アート・バーゼル・パリで話題! ミュウミュウが贈る、ヘレン・マーティンの新作「30 Blizzards.」。
Culture 2025.11.10
秋のパリでファッションウィークの次に街をにぎわすのは、アート。10月22日から26日までのアート・バーゼル・パリを中心に、街のあちこちでアートイベントが開催される通称アート週間だ。昨年に引き続き、アート・バーゼル・パリのパブリックプログラム公式パートナーとして、ミュウミュウは英国人アーティスト、ヘレン・マーティンの新作を発表。会場は、例年ミュウミュウがランウェイショーを行っている16区のイエナ宮だ。

ミュウミュウお馴染みのイエナ宮の会場で、パフォーマンス、彫刻、ビデオを駆使した、ヘレン・マーティンの新プロジェクト「30 Blizzards.」。photography: Miu Miu
2列に並んだ円柱が高い天井を支える細長い会場。奥に向かって、日常のオブジェを組み合わせて構成した彫刻作品が5点並んでいる。すべてのインスタレーションを取り囲むレールの上を、グレーのケースが音もなく巡り、中央には大きな舞台が見える。
気がつくと、やがて様々な衣装を纏ったパフォーマーが会場のあちこちに姿を現す。30人の登場人物が、会場のあちこちで、あるいは舞台に集結して歌い、語り、踊るパフォーマンス。入れ替わるように、スクリーンにはモノローグと共にビデオが映し出される。「30 Blizzards.」は、約2時間にわたる壮大なプログラムである。

中央の舞台では30人のキャラクターがそろって踊るシーンも。舞台上に見えるグレーのボックスにはそれぞれ、30のキャラクターの名前が書かれている。
この大作を繰り出したのは、ヘレン・マーティン。文章、彫刻、絵画、映像などを題材に、幅広い分野で活躍する英国人女性アーティストだ。
「ミュウミュウは大胆な集団的意思を持ち、固定観念とは無縁のブランド。長い間映画、美術、文学といった分野を支援してきたブランドでもあります。今回、このような野心的なプロジェクトに取り組む機会をもらえたことをとても光栄に感じています」と彼女は語る。
プロジェクトの始まりは今年4月。プラダ財団のキュレーターである友人からの1本の電話だったという。
「『あなたにインビテーションがあります。承諾してくれますね?』と。プロジェクトへの招待は寛大で極めてオープンなものでしたが、パフォーマンスの要素が含まれることが明確な条件でした。ですから、多くの出演者によるパフォーマンスの脚本という発想から始めました。テーマにもコンセプトにも縛りはなく、すべて私が考案したもの。演出家のファビオ・ケルスティッチや音楽家ベアトリス・ディロンとともに、数ヶ月にわたる協働になりました」

彫刻作品「母親」。photography: Miu Miu

ビデオ「母親」より。Courtesy by Helen Marten
「30 Blizzards.」は複数の異分野を横断的に切り取り、ひとつながりの文脈に置かれた際にそれぞれの異なる媒体がどう影響し合うか、その相互関係を探る作品。展示は5体の彫刻と、5点の新作ビデオを対照する新たな視点を中心に構成された。それぞれ間接的に幼少期から老年期までの人生の流れの中で起きる出来事、つまり子供時代、コミュニティ、セクシュアリティ、心の内面、喪失といった一連の人生のページを通じて体験することを表現している。
「30 Blizzards.」というタイトルは、一人ひとりにそれぞれ違う気性、言うなれば個性的な「感情の天気」が吹き込まれた30人の登場人物(30人のパフォーマー)が由来。彼らが歌や台詞を披露しながら入れ代り立ち代り登場した。
「数秘術で30は無限を表し、循環のループ、同時にメビウスの輪も示唆します。会場をぐるぐる巡るレールと、各彫刻を結ぶ直線という二つのモチーフは相互に関連しています。円は断ち切られて直線となり、その逆もまた然り。イエナ宮は細長い空間ですから、見学者は歩くという旅をし、戻ってきてその旅を完結させます。この循環の概念も『30の吹雪』というタイトルとリンクします。また、雪は私たちの生活に降り積もり、認識する全てを新しさで覆うもの。新たな始まりの象徴でもあります。パフォーマンスは間や沈黙に満ちていますが、同時に感情的なエネルギー、混沌や群舞もあります。このプロジェクトは、生きた空間で、生身の人間によって、世界を構成する様々な側面を融合させることでした」

会場の一番奥に置かれた彫刻作品は「未亡人」。photography: Miu Miu

ビデオ「未亡人」より。Courtesy by Helen Marten
これまで文章、彫刻、絵画、映像といった様々な分野で表現してきたヘレン・マーティンだが、パフォーマンスも含めて幾つもの分野を統合したアートプロジェクトは初めてだったという。
「最初に形にしたのは映像用の5つのモノローグと30人のキャラクターの設定でした。そこからより広範な台本構造を構築し、作品に現れる様々な場面のトーンや順序を考え、そこからそれぞれが5つの彫刻作品と対をなす5本の映像を作りました。この作品には非常に多くの要素があり、互いに深く依存し合っています」

30のキャラクターの衣装はアーティストとミュウミュウのデザインチームの共同から生まれた。赤い衣装が「母親」役の男性。
「歌のため、あるいは舞台で生演奏される声のために文章を書いたことは一度もありませんでした」と語るヘレン・マーティン。もうひとつの初体験は、パフォーマ―たちの衣装のクリエイションだった。
「衣服は、演劇的な感覚や喜び、あるいは恥、静けさといった感情を表現する上で非常に重要です。キャラクターそれぞれの衣装の大半は、ミュウミュウのデザインチームと共に特別に制作したものです。衣装制作は初めての体験でほんとうに楽しかった。衣服で表現できることは計り知れません。たとえば『母親』役は、鮮やかな赤の上下とジュエリーを身につけた男性が演じています。それは私たちが『母親』と認識する古典的なカテゴリーを覆すもの。ステレオタイプ的な女性像より、共同体や社会的交流、姉妹愛の象徴なのです」

ヴェルニサージュのソワレにて、ミウッチャ・プラダ(左)とヘレン・マーティン。
会期中には、2時間にわたるパフォーマンスが、少しの休憩を挟みながら一日中繰り返し演じられる。
「この作品は、観客がいつ入場しても、より大きな物語や世界の一部だと理解できるよう設計しています。そしてどのシーンを見ても、その瞬間に全体のパフォーマンスを感じ取れるように。すべてを観て、音や映像、動きのすべてを体感して帰る人もいれば、ほんの小さな断片を見て、まったく異なる体験をする人もいるでしょう。この作品から、私たちを取り巻く世界についての喜び、希望、好奇心、沈黙や交流の様々な瞬間についてのイメージを持ち帰ってもらえればと思っています」
text: Masae Takata (Paris Office)







