イザベル・ユペール主演『旅人の必需品』をはじめ、秋を彩る新作映画4選。
Culture 2025.11.03
ホン・サンス監督のデビュー30周年を記念し、2025年11月から2026年3月まで、新作5本を月替わりで公開する「月刊ホン・サンス」が開催される。幕開けを飾るのは、イザベル・ユペール主演の『旅人の必需品』。『あのこは貴族』などで知られる岨手由貴子監督が魅力を語る『旅人の必需品』をはじめ、フィガロ編集部がピックアップした、映画館で鑑賞したい4作をご紹介。
01.『旅人の必需品』
文:岨手由貴子 映画監督
©2024Jeonwonsa Film Co. All Rights Reserved.
不可解な会話のラリーが、突飛かつ実のある対話へ。
「そんなことある?!」と耳を疑うような体験談を聞くことがある。知人の話なら事実として受け取れるのに、ひとたび映画の中で起こるとリアリティを感じない。突飛すぎても、ありきたりでも、それがリアルであると納得するのは難しい。
ホン・サンスの映画は、そんな不合理からいつも自由なところにある。例えば、主人公とのちに同居することになる男性が出会う場面。詳細は伏せるが、失笑を越えてギョッとしてしまう場面を、"スベる"ではなく"チャーミング"として堂々演出する。そうなると、こちらも"チャーミング"として渋々受け取らねばならない。そんな強引な演出を観客にグイッと飲み込ませているのは、ベースに流れる生々しいリアリティなのだろう。
本作は、韓国にやってきたフランス人女性が、仏語の個人レッスンのために生徒の家を訪ね歩くという筋書きだ。そこで繰り広げられるのは、他人と交わすどうでもいい会話である。「その帽子好き?」と聞かれて、愛想笑いを浮かべるあの感じ。両者の共通語である英語を使った、不可解でぎこちない会話のラリー。それをモゾモゾしながら観ていくわけだが、生徒たちは次第にパーソナルな感傷を口にし始める。これはレッスンの一環で、「いま何を感じた?」と執拗に訊ね、答えさせるのだ。すると、社交の範疇で乱打していた空虚な会話は、真実めいたものへと移行していく。
このリアリティには膝を打った。人が本音を語るのは感極まったからじゃない。質問されたからだ。第二言語で、見知らぬ相手に"マジレス"する。その多重の障壁が、意外にも実のある交流を生む。「そんなことある?!」という突飛かつ納得感のある対話を見届けた私は、主人公のコミュ力に感服した。やはり彼女はチャーミングだった。
●監督・脚本・製作・撮影・編集・音楽/ホン・サンス
●出演/イザベル・ユペール、イ・ヘヨン、クォン・ヘヒョほか
●2024年、韓国映画 ●90分
●配給/ミモザフィルムズ
●11月1日より、ユーロスペースほかにて順次公開
https://mimosafilms.com/gekkan-hongsangsoo/
映画監督
2015年『グッド・ストライプス』で長編劇場映画デビュー。以後『あのこは貴族』(21年)ほか。劇場用最新作は26年公開、川上未映子の長編小説が原作の『すべて真夜中の恋人たち』。
https://www.instagram.com/sode_yukiko/
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02.『ボンヘッファー ヒトラーを暗殺しようとした牧師』

©2024 Crowʼs Nest Productions Limited
ジャズエイジの活気を知る牧師の波乱と覚悟。
降伏前年に帰趨が決してもヒトラーは負けを認めず、多くの自国民を犬死にさせた。そんな大戦末期、名高いヒトラー暗殺計画に臨んだドイツ人牧師の数奇な物語。ニューヨークに遊学し、盟友となった黒人牧師に誘われるままジャズやゴスペルに触れ、若き彼が自由の風を浴びる原体験が喜悦感にあふれる。一転、流言飛び交う不況下の祖国に戻ると、救国と排外主義を煽って支持層を広げたナチス党が台頭。英独間を潜航するスパイとなった彼が国と教会の命運を担うや、もう息つくいとまを与えない。『ハドソン川の奇跡』(2016年)の実力派脚本家が、初監督に心血を注いだ描写の厚み。ゴスペルを生かした終幕の余韻も胸に沁みる。
●監督・脚本・製作/トッド・コマーニキ
●2024年、アメリカ・ベルギー・アイルランド映画 ●132分
●配給/ハーク
●11月7日より、ヒューマントラストシネマ有楽町ほか全国にて順次公開
https://hark3.com/bonhoeffer/
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03.『旅と日々』

© 2025『旅と日々』製作委員会
丹精込めた映画が紡ぐ、一期一会の旅の真価。
つげ義春の短編漫画中、指折りの傑作2本を『きみの鳥はうたえる』(2018年)の三宅唱監督が映画化。夏編「海辺の叙景」をシム・ウンギョン演じる脚本家・李作の劇中劇とし、東京でのお披露目の煮詰まった心持ちを解消する旅が冬編「ほんやら洞のべんさん」になる。その凝った構成が、神津島の波浪と断崖、庄内の古民家と雪原と、好対照なロケ撮影を立体化。何気ないのに忘れ得ない旅の時間、映画の時間が立ち現れる。「海辺の叙景」の一景では、河合優実が艷やかに演じるアンニュイな女性・渚と浮き草稼業の青年が出会い、翌日台風前の豪雨となった浜辺で手製のみつ豆を分かち合う。互いの純真が不意に交わる瞬間の鋭敏な感度にしびれる。ロカルノ国際映画祭金豹賞(最高賞)受賞。
●監督・脚本/三宅 唱 ●2025年、日本映画
●89分 ●配給/ビターズ・エンド
●11月7日より、TOHOシネマズ シャンテほか全国にて順次公開
https://www.bitters.co.jp/tabitohibi/
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04.『さよならはスローボールで』

© 2024 Eephus Film LLC. All Rights Reserved.
野に遊ぶような、オフビート群像劇の大らかさ。
野生のコヨーテのペット襲撃だの、キャンディコーンの早食い競争だの、ローカル局ならではの侘びのあるニュースがラジオから流れてくる。学校建設を期した野球場解体の話題も。米ニューハンプシャー州のその名物球場で地元草野球チームがラストゲームを催す。ピッツァ販売のワゴン車が店開きしたり、客席の子らが職種のバラバラな大人たちの大人げなさに苦笑したり。秋うららな「我らの裏庭」でのワンシチュエーションコメディは、一瞬と永遠を自在に操るスローボールの名手から試合途中に焦れて帰っちゃう審判までハマり役揃い。故ロバート・アルトマンが織りなしたケータイ普及以前の群像劇のクセになる緩さに通じる。星が瞬き、虫がすだくナイターの哀愁とおかしみも秀逸。
●監督・共同脚本・編集・音楽・プロデューサー/カーソン・ランド
●2024年、アメリカ・フランス映画
●98分 ●配給/トランスフォーマー
●新宿ピカデリーほか全国にて公開中
https://transformer.co.jp/m/sayonaraslowball/
*「フィガロジャポン」2025年12月号より抜粋
text: Takashi Goto





