ジェームズ・マンゴールド監督の語る『名もなき者』とは?
Culture 2025.02.22
コロナ禍を挟み、俳優と監督が5年半をかけ向き合った映画『名もなき者』。ボブ・ディランというレジェンドに挑んだ映画監督、ジェームズ・マンゴールド監督にインタビュー。
"ティモシーは音楽を味わい、
それを役に浸透させていくんだ"
ジェームズ・マンゴールド
世界的なカルチャーアイコンであるボブ・ディランの伝記という難題を担う監督としてジェームズ・マンゴールドは最適解だったといえるだろう。カントリー歌手ジョニー・キャッシュとそのふたり目の妻で歌手のジューンを描いた『ウォーク・ザ・ライン/君につづく道』(2005年)でリース・ウィザースプーンにアカデミー主演女優賞をもたらしたように、本作はアメリカ公開後に評論家から主演ティモシー・シャラメのキャリア最高の演技を引き出したと称賛され、アカデミー賞において作品賞、監督賞、主演男優賞を含む8部門にノミネートされるなど高評価を得ている。
「イライジャ・ウォルドが著書(『ボブ・ディランと60年代音楽革命』)の中で1961年〜65年の捉え方に指標を与えてくれたことで、映画の構成が明確になった。つまり、ゆりかごから墓場まで人生全体を描いたがために焦点が定まらない、という伝記映画が陥りがちな危険を回避することができたんだ」
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「65年以降、世界全体が変わった」とボブ・ディランは言った。
アコースティックギターを背負ってニューヨークに出てきたひとりの青年が、ボブ・ディランという名で時代のアイコンとなる。エレキギターを手にして騒動となったニューポート・フォーク・フェスティバルでクライマックスを迎える。この時期はディランにとって転機であるだけでなく、アメリカ、強いては世界全体が大きく変化した。
「60年代はいろいろな意味で激動の時代であり、興味深い時代なんだ。この映画を撮る前にボブ・ディランと何度か会い、話をしたのだけれど、60年代についてとても興味深いことを言っていた。『61年から65年までは50年代の続き、つまり50年代後半から65年までがひとつの10年で、65年から75年までがもうひとつの10年。両者はまったく違うものなのだ』と。50年代からのフォークムーブメントは戦後の反動、ポピュリスト音楽への回帰のようなものだった。ロックは50年代から始まったが、ビートルズやストーンズなどが爆発的に流行したのは64年半ばから65年にかけてのこと。冷戦、ベトナム戦争、ケネディ暗殺、公民権運動。実際65年以降、世界全体が変わった。ボブはアメリカの問題だけでなく、それ以上のことを歌っている。彼は、非常に稀な方法で歌を普遍的なものにしている。本当に興味深いことだよ」
ボブ・ディランと直接会ったことは、映画にどんな真実をもたらしたのだろうか?
「素晴らしかったのは、私が実際にボブ・ディランを"体験"できたことだと思う。ふたりだけでコーヒーを飲みながら、数日間、なんでも話した。彼は『コップランド』や僕の他の映画の製作について尋ねてくれた。彼は『戦争の親玉』のどこをカットすべきかも教えてくれた。彼は脚本を読んで、それについていろいろ私に話してくれたけれど、自分について描いた映画は観たことがないそうだ。少なくとも、私と話していた時点ではね」
ディランは、若き日の自分自身を演じるティモシー・シャラメに信頼を寄せているようだ。実際にティモシーは5年以上にわたって練習を重ね、映画中で流れる30以上の曲のすべてを自分で歌った。もちろん、ギターも自分で弾いた。
「この映画は2019年に始まったが、コロナ禍とストライキの影響で24年にやっと完成した。ティモシーはギターとハーモニカ、歌詞本、テープをどこに行くにも持ち歩きYouTubeを観ながら勉強したんだ。感動的だったよ。最初、彼がどこまで歌えるか確信はなかったけれど、直感的には(ボブ・ディラン役は)彼しかいないとわかっていた。ティモシーは"osmosis"(浸透)という言葉を好んで使うが、これは美しい表現だと思う。彼は、さまざまな参考文献や情報、音楽を味わい、自分の中に浸透させていくんだ」
James Mangold
1963年、ニューヨーク州ニューヨーク市生まれ。95年、『君に逢いたくて』で長編監督デビュー。監督作は脚本を手がけることも多く、『17歳のカルテ』(99年)、『ニューヨークの恋人』(01年)、『LOGAN/ローガン』(17年)、『フォードvsフェラーリ』(19年)、『インディ・ジョーンズと運命のダイヤル』(23年)などジャンルを問わず活躍。「スター・ウォーズ」シリーズの次回作でも監督・脚本を担当することが発表された。
*「フィガロジャポン」2025年4月号より抜粋
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