逃げる男と追う女。映画『グランドツアー』、世界を駆け巡る2人の行く末――。

Culture 2025.10.10

『グランドツアー』

文:杉田協士 映画監督

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サマセット・モームの中編小説がゴメス監督の着想源。エドワードはロンドンの婚約者モリーの来訪に臆して逃亡。追うモリーに視点が移動すると、アジアの旅は無二の友も得て、夢と目覚め、生と死の淵で広大無辺に。カンヌ国際映画祭監督賞受賞。
©2024 ‒ Uma Pedra No Sapato ‒ Vivo film ‒ Shellac Sud ‒ Cinéma Defacto

人の宿命を受け入れつつ、愉楽へと誘う始まりの旅。

1918年、大英帝国の公務員としてマンダレーで働くエドワードは、7年会っていなかった婚約者のモリーがロンドンから待ち合わせ場所のラングーンに到着する頃、逃げるようにしてシンガポール行きの船に乗り込む。ラングーン、シンガポール、バンコク、サイゴン、マニラ、大阪、上海、重慶へと続く男の逃避行と、それを追っていく女の旅に立ち会いながら、気づけば思いは映画そのものの始まりに及んでいく。

1895年に発明された映画は、レンズの付いた木の箱によって生まれた。重力に従って固定されながら使われていたそれは、いつしか動く列車や船に乗ることを覚え、移動しながら映像をフィルムに記録することを身につけていく。そしてそのまま西欧を抜け出し、アジアへと向かっていった。

たびたびスクリーンに映し出される列車や船から捉えられたアジアの景色を見つめながら、その始まりの旅をいままた辿ろうとする試みに、知らずに観客である自分も加わっていると気づく。何よりこの映画の冒頭に胸打たれる。重力とともに生きる宿命にあり、宇宙を見上げながら、この惑星の地表を這うようにして生きてきた人類が、その宿命を受け入れ、むしろ重力を利用しながら、生きるよろこびへと、芸術へと、仕事へとつなげていく逞しい姿が映し出されるのである。

このすばらしい旅を先導するエドワードといえば、終始元気がない。力なくポニーに跨ったり、カゴで運ばれたりしている。空から降りてくる雪や笹の葉をただ眺めることしかできない。宿命に身を任せることを選んだ男である。対してもうひとりの先導者モリーはどうか。どちらが宇宙の真理に近づくことができるだろうか。天空に上昇していく阿片の煙の先に、その答えが待っている。

『グランドツアー』
●監督・共同脚本/ミゲル・ゴメス
●出演/ゴンサロ・ワディントン、クリスティーナ・アルファイアテほか
●2024年、ポルトガル、イタリア・フランス・ドイツ・日本・中国映画
●129分 ●配給/ミモザフィルムズ
●10月10日より、TOHOシネマズ シャンテほか全国にて順次公開
https://mimosafilms.com/grandtour/
文:杉田協士/Kyoshi Sugita
映画監督
2012年『ひとつの歌』で劇場映画デビュー。21年、『春原さんのうた』がマルセイユ国際映画祭にてグランプリほか3冠受賞、ミゲル・ゴメス監督が同年のベスト映画の一本に選ぶ。
https://x.com/kyoshisugita

*「フィガロジャポン」2025年11月号より抜粋

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