孤独な男女を"鹿の夢"が結びつける、優しい愛の物語。

Culture 2018.05.31

潔癖と気鬱をまとう女の、コミュニケーション能力を超えた恋の磁力。

『心と体と』

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人との接触を恐れる食肉検査官マーリアと、妻に去られた上司。ふたりの夜ごとの夢が香気を放ち、密かにシンクロする。ベルリン国際映画祭金熊賞受賞。

 雪が降りしきる深い森の中で、牡鹿と牝鹿が静かに寄り添い、草を喰む。聞こえるのは小川のせせらぎと、2頭の美しい獣たちが吐く息の音だけ。
 上司と部下として出会った男女は、夜ごと同時に見るこの夢の中で、鹿として触れ合っていることを知る。男は家族と離別し、恋愛からも遠ざかって久しい。食肉処理場の責任者という管理職に就いていながら、脂ぎった野心も淫欲も持たぬ乾いた心の持ち主だ。女は子供の頃から他人と接触することができず、潔癖と陰鬱と純粋を鎧のようにまとって生きている。
 夢の世界は気高く幻想的に表現し、一方で、食肉牛が加工されていく様は非常にリアルに描く、この映画が投げかけてくるのは、コミュニケーションとは何かということだ。
 ふたりは、その幻想世界と現実の間を振り子のように行き来しながら、恋を現実へ進めていこうとする。しかし、夢の中の獣同士であれば簡単にできたことが、現実ではままならず、傷つきもがく。この対比は、コミュニケーション能力が低い者を見下す今の風潮を、嘲笑っているように思える。また、素の自分のままでは通らぬ社会の規律や様々な人間関係の中で、無理に変形させている自分は果たして本当に自分なのかと、問いかけてもくる。
 夢から覚めなければ、ふたりは造作なく愛し合っていけるのに、と思いながら映画を観終え資料に目をやると、エニェディ監督がインタビューの中で、森の場面は夢ではなく、鹿たちの現実世界なのだと語っている。今度は鹿と食肉牛の目で、この物語を辿ってみたくなった。

文/岡部えつ 小説家

『枯骨の恋』が「幽」怪談文学賞短編部門大賞受賞。TBSで連続ドラマ化された『残花繚乱』(双葉社刊)ほか、女を描くのが得意。最新刊は今年映画公開された『嘘を愛する女』(徳間文庫)。
『心と体と』
監督・脚本/イルディコー・エニェディ
出演/アレクサンドラ・ボルベーイ、ゲーザ・モルチャーニ
2017年、ハンガリー映画 116分
配給/サンリス
新宿シネマカリテほか全国にて公開中
www.senlis.co.jp/kokoroto-karadato

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*「フィガロジャポン」2018年5月号より抜粋

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