チャールズ3世を支え続けるアン王女が75歳に。
Celebrity 2025.08.20
8月15日に75歳の誕生日を迎えたアン王女は王室メンバーの中で英国民の人気が高いひとり。恋愛遍歴やスポーツ万能ぶりでも知られている。
75歳になったアン王女の新しいオフィシャルポートレートは夫のティモシー・ローレンス卿とのツーショット。photography: PA Photos/ABACA
ロンドンに8つある王立公園のひとつ、ハイド・パークに21発の祝砲が響いたのは1950年8月15日のことだった。この日生まれた王女、アン・エリザベス・アリス・ルイーズ・マウントバッテン=ウィンザー、後に「アン王女」として知られる女性はイギリス王室にずっと尽くしてきている。2025年8月15日に75歳となったアン王女の新たな公式ポートレートが同日、バッキンガム宮殿によって公開された。今年7月、マクロン仏大統領夫妻のウィンザー城訪問の際に撮影されたもので、写真家はクリス・ジャクソン。いつもよりも着飾った姿の王女が夫ティモシー・ローレンス卿の横でにっこり微笑んでいる。これと並行して誕生日前日と当日にそれぞれ、ロイヤルファミリーのInstagram公式アカウントで王女の写真が公開された。こちらではよりカジュアルな青いドレスと赤いドレスの私服姿だ。
控えめな王女は王室儀礼を誰よりも熟知している。2023年5月6日、兄チャールズ3世の戴冠式では当時72歳だった王女が重要な役割を担った。"ゴールドスティック"を持つ将校として6000人の兵士の先頭に立ち、戴冠式を終えた国王夫妻をウェストミンスター寺院からバッキンガム宮殿まで護衛したのだ。なお、ゴールドスティックを持つ将校とは王の身辺警護に当たる伝統的な役職を指す。戴冠式では妹を信頼する兄のたっての頼みで引き受けたのだった。
4人きょうだいの2番目として生まれたアン王女はエリザベス女王とフィリップ王配の唯一の娘でもある。そして若い頃から常に兄を支えてきた。父譲りとされる率直な物言いでも知られ、1987年に母から与えられた「プリンセス・ロイヤル」の称号を持つ。質実な生活ぶりも人気の理由のひとつで、一例を挙げれば1981年に娘ザラの洗礼式で着用した黄色いスーツを、32年後のウィンダミア湖訪問時にも着ていた。2025年8月に市場調査データ分析会社のYouGovがイギリスで実施した王室メンバー人気トップ12ランキング調査では3位に選ばれている。
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アヴァンギャルドな側面
現在の王位継承順位は18位。アン王女は1973年11月14日、マーク・フィリップス陸軍少尉と結婚した。ふたりの結婚式はイギリス王室として初めてテレビ中継された。結婚祝いとして夫の叙爵を女王から提案されたものの辞退。夫妻の間には1977年にピーター、1981年にザラの2子が誕生した。子どもたちも貴族称号を持たないが、王位継承権はある。
残念ながらラブストーリーは長続きしなかった。1989年、英「サン」紙はアン王女がティモシー・ローレンスと交わしたラブレターを暴露した。バッキンガム宮殿では当初、離婚はありえないと否定していたが、結局1992年4月23日に離婚が成立した。きっかけは夫マーク・フィリップスの不倫相手が1985年に娘を出産し、DNA鑑定でマーク・フィリップスの子どもと確認されたことだった。同年12月12日、アン王女は再婚を認めるスコットランドの長老派教会のしきたりに従い、恋人のティモシーと再婚した。
1973年11月14日、アン王女はマーク・フィリップスと結婚、ロンドンのバッキンガム宮殿のバルコニーで恒例の写真撮影を行う。(ロンドン、1973年11月14日)photography: Getty Images
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王室を揺るがす事件
アン王女もタブロイド紙のターゲットとなった。1970年には兄チャールズ皇太子(当時)と共に王女の恋愛が大々的に報じられた。当時の交際相手はアンドリュー・パーカー・ボウルズ。今やカミラ王妃となった"カミラ・シャンド"の最初の夫となる人物だ。
2001年にはスピード違反で摘発され、400ポンドの罰金を科された。アン王女の飼い犬が獰猛なことも知られている。2003年、愛犬のブルテリア「フローレンス」が女王のコーギー犬の一匹をひどく噛み、コーギー犬が安楽死させられたことは話題を呼んだ。
世間がもっとも衝撃を受けたのは、1974年3月20日に発生した王女誘拐未遂事件だ。チャリティーガラパーティーから帰宅途中に車が襲撃された。犯人イアン・ボールが発砲し、護衛のジェームズ・ビートンは3発被弾、運転手やその場に居合わせた警官、記者も負傷した。犯人の目的は200万ポンドの身代金を要求するため王女を誘拐することだった。捕まった犯人は終身刑の判決を受け、精神鑑定の結果、精神病院送りとなった。負傷者は全員命を取り留めている。
19歳のアン王女がドイツ駐留イギリス軍を視察。(パダーボルン、1969年秋)photography: Getty Images
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乗馬と公務
乗馬が得意なアン王女は何度もイギリス代表選手として馬術大会に出場している。1971年にヨーロッパ馬術選手権で金メダルを獲得、1976年モントリオール五輪にも出場した。国際オリンピック委員会委員、英国オリンピック委員会会長も務めた。
アン王女はイングランドの最高勲章であるガーター勲章を授与されている。公務も精力的にこなし、回数ではロイヤルファミリーの中でもトップクラス。2022年の公務数は214回で、181回の国王を上回った。300以上の慈善団体の後援者であり、1970年からは「セーブ・ザ・チルドレン」の総裁を務め、世界の子どもたちを支援している。
灯台好きとしても知られ、スコットランド沿岸およびマン島海域における海上航行支援を行う「ノーザン・ライトハウス・ボード(北方灯台委員会)」の後援もしている。そんな多忙な日々を送っていても孫のことは忘れない。サバンナ・フィリップス(2010年12月29日生まれ)、アイラ・フィリップス(2012年3月29日生まれ)、ミア・ティンダル(2014年1月17日生まれ)、レナ・ティンダル(2018年7月18日生まれ)、ルーカス・ティンダル(2021年3月21日生まれ)の5人の孫に恵まれている。75歳になろうと、2024年6月にイングランドのガットコム・パークで落馬し、軽傷を負って脳震盪を起こそうと、活動を減らすつもりはないようだ。息子ピーター・フィリップスがハリエット・スパーリングと再婚するとなればなおさらのこと。ふたりは8月初めに婚約を発表したばかり。すでに多忙を極めている王女のスケジュールに嬉しいイベントがひとつ加わった。
From madameFIGARO.fr
text: Ségolène Forgar (madame.lefigaro.fr)