新感覚のホリデームービー『クリスマス・イブ・イン・ミラーズ・ポイント』はじめ、劇場で鑑賞したい新作映画4選。
Culture 2025.11.21
タイラー・タオルミーナ監督の最新作は、家族が集まる「最後の」クリスマスディナーを描く『クリスマス・イブ・イン・ミラーズ・ポイント』。Bunkamura ル・シネマ渋谷宮下では公開を記念して、中高生はワンコイン(500円)で鑑賞できる割引やコラボグッズの販売も。ホリデーシーズン、家族や友人、パートナーと映画館で鑑賞したい4作をご紹介。
01.『クリスマス・イブ・イン・ミラーズ・ポイント』
文:竹田ダニエル 音楽エージェント、ライター
©2024 Millers Point Film LLC. All rights reserved.
人の信頼の在り処を包む、言葉にならない感情の波。
この映画は、まだスマートフォンもSNSも存在しない、少し昔の冬の記憶を覗き込むような作品。舞台は北東部の小さな町。古びたゆかりの家に親族たちがワイワイと集い、湯気を立てる料理とワインの香りが満ち、部屋のいたる場所に飾りつけの置物や写真立てが散らばっている。どれもがその家、そして家族の歴史を物語っている。監督タイラー・トーマス・タオルミーナは、そうした「散らかり」そのものを愛おしく捉えながら、年末という時間のざらついた温かさを、想いを馳せるようなカメラの眼差しで見つめる。
本作にあるのは、家族の中に流れる微妙な距離感と、言葉にならない感情の波。祖母の笑顔の裏に漂う寂しさ、食卓を囲む大人たちの気遣い、そして子どもたちの視線が印象的だ。ティーンたちは小さな町から抜け出したいと願い、車を走らせて夜の道に出る。しかし、どこに行くこともできない。家族は「ウザい」けど、本当は大切にしたい。その切なさが、夜の静けさとともに胸に残る。
特筆すべきは「目」の演出だ。登場人物たちはお互いを見つめながらも、どこか別の場所を見ている。愛情と苛立ち、期待と諦めが一瞬の視線に宿る。誰もが孤独を抱えながら、それを笑顔や沈黙で包み隠す。「語られない言葉」の断片がカメラの視線を通して積み重なり、まるで記憶のコラージュのように作品全体を包み込む。
クリスマス映画というと祝祭や奇跡が描かれやすいが、本作が描くのは時間とともに変わる関係性の儚さである。少し息苦しくて、でもどこか安心する空気の中に、人と人との信頼や希望が確かに存在している。本作は、そんな「変哲のない家族の一夜」に潜む複雑な人間味を見つめた、美しく誠実な映画である。
●監督・共同脚本・製作/タイラー・タオルミーナ
●出演/マイケル・セラ、フランチェスカ・スコセッシ、マチルダ・フレミングほか
●2024年、アメリカ映画 ●108分
●配給/グッチーズ・フリースクール
●11月21日より、Bunkamura ル・シネマ渋谷宮下ほか全国にて順次公開
https://www.christmas-eve-in-millers-point.com/
音楽エージェント、ライター
カリフォルニア出身・在住のジャーナリスト、研究者。著書に『世界と私のA to Z』『#Z世代的価値観』(ともに講談社刊)ほか。新刊に『SNS時代のカルチャー革命』(講談社刊)。
@daniel_takedaa
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02.『エディントンへようこそ』

©2025 Joe Cross For Mayor Rights LLC. All Rights Reserved.
アメリカのコミュニティの危機を鬼才が撃つ。
コロナ禍の米ニューメキシコ州、ロックダウンの徹底化とIT企業の誘致を図る市長に穏健派の保安官ジョーは対立する。人影まばらなローカルタウンを相互不信の影が覆う。正体不明のインフルエンサーに愛妻ルイーズが心酔して連れ去られるや、堪忍袋の緒が切れたジョーは、我こそ町の自由の守護者!とばかりに砂漠の町の蜃気楼に呑まれてゆく。奇想天外な想像力とアクチュアルな現実とを結び合わせ、鬼才アリ・アスターが造形する茫然自失のダークコメディ。ネットを操る陰謀論者とか、町の支配を目論むテック系新勢力とか、見えざる"怪物"への視座が鋭くて深い。ジョー役ホアキン・フェニックスやルイーズ役エマ・ストーンの演技と存在感は、平静と錯乱の境が溶け出すよう。
●監督・脚本/アリ・アスター
●2025年、アメリカ映画 ●148分
●配給/ハピネットファントム・スタジオ
●12月12日より、TOHOシネマズ 日比谷ほか全国にて順次公開
https://a24jp.com/films/eddington/
text: Takashi Goto
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03.『ペンギン・レッスン』

©2024 NOSTROMO PRODUCTION STUDIOS S.L; NOSTROMO PICTURES CANARIAS S.L; PENGUIN LESSONS, LTD. ALL RIGHTS RESERVED.
ペンギンの一挙一動が人間社会を照らす悲喜劇。
1976年、ブエノスアイレスの名門高校に招かれて教師トムが英国から渡航してくる。折しもアルゼンチンに軍事クーデターが勃発。日和見主義の校長の目を盗んでトムが飼うハメに陥ったマゼランペンギンの"目の高さ"から、ウィットの利いた慎ましい日常が断たれる様子を描くのが『フル・モンティ』(97年)の俊英監督ならでは。愛くるしくも予測できないペンギンの挙動を持て余す、旅の出会いと出来心。その世話係を務める宿舎の老メイドと孫娘の前途。緩急のエピソードを交えた笑いと悲嘆の呼吸に乗せられる。この老若の女性ふたりは脇役ながら、本作を熾火のように貫く芯になってゆく。小心も俗気もある教師の"決意"のプロセスに名優スティーヴ・クーガンが温かい血を通わせる。
●監督/ピーター・カッタネオ
●2024年、スペイン・イギリス映画 ●112分
●配給/ロングライド
●12月5日より、新宿ピカデリーほか全国にて順次公開
https://longride.jp/lineup/penguin/
text: Takashi Goto
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04.『日記 子供たちへ』

© National Film Institute Hungary‒ Film Archive
中欧戦後混乱期、歴史の空隙を射る少女の眼光。
アニエス・ヴァルダと並ぶ欧州の女性監督の草分けだが、日本ではずっと映画の秘境をなしていた。そんな「メーサーロシュ・マールタ監督特集 第2章」のハイライトが自伝連作「日記」3部作。ヴェールに包まれた冷戦初期のハンガリーの実相とともに、少女の鼓動を観客の胸に響かせるこの始動の作は、生まれたてのようにフレッシュだ。父は秘密警察に連行されて行方不明、母は病死。スターリンを崇拝する養母の保護下から逃れんとする反逆児ユリの足掻きに、失われた幼年期の原風景――父母との遊び場だった森や湖が交差する。息苦しい時代の対極の息吹みたいに。数年間仲間内でしか観られない状況から、1984年のカンヌ国際映画祭で審査員グランプリを受賞、世界への扉を開いた。
●監督・脚本/メーサーロシュ・マールタ
●1980-83年、ハンガリー映画 ●108分
●配給/東映ビデオ
●新宿シネマカリテほか全国にて公開中
https://meszarosmarta-feature.com/
text: Takashi Goto
*「フィガロジャポン」2026年1月号より抜粋






