菊地凛子が語る、主演映画『658km、陽子の旅』への道筋。

Culture 2023.07.21

7月28日、待ちに待った菊地凛子主演映画『658km、陽子の旅』が公開される。上海国際映画祭では見事、女優賞を受賞。渾身の演技と、本作への献身が結実した結果となった。映画への想い、主人公・陽子への共感など、ロングインタビュー!
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菊地凛子、纏い、歩み、生きる。


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ドレス¥308,000、サンダル¥135,300(ともに予定価格)/ともにプラダ(プラダ クライアントサービス)

“明日を思いながら一歩ずつ進めば、最終的には運命を変える道のりになるかも”

菊地凛子と聞くと、国境を越えた精力的な活動を思い出さずにはいられない。だが、そんな彼女も最初の一歩を踏み出す瞬間があった。2001年、ロッテルダム国際映画祭のコンペティション部門に彼女が出演する『空の穴』で参加していた熊切和嘉監督が、スキポール空港の搭乗ゲートでこちらに話しかけてきた。菊地は飛行機が苦手だから帰国便機内で調子が悪くなるようなことがあったら、気遣ってあげてもらえないか、と。まるで大切な主演女優にフラジャイルタブを添えて送り出すような、父のごとき監督の心遣いが印象に残った。06年、アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督の『バベル』での身を切るような冷たい孤独をたたえる女子高生役で一躍アカデミーキャンペーンの最前線に踊り出し、その後さまざまな国際映画祭に参加する彼女を見ると、熊切監督の心遣いを受けて世界へと送り出されたきっかけを思い出す。あれから数え切れないほどの数となった旅は、彼女をどれだけ強くしただろうか。

「『空の穴』って、もしかしたら女優をこのまま続けていいのかなと思えた作品で、現在にいたるまで続く長い道のりのスタートだったんだな、と振り返って思います。新藤兼人監督の『生きたい』『三文役者』に出たけれど、その後はなかなか役に巡り合えず、自分の人生もなかなか進まないと悩んでいた時期でした。オーディションでもどうやら不機嫌そうだったと熊切監督に言われ、でもそんな私を監督はお兄ちゃんのような優しさで見てくれました。菊地がこうやってオーディションで動かした手がおもしろかったとか、私の動きをいつも楽しんでくれました」

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経験値を確認するかのように20年ぶりに菊地凛子は熊切監督の『658km、陽子の旅』に主演で呼ばれた。主人公陽子は、父の訃報を受け、急きょ、青森県弘前市の実家を目指す。ナビゲーターの従兄(竹原ピストル)のトラブルから携帯電話も財布も持たずサービスエリアで置き去りになり、身ひとつでヒッチハイクで故郷を目指すロードムービー。物語で際立つのが、長い間家族とも疎遠で引きこもりだった陽子の、他者とコミュニケーションせず生きてきた表現の乏しさが、カクカクした動きで表出するところだ。

「前半は台詞が少ないんですけど、熊切さんは『菊地が演じるからにはおもしろい動きになるから大丈夫』とどっしりしていて、私も熊切さんが見ている風景だと意識するからこそ出てくる動きができる。スクリーンの横長の空間を、横移動の独特な動きで埋めたい、みたいな欲求というか……陽子の持つ、社会から阻害されている違和感というか、ズレというか、異物感を、動きで見せられるってあると思いますし、自由な環境だったから試せたこともありました」

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©2022「658km、陽子の旅」製作委員会

陽子が弘前の故郷になぜ20年近く戻らず、実家と断絶していたかの理由は描かれない。だが、死んだと従兄から報告を受けた瞬間から、別れた頃の父親の残像が彼女の前に現れ、陽子はその父に対してずっと溜まっていた感情を吐き出す。父を演じているのはオダギリジョーで、撮影現場で彼を目の前にして会得した感情があると菊地は言う。

「セーターのほつれがあって、そこを引っ張っちゃったらすべての縫い目がほどけちゃうような現象と一緒で、親に対して持っていた感情が、会うと全部崩れちゃって、無に帰して着られなくなっちゃう。そんなセーターみたいなことだと思う。そういう感じって辛いじゃないですか。だから、ほつれた糸は引っ張りたくない。そういうことは成長の過程で、親に対してあると思います。自立というのか、防御というのか。いま、親に寄りかかると崩れてしまうから耐えてることって誰しもあるんじゃないかと。オダギリさんがカッコよすぎて、娘としては簡単にカッコ悪い自分を見せられない。つまり、陽子はただコミュニケーションが不器用ってことじゃないんです。寄りかかったら大変なことになってしまう、その状況を理解してる人物なんです」

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©2022「658km、陽子の旅」製作委員会

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とはいえ、旅の過程では誰かの厚意に甘えたり、頼らざるを得なくなる。自身もそういう運命的な出会いを旅で経験したことはあるのだろうか。

「もちろん。ライトからヘヴィーなものまで。あまりにもありすぎて言えないけれど。割とライトなものを紹介しましょうか。『バベル』のキャンペーンの時、国内外の映画祭をひとりで回ったんです。各地でヘアメイクさんは待ち受けているけど、基本は単独行動。ああいう場所は着替える機会が多いので、シャネルのオートクチュールや靴など衣装をトランク3、4つに詰めて動く。アカデミー賞にノミネートされてLAの空港に着いた時、違う国から現地入りだったのでドルを持っていなくて。セレモニーが迫っているのに、大荷物を運ぶカートを使用するためのお金がないと困っていたら、スペインかメキシコ便から下りてきた人が、『ほら、3ドル』ってくれて、なんとかなりました。そういうことは旅の中で何度もあります。私は結構な心配性ですけど、旅先では見知らぬ人の厚意にジャンプする力だけはあって。いろんな場所で助けられた経験が自分の糧になっているかもしれないです」

陽子の東京から青森県への道筋は、菊地凛子が撮影を通して東日本大震災の痕を巡る旅にもなった。海辺でのやり取りも多く、生の風景から初めて感じた想いもあった。

「ここで生活をしている人たちは、私が想像する以上にいろんな考えや、思いがあるだろう、と。ここで撮影をしていいのだろうかという気持ちにもなりましたが、熊切さんが被災された土地のその後を見せた意図の中には、陽子に震災に立ち向かえる力がなくても、そもそも自分たちはどうにもできないほど無力であっても、それでも旅を続けなければならない、というメッセージと感じます」

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©2022「658km、陽子の旅」製作委員会

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©2022「658km、陽子の旅」製作委員会

意外かもしれないが、菊地凛子が日本映画で単独主演するのは初。上海国際映画祭のノミネートが発表され、本作と世界を巡る旅も始まる。運命を変える道のり、自己決定のタイミングがどんなものだったか、最後に聞いてみた。

「冒頭あれほど重かったのに、最後は陽子も足早になるんです。遠い未来を考えると重いけど、明日のことなら考えられるし、その明日の中に運命も入っている。明日、明日って思いながら一歩ずつ進んでいくことが、最終的には運命を変える道のりを作るかもしれない。明日があるってことはとても希望だと思います」

 

撮影や映画について菊地凛子さんにコメントもいただきました!

 

Rinko Kikuchi
神奈川県出身。1999年、新藤兼人監督『生きたい』で映画デビュー。イニャリトゥ監督『バベル』(2006年)でアカデミー助演女優賞を含む多数の映画賞にノミネート。以降、イザベル・コイシェ監督『ナイト・トーキョー・デイ』(09年)、トラン・アン・ユン監督『ノルウェイの森』(10年)などに出演。NHK連続ドラマ小説「ブギウギ」で淡谷のり子がモデルの茨田りつ子役に決定。2023年6月9日より中国で開催された「第25回上海国際映画祭」では、主演を務めた熊切和嘉監督の映画『658km、陽子の旅』(22年)で最優秀女優賞を受賞。
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『658km、陽子の旅』
故郷を離れて長い時間が経ち、ひとり都会で暮らす陽子。父が逝き、久しぶりの実家に帰るべく従兄の車に乗るがはぐれてしまい、たったひとりで東北までヒッチハイクを重ねていく……。
●監督・共同脚本/熊切和嘉
●出演/菊地凛子、竹原ピストル、オダギリジョーほか
●2022年、日本映画
●113分
●7月28日より、ユーロスペース、テアトル新宿ほか、全国にて順次公開
●配給/カルチュア・パブリッシャーズ
https://culture-pub.jp/yokotabi.movie

●問い合わせ先:
プラダ クライアントサービス
0120-45-1913(フリーダイヤル)
www.prada.com

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*「フィガロジャポン」2023年8月号より抜粋

photography: Yuki Kumagai styling: Tomoko Kojima hair: Asashi(Ota Office) makeup: Ryota Nakamura(3rd) editing: Mami Aiko

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