Style of The First Ladies スタイリストはいるの? 実はおしゃれなフランス大統領夫人たち。【前編】
Culture 2022.02.12
観察され、分析され、感嘆され、批判され……世論に火をつけることさえある、ファーストレディのワードローブ。政治の世界のドレッシングルーム、秘密の裏舞台に潜入!
2017年5月7日、威厳のある態度で、勝利を噛みしめるエマニュエル・マクロン。ルーヴル美術館のピラミッド前に建てられた観覧席の手前で、フランス共和国の新しいファーストレディが待ち受けている。この時ブリジット・マクロンが着ていたのは、メタリックな襟の付いたマリンブルーのジップアップコート(1)。このルイ・ヴィトンの服に、翌日ネットは大騒ぎになった。
(1)2017年5月7日、ルーヴル美術館の広場に大統領選に勝利したマクロンが登場。ブリジットのファッションが話題に。
1週間後、ブリジット・マクロンがエリゼ宮に落ち着いたばかりの日に、新大統領のスポークスマン、ローランス・ハイムはこうツイートした。
「(大統領夫人は)ルイ・ヴィトンのクリエイターであるニコラ・ジェスキエールが彼女のために特別にデザインしたドレスを着用します。このルックは彼女に貸し出されたものです」
膝上丈のラベンダーブルーのワンピースにスタンドカラーのジャケット、ベージュのパンプスとバッグ「カプシーヌ」を合わせた装い(2)は、大統領本人の控えめなブルーのスーツよりも国民の心に残ることになった。彼のスーツはといえば、パリのサンティエ地区のテーラー、ジョナス&カンパニーで購入した450ユーロのものだ。
ニコラ・ジェスキエールの構築的なスタイルは、エレガントで自信が持てる。──ブリジット・マクロン
(2)Brigitte Macron|2017年5月14日、夫の大統領就任式のためにエリゼ宮に到着したブリジット・マクロンの装いは、すべてルイ・ヴィトン。
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ブリジットマニアは確実に存在している。彼女の立ち居振る舞いは、観察され、入念に検証されて、さまざまなコメントがあふれ出てくる。スカート丈が短い、ブランド品を着ていると批判する声がある。その一方で、彼女の笑顔、自然さ、そしてモダンなスタイルを褒め称える意見もある。肩の張ったブレザー、直線的で構築的なライン、スリムジーンズ……セクシーな60代女性は若々しいスタイルが持ち味。カール・ラガーフェルドが「パリでいちばん美しい脚の持ち主」と断言したし、インスタグラムには#brigittecestchicや@thebrigittestyleといったアカウントも誕生した。メディアは「謎のスタイリスト」と呼ばれるマチュー・バルトラ・コランの存在を取り沙汰する。彼が毎日、彼女のワードローブを担当しているらしい、と。
「ブリジット・マクロンにはスタイリストはいません」と大統領夫人執務室のディレクターであるピエール=オリヴィエ・コスタは本誌に断言した。
「バルトラ・コランはブランドに連絡し、大統領夫人のために貸し出される服を受け取りはしますが、彼の役割はそこまで。彼の報酬はブリジット・マクロン本人から支払われています」
フランス国民が、エリゼ宮の間借り人である大統領一家の支出に常に目を光らせているだけに、その答えは厳密だ。
「エリゼ宮の組織の中には、国家元首とその妻の服装や身だしなみに関する予算などありません。フランソワ・オランド大統領時代には、エリゼ宮が給料を支払う美容師とメイク担当者が常駐していましたが、現在、ヘアメイクは外注です。外部のサービスを利用することで、その予算を70%削減することができました。ことに、ブリジット・マクロンは自分でメイクをしますし、公式行事のための外出以外は美容師を頼むこともありません」
フランス政治学院で教鞭をとるラグジュアリー産業の専門家、セルジュ・カレラはこう解説する。
「フランス人は常にモードとは奇妙な関係を培ってきました。モードを誇りとする一方で、軽薄だと非難する。テーマがファーストレディのワードローブともなると、さらに事態は微妙です。“マリー=アントワネット&(彼女の仕立て屋だった)ローズ・ベルタン症候群”のような部分があるからです。ゆえに、服装については、ブランドとの優先的な関係もあまりひけらかすことのないよう気をつけなくてはなりません」
フランスのファッションの大使を務めなくてはならない立場で、どこに基準を置くかが難しいところ。やりすぎても、不十分でもいけない。ファーストレディとは非常にデリケートなテーマなのだ。
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フレンチモードの大使。
「フランソワ・オランド前大統領のパートナー、ヴァレリー・トリールヴァイレールがエリゼ宮を去った後、統計が示したのは、もうファーストレディは欲しくない、と国民の大多数が考えていることでした」と語るのは、「Le Nouvel Observateur」誌の元政治部チーフで、『Premières Dames(ファーストレディ)』(Editions Perrin刊)の著書があるロベール・シュナイダー。
「大統領に配偶者がいることは構わないが、夫人が何がしかの役割を果たしたり、協力者やオフィスを持ったりしないこと。つまり夫人にお金がかからないことが肝要、ということでした!」
カリスマ性のある特異な女性、ブリジット・マクロンが、ファーストレディの人気を復活させたのだ。何しろ、夫である大統領自身が「ファーストレディはステイタスを持つ」と発言したのだ。それは、ファーストレディの役割が、ようやく明確に規定されたということ。大統領とともに「フランスを代表する役割」であり、エリゼ宮でのレセプションのスーパーバイザー、そして慈善的、文化的、社会的なイベントや運動を支援する役割を認めるものだ。
「多かれ少なかれ、いままでのファーストレディが伝統的に行ってきた活動です」とロベール・シュナイダーは言う。ただ、新しい規定は透明性を重視している。ブリジット・マクロンの活動と予定表は毎月末に公表される。ファーストレディの生活に「お金がかかりすぎる」と批判する声にあらかじめこたえるために、ファーストレディには報酬がないこと(もちろん前任者たちも同じ)、服装や身だしなみのための費用も夫人専用の予算も組まれていないことが明記されている。せいぜいふたりの大統領顧問と事務局の協力が得られる程度だ。8人の協力者がいたカーラ・ブルーニより、最大21人の協力者を抱えていたベルナデット・シラクよりもずっと少ない。要するに、エリゼ宮にはスタイリストはいない。特に2021年のいまは。
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ブランドとの協力関係。
では、現ファーストレディは、どのようにワードローブを管理しているのだろう?
「大統領夫人の執務室長のトリスタン・ブロメと私がお手伝いしています」とピエール=オリヴィエ・コスタ。
「夫人のスケジュールに従い、執行部と連携して、我々が夫人の外出や移動と、それに合った服装を担当します。ブリジット・マクロンは、自分自身の服とブランドから貸し出される服を着用し、借りた服はその後返却します」
彼女が自分に課している使命はただひとつ。フランスのブランドだけを着ることだ。それは、バルバラ・ビュイ、バルマン、そして90%以上を占めるルイ・ヴィトン。彼女はLVMHグループの看板ブランドに、なぜこれほど熱を入れるのだろう? ブランド側はこの件については控えめな姿勢を示しており、ただ、ブリジット・マクロンがニコラ・ジェスキエールの仕事のファンであり、非常に協力的な関係を結んでいるとしている。マクロン夫人は柔らかいラインを好まず、ニコラ・ジェスキエールの抑制された構築的なスタイルを愛し、その服を着るとエレガントで自信が持てると言う。
「ブリジット・マクロンは卓越した、カリスマ的な女性です」とニコラ・ジェスキエールは明かす。
「夫の大統領とのコンビによって、彼女は多くのしがらみを打ち壊しています。ブリジットは私の仕事を知っていたので、協力関係はあっという間にできました。5月7日の夜、彼女のためにデザインしたコートを着てルーヴルのピラミッドの前に立つ姿を見て、大きな感動に襲われました。彼女とは定期的に顔を合わせます。細かいことは抜きに、彼女は構築的で、明確なスタイルのある服が好み。バランス感覚や色彩のセンスの持ち主です」
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歴代夫人のお気に入りは?
ファーストレディがフランスのモードブランドと優先的な関係を結ぶことは例外的なことではない。光の当たるところに決して登場したがらなかったイヴォンヌ・ド・ゴールと、自分の服装よりも抑圧されたマイノリティのために専心することを好んだ“反逆者”ダニエル・ミッテランのふたりを除けば、第5共和制の歴史を通してファーストレディにはそれぞれお気に入りのデザイナーがいた。
(3)Claude Pompidou(左)|現代アートをこよなく愛したクロード・ポンピドゥーは、エレガンスと現代性を体現。親交のあったシャネルのスーツで。
筆頭はクロード・ポンピドゥー(3)。彼女はエレガンスとモダニティの面で後続に道を示すことになった。彼女が着用したのは、少々エキセントリックな香りのするクレージュ、マルク・ボアン時代のディオール、ギ・ラロッシュ、ピエール・カルダン。ガブリエル・シャネルは彼女の親しい友人で、服がきちんと自分の身体に合っているかどうか確かめるには「床を転げ回ってみるといい」とアドバイスしたといわれている。カール・ラガーフェルドも、ポンピドゥー夫人について「驚くほどシック」と形容した。
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一方「Le Canard Enchaîné」紙に“マダム・ディニテ・カリテ(威厳とクオリティ)”と渾名されたアンヌ=エモンヌ・ジスカール=デスタン(4)のお気に入りは、ジャン=ルイ・シェレルだった。
(4)Anne-Aymone Giscard d’Estaing(左)|アンヌ=エモンヌ・ジスカール=デスタンは控えめでシックなスタイル。ジャン=ルイ・シェレルのクリエイションを愛した。
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ややヴィンテージ感の強いワードローブだったダニエル・ミッテランに続き、エリゼ宮にやってきたのはベルナデット・シラク(5)。08年、彼女を敬愛していたカール・ラガーフェルドは、「ル・フィガロ」紙にこう語っている。
「マダム・シラクは、セーヌ河畔で犬の散歩をしていた時、『あら! 見ないでちょうだい、引退した年寄りが犬の散歩に出ているところなのに』と言ったが、彼女の身なりはいつも完璧だ」
(5)Bernadette Chirac(右)|エリゼ宮でのベルナデット・シラクは、BCBGスタイル。ディオールとシャネルのスーツを愛用。2006年のこの写真はシャネル。
フランス人が愛情を込めて「ベルニー」と呼ぶシラク夫人は、シャネルとディオールの両方がお気に入りだった。そして、ツイードのテーラードジャケットにミモレ丈のスカート、ブローチ、ほっそりしたパンプスを合わせた初期のBCBGスタイルから、少しずつファッショナブルに進化。時には思いがけないルックも見せた。「ル・フィガロ」紙の記者として、特にジャック・シラク大統領時代にエリゼ宮を担当したアンヌ・フュルダは、シラク夫人にまつわるちょっと意地悪なジョークについて、こう回想する。
「『ベルナデット・シラクが古いドレスをどうしているかって? 着ているよ!』。彼女は時々、考えられないような服装をしていました。たとえば地元のコレーズにちょっと滞在する時などは、シャネルのスーツにスニーカーを履いていた。ドレスに長靴で中国の主席とダンスを踊ったこともある。ベルナデット・シラクは、ラグジュアリーブランド、特にシャネルと特別な関係を結んでいました。10年には、LVMHの取締役会に入っています(編集部注:現在は離れている)。とはいえ、服装は、決して彼女のいちばんの関心事ではありませんでした。彼女はむしろ、コレーズ県の議員になってから政治に目覚めたんです」
夫に後押しされ、ベルナデットは、パリモードのグラマラスな大使役というよりも、地元コレーズのリーダー役を演じることになったのだ。
後編に続く >> ジャクリーヌ・ケネディへの憧れ。
*「フィガロジャポン」2021年12月号より抜粋
●1ユーロ=131 円(2022年2月現在)
text: Marion Dupuis (Madame Figaro)