劇映画が描く歴史の渦中。50年前の出来事が「自分ごと」になる体験を映画館で。
Culture 2025.08.07
『アイム・スティル・ヒア』
文:山崎エマ ドキュメンタリー監督

©2024 VideoFilmes/RT Features/Globoplay/Conspiração/MACT Productions/ARTE France Ciném
時代を象徴する事件が、生きた感情として響く。
ドキュメンタリー監督の私は「劇映画は撮らないのですか?」とよく聞かれる。頭の中でとあるストーリーを生み出すより、すでにこの世に存在している「何か」を自分の視点で描くことに興味があり、「もし歴史上の出来事や人物などをドキュメンタリーではなく劇映画の要素を使ったほうが伝えられるものがあると感じたら、その際はやってみたい」と思っている。そんな自分にとって、ブラジル出身のウォルター・サレス監督が16年ぶりに祖国にカメラを向けた、1970年代の軍事独裁政権下のある家族の物語は、まさしく満足度120%。
元国会議員のルーベンス・パイヴァが誘拐され消息不明な状況で生きる妻・エウニセと5人の子供たちが描かれている。エンドロールには実際のパイヴァ家の写真が使われているのを見ても、きっとインタビューや当時のアーカイブ映像を使ってドキュメンタリーを作る道も考えられる。だが劇映画という手法を選択したことで、歴史的な時代の象徴になった事件の渦中にいた人間たちの葛藤が、もしかしたらどんなドキュメンタリーよりも「リアル」に伝わってくる。さらに、サレス監督はこの軍事独裁時代を自らも経験し、実際にパイヴァ家と親交があったそう。きっとその記憶も辿って制作しているからこそ、映し出される映像や役者たちの演技から伝わる感情に説得力がある。
50年以上も前の出来事をこの現代に届けてくれる本作がなぜ「自分ごと」に思えるのだろう。家族を守りながらも正義を求めて戦い続けたエウニセが「遠い昔のスゴい人」ではなく、母として妻として共感もでき、突然の夫の連行や消息不明、自身の取り調べ、長期戦の捜索活動を通して弱さも垣間見られ、身近な人にさえ感じるからかも。映画にこれ以上のことは求められないぐらい、傑作。
●監督/ウォルター・サレス
●出演/フェルナンダ・トーレス、セルトン・メロ、フェルナンダ・モンテネグロほか
● 2024年、ブラジル・フランス映画 ●137分
●配給/クロックワークス
● 8月8日より、新宿武蔵野館ほか全国にて順次公開
https://klockworx.com/movies/imstillhere/
ドキュメンタリー監督
監督作『小学校~それは小さな社会~』(2023年)が米アカデミー賞ドキュメンタリー短編部門にノミネート。人間の葛藤や成功の姿を親密な距離で捉えるドキュメンタリー制作を目指す。
@emaexplorations
*「フィガロジャポン」2025年9月号より抜粋