ハード対デップ裁判が、これほどまでに関心を集めた理由とは?
Culture 2022.06.17
インタビュー。ジョニー・デップがアンバー・ハードを名誉毀損で訴えた裁判で勝訴し、アンバーは約1040万ドルの損害賠償の支払いを命じられた。DVが背景にあった今回の訴訟で暗に問われたのは、女性の証言だった。社会学者ヴァレリー・ゴランに話を聞いた。
【関連記事】アンバー・ハード、ジョニデを「いまでも愛している」と仰天告白。
photo : Steve Helber / Pool via REUTERS (United States) / Aflo
「逆戻り」。6月1日、判決が下った後、アンバー・ハードはこうした言葉で思いを表現した。元夫婦が真っ向から対決した6週間に及んだ裁判は、メディアの大きな注目を浴び、世界中の何百万人もの人々が成り行きを注視した。双方が互いに相手を訴えた名誉毀損裁判は元夫のジョニー・デップの勝訴で幕を閉じ、彼女は約1040万ドルの損害賠償の支払いを命じられた。
今回の訴訟はアンバーが2018年に「ワシントン・ポスト」紙に寄稿した記事で、夫婦間暴力の被害を告白したことに端を発している。署名入りのこの文章はMeToo運動が拡大するさなかに発表され、アンバーは運動のスポークスマン的存在となった。
「今回の判決が他の女性たちにとって持つ意味を考えると、ますます失望が募る。公の場で声を上げた女性が罪悪視され、屈辱を受ける時代に逆戻りしてしまった」と、アンバーは6月1日にインスタグラムの投稿で悔しさをにじませた。今回の訴訟が女性の証言の自由に及ぼす影響について、多くのフェミニスト団体や専門家や社会学者から危惧する声が上がっている。彼女のメッセージはそれに呼応したものだ。
6年の間、名声に関わる諸問題を研究したジュネーヴ大学社会学者のヴァレリー・ゴランがマダム・フィガロのインタビューに応え、今回の裁判の影響について語った。
——マダム・フィガロ:アンバー・ハードとジョニー・デップの裁判がこれほどの関心を集めたのはなぜでしょう?
——ヴァレリー・ゴラン:今回の法廷対決は一般公開されました。ふたりの俳優の知名度の高さと夫婦間暴力というテーマから、裁判官が一般の利益に資すると判断したわけです。一方で、裁判がテレビ中継されたことで、人々はこの話を自分の身に起きた出来事のように受け止め、法廷内で起きていることを所有し、それについて自分の意見を持つ機会を得ました。それはさておき、この裁判が関心を集めたのは何よりも、それぞれの弁護団が提出した証拠が、双方ともに暴力を働いた疑いがあると示唆するものだったからです。どちらか一方のみに罪があることが立証されなかったために、これほどの熱狂が生じたのです。人は、罪人と無実とが明白になることを必要としているからです。
——実際には名誉毀損を訴えた裁判だったにもかかわらず、なぜこの訴訟は「夫婦間暴力」を巡る裁判となったのですか?
アンバー・ハードを攻撃することで、ジョニー・デップが証明したかったのは、自分がまだ信頼に足る有名人であり、そしてとりわけ、元妻が嘘をついているということです。実際にこの裁判では、公的な人物に対する悪意と誹謗が主な争点になりました。むしろ、同様に不利な証拠が上がっているにもかかわらず、ジョニー・デップがこれほど容易に世論を味方につけることができたという事実が、夫婦間暴力と性別におけるステレオタイプという議論を再燃させたのです。
——というと?
この件では犯人はひとりだけではありません。このことはまた、現実はより一層複雑で、被害者は必ずしも抵抗もせず泣きながら殴打を受ける人とは限らないということを示しています。ところが集団の想像力はむしろそうしたイメージを思い浮かべる傾向があります。一方に、悪に誘い、人の心を操作し、打算的で、勘定高い女性というイメージがあり、それとは別に、女性被害者のイメージがある。後者はまったく非の打ちどころのない、潔白な人物でなければなりません。
——確かにSNSでは、ジョニー・デップが犠牲者、アンバー・ハードが「悪い被害者」と言われています……
アンバー・ハードは写真を撮り、録音を取り、現場を動画に撮っていた……。先程の古めかしい集団的想像力を再び持ち出すなら、彼女はジョニー・デップに損害を与えるために、結婚当初からすべて仕組んでいたのだと考えることになるでしょう。録音を取っていたのはジョニー・デップも同じなのですが。ここでもやはり、世間の一部の人々から見れば、女性被害者は非の打ち所のない「完璧」な人物でなければならないわけです。被害者と聞けば決まって、耐え、恐怖に震え、身を隠し、殴打を避ける女性を想像する。ぜひとも、こうした二元的な発想とは手を切るべきです。悪い被害者など存在しません。被害者がいる、それだけです。
---fadeinpager---
——フェミニスト団体がMeToo運動の「敗北」と言うのはなぜですか? このことは何を意味しているのでしょうか?
ジョニー・デップとの結婚生活の間、あらゆることを記録していたとアンバー・ハードは非難されましたが、一方で、彼女が証言したレイプ(注:瓶を使用したと訴えた)については十分な証拠がないと批判も受けました。私の意見では、この裁判が提起した問題の核心はここにあります。証拠の問題はとても気がかりです。このことで実際に女性が声を上げにくくなってしまうかもしれない。なぜなら、ある意味、被害者として言い分を聞いてもらい、「信頼できる」と判断されるためには、自分の言葉以外に証拠を持って行く必要があるということを示唆しているからです。つまり、しっかりとした、検証可能な、記録された証拠がなければ、あなたの言葉は将来存在しなくなるということです。
——あなたの考えでは、この裁判は運動にとって脅威となりますか?
そうは思いませんが、困惑が広がっています。MeToo運動によって、精神構造が変わる、女性より男性に疑いの目が向けられるようになるだろうと言われていましたが、まったく逆のことが起きたわけです。実際のところ、ジェンダーに関する古臭い物語をよみがえらせるのに、ジョニー・デップの弁護団はそれほど努力したわけでもありません。まず嫌疑をかけられるのは常に女性なのです。
text: Léa Mabilon (madame.lefigaro.fr)