ミュウミュウによる文学サロンで体感、読書がもたらす新しい対話。

Culture 2025.10.21

ファッションメゾンのミュウミュウは昨年からリテラリークラブを始めた。書物を愛すること、そこに綴られたメッセージを深く思考すること。知的好奇心を刺激する企画の在り方を考える。

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1日目のトークセッション登壇者たち。左から、英国のルー・ストッパード、在フランスアメリカ人ローレン・エルキン、イタリアのヴェロニカ・ライモ、インドのギータンジャリ・シュリー。

ヨーロッパのラグジュアリーメゾンには「書物」への深い敬愛が息づいている。ブランドアンバサダーによる朗読会、本を入れるための特別なトートバッグ、美しい装丁のブランドブックや写真集など、書物への情熱は多彩な形で表現されている。中でもミュウミュウを手がけるミウッチャ・プラダは、ミラノデザインウィーク期間中に「ミュウミュウ リテラリークラブ」というユニークなイベントを開催。文学における女性の声を称えるこの試みは、彼女のフェミニストとしての哲学と、本について語る喜びを分かち合う新たな場を創出している。

この「ミュウミュウ リテラリークラブ」は、ミウッチャ・プラダのアイデアを基に、作家でありイタリア文学研究者でもあるオルガ・カンポフレダとの対話から生まれた。発端は、カンポフレダが新聞に寄稿したエッセイだったという。

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オルガ・カンポフレダ/Olga Campofreda
「ミュウミュウ リテラリークラブ」のキュレーションを手がけるイタリア文学研究者で作家。ミュウミュウとプラダの長年のファンである母のバッグやトップを借りて、ファッション好きになった。「ミウッチャ・プラダはまさにアイコンです」

「若い頃、女性作家の本を見つけるのがいかに困難だったかを書きました。イタリア文学は男性優位で、地図のない宝探しをしている気分でした。図書館や祖母の家でも女性の声は見つからなかった。読んだ小説の主人公たちは男性ばかりで、共感することのできない存在でした」

その思いに共鳴したミウッチャ・プラダは、女性の教育と表現の場についてともに考える機会を考察したのだった。

こうして2024年から始まった「ミュウミュウ リテラリークラブ」の25年版はカンポフレダがキュレーションする2日間のイベントに結実した。今年のテーマは「A Womanʼs Education(女性の教育)」。フランスのフェミニスト哲学者シモーヌ・ド・ボーヴォワールと、日本の作家・円地文子という異なる文化背景のふたりの作品を通して、少女時代、恋愛、女性の生き方を巡る対話が繰り広げられた。

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初日はボーヴォワールの『離れがたき二人』を軸に「少女時代の力」をテーマに議論が展開された。

「当初は見過ごされがちな作家を取り上げようとしていましたが、ミウッチャは、女性性やアイデンティティを問うならボーヴォワールこそ現代に必要な声だと語りました。そこで、あまり知られていない作品である『離れがたき二人』を選びました。女性が成長とともに家庭と学校の価値観と期待によってどう形作られるかを浮かび上がらせています」(カンポフレダ)

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『離れがたき二人』

1954年に執筆されたものの、私的な内容ゆえに、生前には出版されず、2020年にようやく発表された。偉大なフェミニストの思想家に対して、新たな関心を呼び起こした作品。9歳で出会った親友と作家との、少女から大人になるまでの旅路とその過程における友情、カトリックのブルジョワ階級における女性への抑圧を描いている。
●シモーヌ・ド・ボーヴォワール著 関口涼子訳 早川書房刊 ¥2,750
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トークセッションで登壇者たちは、各人が『第二の性』を初めて読んだ時のことや、少女時代に感じた社会的規範など個人的な体験について語り、現在、世界的に女性の権利に対して抑圧的な流れが台頭してきていることへの懸念も分かち合われた。

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2日目は円地文子の『女坂』を題材に「愛と性と欲望」を巡るディスカッションが行われた。

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円地文子をテーマとした2日目の登壇者の作家たち。左から香港とクアラルンプールで育ち、在英のニコラ・ディナン、アイルランド人のニーシャ・ドーラン、アメリカ人のサラ・マングソ。

「ボーヴォワールと同時代の作家として円地文子を提案しました。家父長制という普遍的テーマが女性を縛ってきた事実と女性がそれに抵抗する様子が、文化を超えて共有される文学的空間を創造すると気づいたからです。夫のために妾を選ばされる主人公と、そんな妻を信頼して任せる夫。最初はライバル同士の女性たちがやがて互いの立場を認め合い、『私たちはともに従属している。だからこそ手を取り合うべき』と気づく瞬間が描かれます。悲劇的でドラマティックで詩的、そして、深いニュアンスを湛えた美しい文章で綴られた物語です」(カンポフレダ)

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『女坂』

19世紀の日本を舞台に、男性の権力と欲望のために自身の望みや欲求を犠牲にする主人公の一生を描き、女性の性愛を赤裸々に語った初の日本の女性作家の作品と位置付けられている作品。地方の大書記官で経済的にも豊かな夫、その夫に命じられるままに夫のための妾を探し、女道楽に耐え続けた妻、妾たち、息子、その妻らの姿が描かれる。
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パネリストとして登壇したアイルランドの作家ニーシャ・ドーランは、日本の家父長制と自身の育ったカトリック社会の「恥」の文化を比較し考察する。

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ニーシャ・ドーラン/Naoise Dolan
アイルランド人作家。シンガポールと香港で暮らしたことがあり、日本語を学んだこともある。最近、多和田葉子著『エクソフォニー 母語の外へ出る旅』英訳版の序文を書き、日本の文化における女性作家の台頭への理解を深めた。

「権力はどの制度下でも同様に機能します。上位者が物語を支配し、下位者が沈黙を強いられる構図は恥によって巧みに強化されるのです。文化の違いを単純化せず、権力の作用パターンを比較することは有益です」(ドーラン)

トークセッションには、イタリア、フランス、イギリス、アメリカ、インドなど多様な背景を持つ女性作家たちが集った。作品の抜粋の朗読をきっかけに意見が飛び交い、会場いっぱいの聴衆との質疑応答から新たな議論が生まれる熱気に包まれた。「なぜ少女時代はそんなに力強いのか?」という問いに、インドの作家ギータンジャリ・シュリーは「少女たちはまだ夢を見ているから」と答えた。「社会の期待に押しつぶされる前の、境界上の一瞬である少女時代は、自分がどんな存在になりたいかを想像する自由を持っているのです」とカンポフレダ。「文学イベントで、本そのものについて語る機会がいかに少ないか、改めて感じました。多くの場合インタビューは、自作についての一般的な質問や作家としての背景に終始し、作品の細部の解釈に踏み込むことはほとんどありません。だからこそ今回は、小説の中身に集中し、登場人物や言葉のニュアンスまで深く語り合えたことが、とても貴重でした。共通の読書体験を持つことで、まるで魔法のような繋がりが生まれるのです」とドーランも振り返る。

会場となったのは、19世紀の趣をいまに残すミラノのチルコロ・フィロロジコ・ミラネーゼ。「1890年、フェミニストのアンナ・クリショフがここで女性の権利と教育の必要性を訴えたという歴史的な場所です。ミウッチャは70年代に抗議活動をしていたフェミニストです。私たちはその世代の恩恵を受けた世界に生きている一方で、今日また女性の権利が脅かされつつある現実も見ています。だからこそ、文化によって抵抗の場を築くことが、いまこの時代にこそ求められているのです」とカンポフレダは締めくくった。

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ラウンジでは、各日6組のシンガー、DJ、スポークンワードパフォーマーらがステージに立った。

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左:ライブイベントには、英国出身ネオソウルのシンガーソングライター、ジョイ・クロックスも登場。右:英国出身スポークンワード詩人、モデルで活動家カイ・アイザイア・ジャマルのパフォーマンス。

本という静かなメディアは時代や国境を超え、声なき者の声をそっと運ぶ。ミウッチャ・プラダが創り出した「ミュウミュウ リテラリークラブ」は、その力を信じる者たちが集い、言葉を通じて自由や尊厳を分かち合う場となっている。ラグジュアリーブランドの使命は表層の美を超えて、思考の深みの中にも宿り、知性と共鳴する瞬間を生み出していた。ページの隙間から立ち上るのは、自由と自立を自らのものとしてきた女性たちの記憶であり、現代を生きる私たちへの問いかけである。

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開催時に配られた2作の英訳本は、ミュウミュウのスペシャルパッケージ版。

*「フィガロジャポン」2025年9月号より抜粋

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photography: T Space, Luca Strano (Portrait), ©MIU MIU text: Izumi Fily-Oshima

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