボ! 第1章はモノクロ映像。美術界におけるお金のパワーと芸術家の生きざまが描かれている……。


ティルダ・スウィントン演じるエキセントリックな美術批評家、ベレンセンが「フレンチ・ディスパッチ」誌に寄稿するエッセイは、「画家と絵画の肖像」。天才画家でありながら、人を殺めた罪で服役するモーゼス・ローゼンターラーが新作を完成させるまでのストーリーだ。いかにもウェス・アンダーソンらしいウィットと、現代美術界に対する皮肉が盛り込まれている。

やり手の美術商カダージオにより、“フレンチ・スプラッター派アクション絵画”(ありそうでなさそうな命名が可笑しい)の旗手として一世を風靡したローゼンターラーは、豊満な肉体とあどけない顔を持つ女性看守シモーヌに出会い、再び創作意欲を刺激される。目ざといカダージオはさっそく新作を予約するが、それはなんと移動不可能な作品だった。

昨今の美術界では人間の肌までキャンバスにし、生きたアートを売り物にしたものまであるのだから、刑務所という場所を逆手にとったローゼンターラーの創作アイデアは、それほど驚くことではない。だが、作品を顧客に高額で売りつけようとする美術商にしてみれば、これほど厄介なことはない。

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01-220125-frenchdispatch-chapter1.jpg囚人ローゼンターラー(ベニチオ・デル・トロ)と看守シモーヌ(レア・セドゥ)と、美術商カダージオ(エイドリアン・ブロディ)のアーティスティックな攻防に注目。モノクロの画面ゆえに、人と人との関係の妙味に、より目が行ってしまう。

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最近、「レオナルド・ダ・ヴィンチ、最後の絵画」という謳い文句のもと、510億円で落札された『サルバトール・ムンディ』の顛末を追ったドキュメンタリー映画『ダ・ヴィンチは誰に微笑む』が公開されたが、これを観て、コレクターは必ずしも作品を愛でるために購入するのではない、ということがわかり目から鱗が落ちた。もちろん、なかには純粋な鑑賞目的による購入もあるのだろうが、多くの場合、彼らは虚栄心から著名な作品を所有したがる。一旦落札してしまったらあとは倉庫に保管、誰の目にも触れないことも少なくない。つまりは所有するという行為に自尊心をくすぐられるのであり、一種の偏執狂的な思いなのだ。そこにつけこむ画商たちが競売にかけ、どんどん値段が吊り上げられていく。もはや作品の価値に見合った価格ではなく、買い手の欲望が「それ」を決める。だから当初13万円の絵が、510億円になったりするわけなのだ。

まっとうな芸術的価値というものは、アートが物質主義に取り込まれてしまった現代においては、あってないようなものかもしれない。それをウェス・アンダーソンのようにアーティスト気質の監督が揶揄し、ブラックユーモアたっぷりに描いてみせるのは痛快この上ない。

刑務所から生きて出ることはないだろうローゼンターラーにしてみれば、作品がいくらで売れようが意味はない。彼にとってはミューズを前に創作する時間こそが至福であり、救いなのだから。

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芸術家の創作意欲に刺激を与えるのは、やはり美しき女なのか? あってはならない関係と、金の欲にまみれる芸術の世界で巻き起こる珍事件を軸に物語が展開する。

 

『フレンチ・ディスパッチ
 ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』

●監督・脚本/ウェス・アンダーソン
●2021年、アメリカ映画
●108分
●配給/ウォルト・ディズニー・ジャパン
●1月28日より、TOHOシネマズシャンテ、TOHOシネマズ新宿、ホワイトシネクイント/シネクイントほか、全国にて公開
https://searchlightpictures.jp/movie/french_dispatch.html

●執筆:佐藤久理子/文化ジャーナリスト。カルチャーマガジン「CUT」編集部を経て渡仏。パリをベースに、国際映画祭の取材や映画人のインタビューを手がける。アート関連の執筆も行う。

*「フィガロジャポン」2022年3月号より抜粋

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