エル・ファニングが語る「レジェンドを演じることの難しさ」とは?
Culture 2025.02.22
コロナ禍を挟み、俳優と監督が5年半をかけ向き合った映画『名もなき者』。ボブ・ディランを導くミューズにして芸術家を演じた、エル・ファニングの思いとは?
"ディランの"神聖な人"を演じるのは、
私にとっても特別なことでした"
エル・ファニング
「ボブ・ディランは、私の子ども時代と人生の大きな部分を占めているんです」とエル・ファニングは目を輝かせ、出演したことへの喜びを語る。
「13歳の時に出演した『幸せへのキセキ』(2011年)という映画の撮影現場で、キャメロン・クロウ監督はいつもボブ・ディランの『血の轍』のアルバムを流していて、特に『雨のバケツ』をよく聴いていました。『この人は誰?』と尋ねた私に、クロウ監督はボブについて教えてくれて、それ以来、彼の音楽を聴くようになったんです。自分の部屋のコルクボードにボブの写真を貼っていたわ。『誰それ?』っていう友だちに『知らないの?彼は本当にクールなのよ!』って自慢していたくらい」
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ふたりの愛は、本作の心臓のようなもの。
26歳にしてベテラン並みのキャリアを誇る若手スターが演じたのは、ニューヨークに出てきたばかりのディランと出会い、恋人となるシルヴィ・ルッソ。11年に逝去したアーティスト、スージー・ロトロをモデルにしたキャラクターである。
「この作品に関わるまでスージーについては、『フリーホイーリン・ボブ・ディラン』のジャケット写真の女性としてしか知りませんでした。彼女が亡くなる前に書いた自伝『グリニッチヴィレッジの青春』には、ボブと初めて会った時のことやふたりの関係、1960年代のことがたくさん書かれている。彼女の文章はとても美しく、ふたりの間に深い愛があったのがわかったわ。でも、この映画の脚本を読んだボブが、彼女の名前を変えてほしいと希望したから、違う名前になったけれど」
65年のニューポートのライブ会場に、ロトロは実際にはいなかった。このように映画のために細部が変更された部分もあるが、ふたりの愛は真実であったことに感動したという。
「いろいろな意味でふたりの愛は、この映画の心臓のようなもの。彼女は、ミネソタから来たばかりの無名の少年を理解して愛してくれた唯一の人なの。シルヴィはボブ・ディランの才能を見抜き、彼にとっては単なるミューズ以上の存在となったんです」
ブルックリンで生まれたロトロは両親の影響で政治意識が高く、中学生の時にはすでに公民権運動に参加していた。政治的や文学的にディランにインスピレーションを与えたと言われている。
「スージーと出会うまでは、ボブは実際にはそれほど政治に興味を持っていなかった。彼女は60年代の世界や若者文化で起こっていることも彼に紹介した。でも、彼女はプライベートな人なので、私生活が公になることを望まなかったから、悲しいことに彼らの人生は別の方向に進んだの」
シルヴィが単なるガールフレンドでなく、深みのある役柄であることに惹かれたという。
「彼女はボブが成長し、彼女も成長するために、どうしてもふたりの関係を手放さなければならなかった。そのために払った犠牲を、私はとても美しいと思います。スージーが亡くなるまで、ふたりはお互いの人生にしっかりと存在し続けていました。ボブはスージーのことを、彼にとって"神聖な人"と表現していました。そんな女性を演じることは私にとっても特別なことでした」
ティモシー・シャラメとの共演はこの作品に関わった大きな喜びのひとつ、とファニング。
「『レイニーデイ・イン・ニューヨーク』(19年)で共演して以来、とても仲の良い友人なんです。だから、私がこの役を演じることが決まった時、最初にメールを送ったのが彼でした。撮影中、ステージ上の彼を見て、実際にシルヴィのように、彼を誇らしく思いました。この役を演じることで、彼が成し遂げたことを素晴らしく思ったからです。ボブ・ディランのようなアイコンを演じるのがどれほど難しいか、私はよく知っていますから」
Elle Fanning
1998年、ジョージア州コンヤーズ生まれ。2001年、テレビシリーズで姉ダコタ・ファニングが演じる役の幼少期役として俳優デビュー。04年には『となりのトトロ』で英語版の吹き替えも担当。「マレフィセント」シリーズでのオーロラ姫役、『ネオン・デーモン』(16年)、『メアリーの総て』(17年)、『最高に素晴らしいこと』(20年)など主演作多数。シャラメとは『レイニーデイ・イン・ニューヨーク』(19年)でも恋人役で共演した。
*「フィガロジャポン」2025年4月号より抜粋
text: Atsuko Tatsuta photography: ©2025 Searchlight Pictures. All Rights Reserved