女性のセクシャル・ウェルネス、革命と命令の狭間で。
Culture 2022.08.19
スターたちが続々とアダルトグッズの販売に乗り出し、快楽をめぐるマーケットが急成長! パンデミックと新たな規範の提案でますます盛り上がるこの動き、歓迎の声ばかりでもないようだ。フランスのマダム・フィガロがリポート。
image : Getty Images
2020年10月にイギリス人歌手リリー・アレンが挑発的な言葉を投じた。「私はマスターべションしてる。あなたは?」ドイツのブランドWomanizerと共同で開発した自身のセックストイ第一弾「Liberty」のセンセーショナルな宣伝文句だった。
1カ月後、今度はトップモデルのカーラ・デルヴィーニュが、女性用のセックス関連製品を開発・販売するスタートアップ企業Lora DiCarloの共同オーナー兼クリエーティブコンサルタントに就任した。『フィフティ・シェイズ・オブ・グレイ』で注目されたアメリカ人女優ダコタ・ジョンソンも、まるでブランクーシの彫刻のようなデザイン性の高いエロティックなおもちゃを開発するブランドMaudeの出資者兼共同ディレクターを務めている。
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セックステック業界の教祖たち。
以後毎月のように、スターが絡んだこうしたセックストイ改め“ウェルビーイング・ツール”(倫理的正しさに配慮した新名称)のニュースを耳にする。女優で歌手のデミ・ロヴァートもインスタグラムで自ら会社を設立したと発表している。かつてスターといえばメイクやヘアケア製品を扱う美容ブランドを立ち上げたもの。いま彼女たちの投資先は“セックステック”(女性の性生活の改善と多様化に貢献する技術革新)と呼ばれる、性の健康と幸福を意味する「セクシャル・ウェルネス」と名付けられた大規模な市場の一部門だ。
このトレンドを真っ先に予見していたのはグウィネス・パルトロウだった。ウェルビーイングの教祖とも言われるオスカー女優は、早くも2017年に自身のサイトGoopで、“性的エネルギーと快感を高める”(さらには鬱症状の予防にもなると宣伝……。この件は裁判沙汰に発展し、グウィネスは14万5000ドルの罰金を科されることに)と謳ったヨニエッグの販売を開始。その後も“ヴァギナの香り”や“オーガズム”と名付けたキャンドルやセックストイを発表している。
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昨年10月にも、女優で起業家のグウィネスはNetflixでリアリティ番組「Sex, Love & Goop」の配信を開始して話題を呼んだ。危機に瀕したカップル向けに、プライベートや恋愛、性生活を充実させる手助けをする番組だ。グウィネスが司会を務め、性科学者やセクシャル・ウェルネスのコーチを招いて、“女性のオーガズム”や“教育が私たちの性生活に及ぼす影響”といったテーマについて率直な議論が交わされる。こうした革新的な番組が制作されることからも、いまや性の健康への関心がかつてないほど高まっており、人々もこのことに時間とお金を費やす用意ができていることが伺える。
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ブームに沸く市場
性のウェルネスは、ヨガや瞑想と並んで健康市場の新たな柱となるのだろうか? これまで十分に開拓されておらず、イメージも悪かったセックス市場(書籍やアプリ、そしてコンドーム、セックストイ、マッサージオイルなどの製品も含まれる)が活況を呈している。2020年の業界全体の売上げは推定300億ドルともいわれ、2026年には450億ドルという驚異的な数字に達すると試算されている。
この一大ブームには、クオリティの高い“プレジャーグッズ”から、ときには健康リスクも指摘される廉価な性具まで、あらゆるものが含まれている。しかし、セクシャルウェルネス関連ブランド、とりわけ女性向けのセックス関連商品を扱うブランドへの投資意欲は高まるばかりだ。加えてロックダウンがこの流れをさらに加速化させたともいわれる。性欲の減退を前に、性関連商品を扱うオンラインショップを利用することへの抵抗感が減り、売り上げが伸びた。たとえばクリトリスマッサージ器開発のパイオニアであるWomanizerのフランスでの売上げは153%の伸びを記録したという。
性に向き合う習慣が変わったことで、タブーが消え、セクシャリティは解放されるのだろうか?「数年前から、女性たちは主体的に自分の性を生きるようになり、社会でもこのテーマが非常にポジティブな文脈で語られるようになりました」と、エディ・ブル=ポワイエとの共著『Femmes et leur sexe(女性と女性のセックス)』(パイヨ出版)の著者で性科学者のローラ・ベルトランは指摘する。「これまでにないことで、希望が持てます」
『Puissante & Orgasmique(力強い女性&オーガズムを感じる女性)』(ルデュク出版)の著者でセックスセラピストのジェシカ・ピルベは、ツールを利用することで、自分の身体をこれまでとは違った角度から見ることができると指摘する。「勇気がない、あるいはどうやっていいかわからないといった理由で、これまで開発していなかったゾーンにも足を踏み入れることができる。カップルにとってはコロナ禍の影響でレストランや映画に出かけて親睦を深める機会は減りましたが、さまざまにセックスを試してみることに楽しみを見出した人たちもいます」
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新たな命令?
しかしセラピストたちはいま盛んに喧伝されていることが将来、過度に規範的な意味合いを持つこともありうると注意を呼びかける。“セクシャル・ウェルネス”市場に参入したスターたちのおかげで、抵抗感が取り除かれ、快楽を追求する行為が民主化され、エロティックな好奇心が活性化したのは確かだが、一方で“必ずセックストイを使わないといけないの?”と、新たな命令として受け止める人が出てくる可能性もある。
「相談に訪れる女性たちには、罪悪感を感じている人もいます」とピルベは話す。「“夫と一緒になって13年になるけれど、性感マッサージなんて一度もしたことがないし、性具を使ったこともない。私の性生活は貧しい……”こう話しながら、彼女たちは涙を流すのです。充実した性生活を送るためにこうした刺激が必要だと考えることで罪悪感を抱いてしまう。しかし実際はそうではありません。また、セックストイの利用を巡って、カップルの間に余計ないざこざが生じることもあります。男性が嫌がる場合もあれば、女性が望まない場合もある。いずれにせよ、相手が自分と“楽しむ”気がないのだとフラストレーションを抱えてしまう」
現実は、シングル「Up」のミュージックビデオなかでカーディB. がさり気なく手にしているサーモンピンクのバイブレーターのように、すべてがバラ色というわけではないようだ。実際に、包装を解かれた後、すぐに忘れ去られ、ベッドサイドテーブルの引き出しのなかで埃をかぶっているセックストイはどれだけあるだろう? 「誰もが充実した性生活を送るべきというメッセージが常態化し、カップルにプレッシャーがかかっている」とベルトランは言う。「数年前には、オーガズムを感じないという女性たちが私のもとにやって来ました。いまや、クリストリスとはどういうものか、それがどのように機能するかはみんなが知っています。そのかわり、“ええと、私、セックスをしたくないんです”と言ってカウンセリング室を訪れる人たちが増えています。高度な技術や高性能のセックストイのおかげで、すぐにオーガズムを得られるようになり、快感という点では状況が改善した。でもいまは欲望そのものが後退している。欲望とは欠乏を感じることであり、想像すること、ほのめかすこと、エロティシズムや官能を追求することです。私たちはあらゆるものをすぐに手に入れたいと願い、そしてほぼあらゆるものがクリックするだけで手に入る社会に生きています。私のもとを訪れる患者たちのなかにも、性別に関係なく、セックスをするよりNetflixでドラマを見る方がいいという人が増えています」
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身体そして……脳
性具のスイッチをオンにすれば得られるオーガズム。これを繰り返すうちに、カップルの情熱は冷めてしまったのだろうか? 彼らを弁護するために言っておくが、女性にのしかかる日常生活や精神的負担によるストレス、パンデミックで蓄積した疲労や不安、テレワーク、常時身近にいるパートナーの存在……もちろんこうしたこともすべて、カップルの欲望減退の要因となる。
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とはいえ、”セックスのウェルネス”という発想や、衛生や性能の側面を強調するそのイメージにも少々修正を加えるべきかもしれない。私たちは単なる身体ではなく、記憶や意識、そしてトラウマや矛盾をも抱えた存在であり、だからこそ、のびのびと性の悦びを享受するために、時には脱構築することも必要になるのだ。
「性に関しては、多くの女性が母親や祖母から重い荷物を背負い込まされています」とピルベは言う。「中には誰も気にしていないことさえあります。そんなことはセクシャリティには影響しないと思っているからです。たとえば、自分の母親に一度も抱きしめられたことがない、両親がキスするところを一度も見たことがないといったことです。あるいは、“脚を閉じなさい”、“ミニスカートはやめなさい”、“大きな声で話さない”というような、子どもの頃に言われた一言もそうです。こうしたことすべてが女性の将来の性生活にインパクトを与え、大人になって性的に解放できず、性的快感を表現できないことに繋がる。それゆえ、解放された、力強い、充実した性を回復するために、条件付けの消去を行う必要があるのです」
なぜなら最も重要なセックストイとは、なによりも私たちの脳だからだ。このことを忘れないようにしよう。
text : Justine Foscari (madame.lefigaro.fr)