立田敦子のカンヌ映画祭2023 #03 コンペのトップバッター、是枝監督の『怪物』が登場!
Culture 2023.05.21
オープニングからハリウッド大作『インディ・ジョーンズと運命のダイヤル』のプレミアと喧騒が続く中、メインのセクションであるコンペティジョン部門のプレミアが粛々と行われている。ラインナップには、2度のパルムドール(最高賞)の受賞者である英国の秀英ケン・ローチ、トルコのヌリ・ビルゲ・ジェイラン、フィンランドのアキ・カウリスマキ、イタリアのマルコ・ベロッキオ、ドイツのヴィム・ヴェンダース、アメリカからはトッド・ヘインズとウェス・アンダーソンといったカンヌの常連であるスター監督たちが名を連ねている。
全12日間で開催される映画祭期間中、コンペ作品は1日2〜3本ずつ上映され、その先陣を切って17日にプレミア上映が行われたのは、やはりカンヌの常連である是枝裕和監督の『怪物』だ。是枝監督は、2018年に『万引き家族』でパルムドールを受賞しているほか、コンペでは5本目、「ある視点」部門を含めるとカンヌでの上映は7本目となる。昨年は、韓国制作の映画『ベイビー・ブローカー』で参加し、ソン・ガンホが男優賞を受賞した。
レッドカーペットを歩く、是枝監督、安藤サクラ、永山瑛太、黒川想矢、柊木陽太、坂元裕二。©2023「怪物」製作委員会
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17日の公式上映に続いて18日に行われた公式会見には、是枝監督をはじめ、安藤サクラ、永山瑛太、黒川想矢、柊木陽太といったキャスト、また本作の脚本家である坂元裕二も登壇した。カンヌは映画祭の中でも辛辣な批評家も多く、会見によってはピリピリとした緊張が走ることもあるのだが、是枝組は毎回“ファミリー”で登壇するのでほっこり感が漂うのがいい。
18日のフォトコールにて。©2023「怪物」製作委員会
まず、なぜこのテーマと描き方を選んだのかという質問から始まった。是枝監督は「この企画に僕が参加したのは2018年12月。プロデューサーの川村元気さんと山田(兼司)さん、脚本家の坂元(裕二)さんで企画を開発していて、そのプロットができた段階で、お話をいただきました。その時すでに3部構成になっていて、非常にチャレンジングなプロットだと思いました。実際にそこには存在しない“怪物”を人が見てしまう。そういうプロセスを、観客を巻き込みながら進めていくストーリーテリングがとてもおもしろいと思いました」と、本作の起点について語った。
是枝監督『怪物』より。6月2日、全国にて公開。©2023「怪物」製作委員会
デビュー作『幻の光』以外は、すべて脚本を自ら手がけてきた是枝監督だが、本作では、多くの大ヒットドラマの脚本で知られ、映画でも行定勲監督の『世界の中心で、愛をさけぶ』(2004年、共同脚本)、『花束みたいな恋をした』(21年)などのヒット作を手がけている坂元裕二と組むことで新たな展開が期待されている。
“ファミリー”で登壇した記者会見。©2023「怪物」製作委員会
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坂元裕二は、このテーマに興味をもった経緯についての質問に、個人的な体験がきっかけになっていると話した。
「以前、私が車を運転している時に、赤信号になり前のトラックが止まり、私も同時に止まりました。その信号が青に変わったのに、前のトラックは動こうとしない。それはどうしてだろう、と。しばらく待って、私は軽くクラクションを鳴らしました。それでも動かない。やがてトラックが動き出して、立ち去ったら、横断歩道には車椅子の方がいらっしゃった。トラックの影になって車椅子の方が見えなかったのですが、私はクラクションを鳴らしてしまったことをずっと後悔していました。私たちが生きている上で見えていないものがある、それを理解していくにはどうすればいいのか、そういうことを物語にしたいと常々思っていました」
また、この映画は、去る3月に闘病の末に亡くなった作曲家である坂本龍一の遺作でもある。『ラストエンペラー』(1987年)でアカデミー賞作曲賞を受賞したほか、数々の映画音楽にも携わり、映画界でも愛された坂本龍一についてのコメントを求められると、是枝監督は、「編集したものを坂本龍一さんに観ていただいた時に、音楽室のシーンが素晴らしい。音が3回鳴るのがとても素晴らしいので、僕の音楽はそれを邪魔しないようにしたいと思うと言っていただきました。僕も、あの音楽室のシーンでの音のあり方というのが、脚本を読んだ時に非常に理想的な形で響くと思ったんです。その素晴らしいシーンを書いたのは隣にいる坂元(裕二)さんです」と、エピソードを語り、脚本家の坂元裕二にバトンを渡した。
終始和やかな記者会見となった。©2023「怪物」製作委員会
「私は脚本家ですが、常に言葉に疑いを持ちながら言葉を紡ぎます。言葉を使って人と人は会話をしながらそこに誤解が生まれ、争いが生まれ、混乱が生まれています。しかし、同時に言葉は相手になにかを伝える力もある。その矛盾した言葉と私たちはどのように付き合っていけばいいのか。そこで、三者の中に言葉ではない“音”を置くことで、言葉では繋がり得なかった何かを感じることができるのではないか」と、そのシーンに込めた思いを語った。ジャーナリストからの質問は作品の結末などに触れる部分も多かったため、ネタバレを配慮し、ここではすべて記すことはできないが、海外ジャーナリストからの答えにくい質問にも素直に堂々と答える黒川と柊木のふたりの少年は、会場をまたたく間に魅了しまった。
記者会見でも堂々と回答していた柊木陽太と黒川想矢。©2023「怪物」製作委員会
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大学在学中に編集・ライターとして活動し、『フィガロジャポン』の他、『GQ JAPAN』『すばる』『キネマ旬報』など、さまざまなジャンルの媒体で活躍。セレブリティへのインタビュー取材も多く、その数は年間200人以上とか。カンヌ映画祭には毎年出席し、独自の視点でレポートを発信している。
text:Atsuko Tatsuta