アルル国際写真フェスティバルに見る、日本の女性写真家たちの力。

Culture 2024.08.13

毎年、夏の訪れとともに始まる、アルル国際写真フェスティバル。1970年に、写真家リュシアン・クレルグらによって立ち上げられた、世界最大規模を誇る写真の祭典だ。古代ローマ遺跡の残る旧市街を中心に、20以上の名所旧跡で行われる展覧会は、関連プログラムを含めると40近くにおよぶ。

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アルルの旧市街。あちこちに大小のギャラリーもあり、写真の街の風情を感じさせる。

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野外劇場近くには大きなポスターと展覧会マップが登場。

55回目を迎えた今年のテーマは「Beneath the Surface(水面下)」。「写真を撮る、それは被写体との距離を測り、水面下にある見えないものを可視化すること」という写真家、石内都の言葉からインスパイアされたという。その石内都をはじめ、今年は「アルルに日本の風が吹いている」と言われ、40人近い日本の女性写真家の作品に注目が集まっている。今回はその日本人女性作家による作品と多様性にフォーカスしてご紹介。


『Belongings』
女性の活躍に光を当てる「ウーマン・イン・モーション」
今年のフォトグラフィー・アワードは、石内都に。

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石内都の作品『Mother's』より。©Marie Rouge

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『Belongings』の会場にて、シリーズ『Mother's』の作品展示の前に立つ石内都。©Marie Rouge

「私は日本人女性写真家の代表のひとりとしてこの賞を受賞したと思っています」

ケリングが主催する文化と芸術の分野での女性の活躍に光を当てることを目的としたプログラム「ウーマン・イン・モーション」のフォトグラフィー・アワードを受賞した石内都は、7月2日にアルルで行われた授賞式のスピーチでこう語った。石内は1947年生まれ。76年、女性だけの写真展『百花繚乱』を開催、77年には自らが育った横須賀を女性の視点で捉えた『絶唱、横須賀ストーリー』を発表。以来、日本の女性写真家たちを牽引してきた存在だ。

アルル国際写真フェスティバルで開催された個展『Belongings』で、彼女は女性の遺品を撮影した3つのシリーズを展示した。

「2000年に他界した母の遺品の写真『Mother's』をヴェネツィアで展示した時、会場で泣いている人がいてびっくりしたの。この時、私の母の遺品は、展示を通してみんなの母の遺品になったんだ、と思いました」と彼女は語る。この展覧会をきっかけに、フリーダ・カーロと広島の原爆犠牲者の遺品を撮影したふたつのシリーズが生まれた。

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個展『Belongings』より、がんと闘った母の肌を撮影した写真と、遺品となった衣服を撮影したモノクロ写真。©Yusuke Kinaka

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被爆女性たちの遺品を撮影した『ひろしま』より。おしゃれだった広島の女性の姿が蘇る。©Marie Rouge

「この展覧会は母が導いたもの。ことに『ひろしま』は毎年撮影を続けている大切なテーマです」

自身で現像・プリントするモノクロ写真を手がけてきた石内がカラーに開眼したのは、母の口紅を撮った時だった。広島の遺品を撮った写真は、実にカラフルだ。広島平和記念資料館を初めて訪れた時のことを、彼女はこう語る。

「広島は男性写真家によってモノクロで撮影され、被爆者は犠牲者としての悲惨なイメージに閉じ込められてきた。でも、資料館には色があふれていました。写真は過去を撮れません。これらの遺品はいま、私と同じ空間にいて、いまを生きている。私が着てもおかしくないおしゃれな服。そのリアリティを私は撮っている。女性にしかない視点で」

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『I'm So Happy You Are Here』
日本女性写真家の歩みと多様性にフォーカス。

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『I'm So Happy You Are Here』より。渡辺眸による学園紛争の現場。©Marie Rouge

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『I'm So Happy You Are Here』にて。常盤とよ子の写真(手前)に見入る来場者たち。©Yusuke Kinaka

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『I'm So Happy You Are Here』より、川内倫子の展示。©Yusuke Kinaka

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『I'm So Happy You Are Here』より。蜷川実花の作品展示。©Marie Rouge

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『I'm So Happy You Are Here』より、澤田知子の展示。©Yusuke Kinaka

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『I'm So Happy You Are Here』より、多和田有希がワークショップ参加者の持参した写真を一枚ずつ焼いた灰を釉薬にして作り上げた、小さな涙壺の展示。©Yusuke Kinaka

今年のアルルでは、このほかにふたつ、日本人女性写真家の作品を紹介する展覧会が開催されている。50年代から現代に至るまで、26名の作品を集めた『I'm So Happy You Are Here:Japanese Women Photographers from the 1950s to Now』は、世代もスタイルもさまざまな女性写真家の多様性に焦点を当て、その歴史を提示する。入口で来場者を迎えるのは、学園紛争の現場を撮影した渡辺眸の力強いモノクロ写真や、常盤とよ子の戦後の赤線地帯。続いて、日常性、社会性、メディアとしての写真の可能性を問う3つのテーマが展開されていく。日常のシーンを詩的なイメージに昇華した川内倫子、蜷川実花。セルフポートレートの表現でアイデンティティのあり方を問う澤田知子。写真というメディアを実験的な視点で見つめたコーナーでは、写真を焼いた灰を釉薬にして小さな涙壺を焼くワークショップを行う多和田有希の取り組みが異彩を放つ。写真の持つ可能性をさまざまに感じさせる展覧会は同名の書籍の刊行に合わせて企画され、今後世界各地を巡回する予定だ。

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1950年代以降の日本の女性写真家とその歴史を紹介した写真集『I'm So Happy You Are Here: Japanese Women Photographers from the 1950s to Now』(aperture刊)。

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『TRANSCENDENCE(超越)』
KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭がアルルへ。

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『TRANSCENDENCE(超越)』より、鈴木麻弓の展示。 ©︎Kosuke Arakawa / KYOTOGRAPHIE

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『TRANSCENDENCE(超越)』より、生態系への影響を訴えた、吉田多麻希(※正しい表記は土に口)の『Negative Ecology』。©︎Kosuke Arakawa / KYOTOGRAPHIE

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『TRANSCENDENCE(超越)』より、桜と伝統要素を組み合わせた、岩根愛の『A New River』。©︎Kosuke Arakawa / KYOTOGRAPHIE

KYOTOGRAPHIE京都国際写真祭は、2020年に第10回を記念して開催した『10/10 現代日本女性写真家たちの祝祭』展に参加した写真家による展覧会『TRANSCENDENCE(超越)』を携えてアルルにやってきた。不恰好に捩れた野菜と自らの裸体、医療写真により、不妊治療の体験を写真で綴った鈴木麻弓。北海道で撮影した野生動物の写真に家庭用の化学薬品で加工を施し、人間が自然に与える影響を示唆した吉田多麻希(※正しい表記は土に口)。コロナ禍の春、東北の桜を撮影した幻想的な写真は岩根愛。6人の女性写真家が、それぞれの視点とテーマで、粘り強く挫けない、超越を描く。

「私のデビュー当時に比べて時代は変わりました。女性は写真に対して自由な発想をします。どう生きていくかという方法論として写真を選んでいる女性が増え、そのレベルは非常に高い。女性であることは個性のひとつ。男性とは違う視点の仕事が世に出ることに意義があります」石内都はこう語った。そのことがまさに、今年のアルルで証明されている。

「ウーマン・イン・モーション」
カンヌ国際映画祭オフィシャルパートナーのケリングは、映画界で活躍するすべての女性に光を当てる目的で、2015年に「ウーマン・イン・モーション」プログラムを発足。現在は写真やアート、デザイン、音楽、ダンスなど幅広い文化や芸術の分野で活躍する女性たちを表彰している。
https://www.kering.com/jp/group/kering-for-women/women-in-motion
『アルル国際写真祭2024』
Les Rencontres de la photographie d'Arles
会期:開催中~2024/9/29(日)
料)展覧会各6ユーロより、1日パス33ユーロより
https://www.rencontres-arles.com/

現在、群馬県にある大川美術館にて、石内都による『Step Through Time』展が12月まで開催されている。『APARTMENT』(1977-78年)、『Mother's』(2000-2005年)、『ひろしま』(2007年-)など初期からの代表的なシリーズから、近作の『From Kiryu』(2018年-)まで数多くの作品に触れることができる。4層にわたり小さな展示室が連なる美術館の特性を生かし、石内都が向きあってきた「時間」をともに旅するような構成になっている。

『Step Through Time』
会期:2024/8/10(土)〜12/15(日)
会場:大川美術館
開)10:00~16:30最終入場
休)月(月曜祝日の場合は火曜)※その他臨時休館あり
料)一般¥1,000
http://okawamuseum.jp/

text: Masae Takata (Paris Office)

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