ティモシー・シャラメ、「ボブ・ディランの芸術性を発見する」ために歩んだ道のりとは?
Culture 2025.02.22
"いま"という時代を背負う俳優、ティモシー・シャラメ。彼が今作で演じるのは、神話的存在のアーティスト、ボブ・ディランだ。コロナ禍を挟み、5年半をかけ向き合った「放浪者」に何を見いだしたか?
"彼の芸術性を発見する僕の旅は、
まだ半分も終わっていない"
ティモシー・シャラメ
1960年代の音楽シーンにセンセーショナルに登場して以来、唯一無二のアーティストとして多くのクリエイターたちにインスピレーションを与え続けているシンガーソングライター、ボブ・ディラン。「放浪者」あるいは「預言者」などさまざまな側面を持ち合わせるミステリアスな存在はフィルムメーカーをも触発するが、彼を語ろうとする時、多くの人はどこから語ればよいのか、何を語ればよいのかわからなくなる。トッド・ヘインズは『アイム・ノット・ゼア』(2007年)でその多面性を6人の俳優を使って表象化してみせた。
そしてボブ・ディランの長年のマネージャーであるジェフ・ローゼンは、イライジャ・ウォルドの15年の著作『ボブ・ディランと60年代音楽革命』を脚本家ジェイ・コックスとともに映画化することを夢見た。ミネソタからニューヨークに到着した1961年初頭から、"伝説のステージ"となった65年のニューポート・フォーク・フェスティバルまでの4年半にフォーカスし、ディランの原点を見つめ直すというアイデアだ。
若き日のディラン役として白羽の矢が立ったのは、『君の名前で僕を呼んで』(2017年)、「DUNE/デューン 砂の惑星」シリーズで知られるZ世代を牽引するスター、ティモシー・シャラメだ。
「正直に言うと、それまでボブ・ディランのことは詳しいというほどには知らなかった。ただ、父の友だちがボブ・ディランに夢中だったんだ。彼のアパートに大きな白黒のポートレートが飾ってあったのを覚えている。とても印象的だった。『時代は変わる』や『風に吹かれて』の歌詞にはとてもアメリカ的な要素があると思う。僕は、この映画に関わったことで『自分の血の一部と感じられるような曲は、ボブ・ディランという素晴らしい詩人によって書かれたのだ』ということに気付かされたよ」
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ディランの言葉の素晴らしさは、多彩なテーマを横断すること。
ディランは現代の偉大なる詩人だ。グラミー賞、アカデミー賞など多くの賞を受賞。初期の名作「風に吹かれて」などのプロテストソングをはじめ、その鋭い洞察と社会的視点、言語表現のオリジナリティは高く評価され、ピュリツァー賞、および歌手として初のノーベル文学賞を受賞した。
「パワフルな歌詞は本当にたくさんある。彼の言葉は息を飲むほど素晴らしく、さまざまなテーマを横断している。まだ20歳そこそこの青年がそれらを発表したことを考えると、とても驚くべきことだと思う。彼は、アメリカだけでなく、イギリス、フランスなどのヨーロッパ、そして日本のカルチャーにも大きな影響を与えたよね?日本にも多くのファンがいると聞いているよ」
1960年代という特定の時代、ある瞬間におけるディランを捉える、というコンセプトは若く野心的な俳優にとって魅力的だった。
「ボブ・ディランが進化していく姿を描いた映画だ。史実には大方忠実だけれど、結局のところ、これは"解釈"なんだ。エル・ファニングのキャラクターがスージー・ロトロではなくシルヴィ・ルッソという名前なのもそのため。どちらかというと寓話だけど、伝記映画でもある、ということなんだよ」
映画製作前も後も、本人に会ったことはない。神話的な人物を演じるプレッシャーはないかという問いには「ノー」と答える。
「ボブ・ディランのような捉えどころのない芸術家を演じるうえでいいことは、存在する素材が限られていることだ。特に1961年〜63年において、彼について入手できるのは2、3のラジオインタビュー、多くの音楽デモ、そして希少な映像に限られている。僕が彼に入り込む方法は、彼の映像を研究することだった」D.A.ペネベイカー監督の『ドント・ルック・バック』(67年)やマーティン・スコセッシ監督の『ボブ・ディラン ノー・ディレクション・ホーム』(05年)、そして入手可能な当時のラジオインタビュー、伝記、彼自身の執筆作など、シャラメはあらゆるものを吸収した。そして、ギターと歌唱は徹底的に作り込んだ。
「最も重要なのは音楽との繋がりだ。音楽は美しく、すべてを包み込み、ロマンティックで親密な関係性から、鮮烈で壮大な物語まで網羅する。この作品に取り組むのに5年半もかかったので、そのプロセスは果てしないものだった。いろいろな意味で、まだ終わっていないような気がする。"ボブ・ディランを演じる"ことは終わったかもしれないけど、彼と彼の芸術性を発見するという僕の人生は、まだ半分も終わっていない」
驚くべきことに、24年12月5日にボブ・ディランは自らのXで「ティミーは素晴らしい俳優なので、私という役を完璧に信じられるだろう」と、この映画に関して肯定的なコメントをポストした。
「ボブは自分についての映画を観ないと聞いている。でも、あの投稿を見て、とても勇気づけられた。特にボブ・ディランのような寡黙なレジェンドから背中を叩いてもらえることは滅多にない。文字どおり夢のような出来事だった。『よし、僕は正しいことをしているんだ』と思える瞬間だったよ」
Timothée Chalamet
1995年、ニューヨーク州マンハッタン生まれ。フランス人の父とユダヤ系アメリカ人の母のもとに生まれ、幼少期からアメリカとフランスを行き来して育つ。子役として多くのドラマや映画に出演、2017年『君の名前で僕を呼んで』に主演し世界的に人気が爆発。「DUNE/デューン 砂の惑星」シリーズ、『ウォンカとチョコレート工場のはじまり』(23年)など主演作多数。本作では主演兼製作を務める。次作『Marty Supreme』(原題)を主演兼製作として撮影中。
*「フィガロジャポン」2025年4月号より抜粋
text: Atsuko Tatsuta photography: ©2025 Searchlight Pictures. All Rights Reserved