ヴェルサイユ宮殿の展覧会を通して見る、エヴァ・ジョスパンと自然の関係。

Culture 2024.10.08

ヴェルサイユ宮殿のオランジュリーで9月末まで開催されていた『エヴァ・ジョスパン - ヴェルサイユ』。パリ出身のアーティスト、エヴァ・ジョスパンにインスピレーション源となるキーワードを聞いた。

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エヴァ・ジョスパン
1975年生まれ、パリ出身。パリ国立高等美術学校で絵画を学んだ後、ダンボールを使った作品を次々に発表。ルーヴル美術館やフランス国⽴⾃然史博物館などで展覧会を実施する。いまではディオールやルイナールといったトップメゾンやブランドから愛される存在に。

エヴァ・ジョスパンのアトリエはパリ11区にある。「マダムフィガロ」誌の取材時には展覧会に向け、アシスタントたちがガラス張りの室内でダンボールをせっせと切っていた。ヴェルサイユ宮殿のオランジュリーという、ふだんは一般公開されていない場所で巨大な刺繍作品の展覧会が開催される。その作品の名は『Chambre de Soie(シルクの部屋)』。ローマのパラッツォ・コロンナの刺繍の間や、ヴァージニア・ウルフの小説『自分だけの部屋』(みすず書房刊)からインスピレーションを得た風景壁画だ。ジョスパンが描いたドローイングをもとに、インドのチャーナキヤ工房が手がけた。400色以上のシルクやコットン、ジュート(黄麻)などが絡まりあう350平方メートルの巨大な作品は、無機質な空間の中で圧倒的な存在感を放つ。

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photography: David Coulon(Madame Figaro)
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photography: David Coulon(Madame Figaro)
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写真上、取材時はヴェルサイユ宮殿での展示に向け、アトリエで作品制作が進められていた。photography: David Coulon(Madame Figaro)

並行してパリのガレリア・コンティニュアでも個展が開催された。さらに今年6月には、パリ近郊南部で新規開業した地下鉄オピタル・ビセートル駅にも彼女の巨大コンクリート作品が設置された。

ジョスパン本人はボッティチェリの絵に出てきそうな美女で、取材に遅れたことをしきりに詫びる。確かな才能を軸に、15年という短い期間でヨーロッパ中に知られるようになったジョスパン。デビュー以来、ダンボールを素材に人間や自然を再解釈した作品作りを続けている。

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エヴァ・ジョスパンの頭の中

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ヴェルサイユ宮殿オランジュリーで展示されている巨大な刺繍作品『Chambre de Soie』

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没入感の誘惑。

私の仕事は3つの分野と関連しています。だまし絵と舞台の大道具、そして彫刻です。だまし絵は平面。作品が巧みだと、近づいた時に平らなことにびっくりします。こうした効果を自分の作品に取り入れたいのです。舞台の大道具は光が肝心。大道具の形と光の加減で舞台美術は成立しています。明るい光の下で見れば発泡スチロールやダンボールで作られていることに気付きます。彫刻はどんな時も不変。舞台の大道具のように遠くで光が当たっていても、近づいて手から2センチのところにあっても、彫刻は存在し続けなければなりません。だまし絵と舞台美術というマイナーなふたつの芸術様式を組み合わせ、その効果を借用することで視覚を演出したいと思っています。たとえば目の錯覚を利用し、通路を実際よりも長く見せるには、絵という二次元表現に遠近法を用い、三次元化させることが必要です。祝祭関連の建築物、演劇の大道具、奇抜な建築、アートスケープ、舞台美術、トリックなどにとても興味があるのですが、それらは18~19世紀に発明されたパノラマ画やジオラマ、パッサージュに通じるものがあると感じています。五感、特に視覚面で完全な没入感があるからです。

ヴェルサイユ宮殿のようにバロック様式の庭園や洞窟はこの没入感、視覚効果、トリックという観点から興味深い空間です。没入感のあるバロック様式の庭園は、私にとってディズニーランドのようなものです。

2

石造建築に出現した夢の庭。

オランジュリーに設置した長さ105mの刺繍作品はディオールの依頼で作りました(2021-22年秋冬オートクチュールの舞台装飾)。今回の展示ではヴェルサイユ庭園を描いた2枚の新作刺繍をそこに加えました。刺繍作品は広大なパノラマとなり、空想の庭やたくさんの花をタペストリーに描きます。

展示会場であるヴェルサイユ宮殿はなにもかもが巨大なので、その感覚をつかむため、実際に森の中に入って滝や噴水、洞窟を歩いたりもしました。オランジュリーは全長117mもあり、あの有名な鏡の間(73m)をも上回るのです。頭上には天井高13mのアーチ天井があり、会場の奥にはジャン・ロレンツォ・ベルニーニの壮麗な彫刻も。大きな作品はこれまでも作ってきましたし、アルルのモンマジュール修道院(『セノタフ(慰霊碑)』展、20年)やアヴィニョン教皇庁(『パラッツォ』展、23年)では石造建築の中で作品を展示しました。ですがオランジュリーの場合は壁面に装飾が一切ない――。モダニズム的と言っていいほどすっきりしていて、巨大な刺繍作品がとても映える空間。ヴェルサイユを「城」と呼ぶ人もいますが、ヴェルサイユは「宮殿」です。ヨーロッパの宮殿の基本型であり、職人、アーティスト、建築家らの知識とノウハウの結晶です。物理的に圧倒される空間を目にしながら、繊細な細工にも目がいってしまう......そんな体験をしてもらいたい。

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ダンボールという素材。

ダンボールは手直ししやすく、いくらでも入手できるので、最初から作品作りに使用していました。私のテーマは、「常に作り続けること」。ダンボールが存在しなくなったら人類にとっていいことかもしれませんが、私は別の素材を見つけなくては!

なんらかのテーマや素材にこだわって集中すると、ほかのいろいろなことが見えてくるからおもしろいのです。ありふれた素材を完全に変容させる。そこに彫刻家としてのアティチュードがあるのです。ボザール(パリ国立高等美術学校)を卒業してからは絵を描いてませんが、もしも絵を続けていたら同じような試みをしたいと思ったでしょうし、もっと大変だったでしょう。特異な素材の使い方を生み出すのがアーティストであり、職人との違いです。

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風景とはフィクションである。

私は夢へ逃避するために作品を作ります。そこがアーティストと鑑賞者の出会いの場となってほしいからです。私の作品には人間が登場しませんが、それは鑑賞者ひとりひとりが作品を満たすからです。時間をかけてたくさんの細工を施して作品を埋め尽くすのも同じ理由です。ディテールに惹きつけられて人々は足を止め、作品の中にさまよい込みます。

鑑賞者の視線の動きを誘発したい。それは作品にしっかり注目した時に起きることです。この動きを作品空間になかば物理的に作り出そうとしているのです。同時に、作品が小さな細工で埋め尽くされた状態では、森や巨大な刺繍作品全体を見ることに鑑賞者の意識がいかなくなります。皮肉めいていますが、すべてが見えると細部が見えなくなるのです。だから俯瞰で見ることに興味があります。

最近、風景という概念を持つことが人間と自然を隔てているという批判があります。私は逆に、風景表現は想像の産物だと思っていて、おおいにインスピレーションを受けてどっぷり浸かります。風景はフィクションであり、それを発明するのがアーティスト。単なる"景色"が芸術的に表現されたものが"風景"なのです。

5

ガレリア・コンティニュアに展示した三部作。

ヴェルサイユ宮殿での展覧会と対をなすもので、オランジュリーで展示されている刺繍作品から派生した作品が並びました。彫刻、小さな建築物、チャーナキヤ工房による刺繍、刺繍作品のための下絵2点、ヴェルサイユ宮殿に展示されたパネルの縮小版、そして今回初めての試みとして、ダンボールの森をブロンズとアマル工房の刺繍で表現した三部作が展示されていました。刺繍の中から橋や水道橋、アーチが飛び出したかのような作品となっています。

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新しい駅を飾る最新作。

建築家ジャン=ポール・ヴィギエが地下鉄14号線の新駅、オピタル・ビセートル駅を設計、エントランスに私の作品が設置されました。14m×8mのコンクリート作品は地層の岩肌が積み重なった上に、ブロンズの蔓が生い茂り、穴居時代を思わせます。私の若い頃のおぼろげな記憶のようでもあります。

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叶えたい夢。

私にとって究極の夢は、アート庭園を造ることです。自然に働きかけ、彫刻を作り、このふたつの世界が出合って共存できるような場所です。ニキ・ド・サンファル(フランスの画家・彫刻家)の美学は私の美学と異なりますが、彼女はバロック様式の庭園、タロットガーデンを造りました。心底憧れます。

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Eva's Artworks
注目のアートワーク

ルイナール

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「ルイナール ブラン・ド・ブラン」750ml ¥15,620(セカンドスキン付き)/MHD モエ ヘネシー ディアジオ

19世紀からアートを支援するシャンパーニュメゾン、ルイナール。アーティストとのコラボレーションプログラム「カルト・ブランシュ」では昨年、ジョスパンが参画。ダンボール、ドローイング、刺繍を盛り込んだインスタレーションに関わった。

パルファン・クリスチャン・ディオール

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ミス ディオール ミニ トランク バイ エヴァ・ジョスパン(限定エディション) 200ml ¥1,672,000/パルファン・クリスチャン・ディオール

フローラルな中にウッディな香りが潜む、自然を彷彿させるパフューム。インドの工房で働く職人たちの手作業で作られたボウとトランクには、細かな刺繍が施されている。

ボーパッサージュ

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2018年にオープンしたボーパッサージュは、ヤニック・アレノにアンヌ=ソフィー・ピック、ピエール・エルメなどスターレストラン&ショップが集まる散歩道。屋内外には世界的アーティストの作品が飾られ、アート探索も楽しい。ジョスパンの作品『La Traversée』はラスパイユ大通りに面した入口に展示されている。 @beaupassageparis

*「フィガロジャポン」2024年11月号より抜粋

text: Valery de Buchet(Madame Figaro)

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