各界クリエイターが絶賛、中国の鬼才監督の最新作。

Culture 2020.03.11

映画の快楽が横溢する、記憶と時間の怒涛の体験。

『ロングデイズ・ジャーニー この夜の涯てへ』

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里帰りしたルオは、友人の死に関わる亡霊めいた女の面影を追う。気だるく狂おしい夜の旅路は夜明け前の未知のアリーナへ。その夢うつつの浮遊感!

地方の素朴な青年が都会に揉まれて垢抜けて戻ってきたかのような。2015年に発表された『凱里(かいり)ブルース』と2018年制作の『ロングデイズ・ジャーニー』は、纏う衣服は違えども骨格において同一人物であることが容易に察せられるほどに良く似た構造を持っている。記憶と現実の狭間において何かを探し求める主人公に導かれ、私たちは怒涛のワンシーンワンカットを体験する。

そこには走るバイク、卓球の白い球と跳ねる音、滴る水、時間と記憶を暗示するような時計のイメージが、若き監督の確たる作家性の証左としてスクリーンにちりばめられていく。映画の領土を観客が出演者とともに拡大していくようなゾクゾクさせられるような水平移動も両作に共通するが、『ロングデイズ・ジャーニー』においてはそこにまさかの垂直移動が加わり唖然とさせられる。

しかし、最も通底するのは、そこにある子どものように悪戯っぽい映画への情熱かも知れない。ワンシーンワンカットは驚異的であるが、この「物語」にとってこの方法論が最適であったかと問われれば正直わからない。しかし、だからダメということではなく、物語の必然を逸脱して手法そのものが快楽としてスクリーンに横溢する瞬間こそがビー・ガン作品の最大の魅力なのである。

映画という魔法を使って観客をびっくりさせたい。それはリュミエールやエジソン、メリエスの持っていた映画の魔力に近い。ワンシーンワンカット中にビリヤードや動物など、演出を破綻させかねない不確定な要素が入ってきた時、思わず声を出して笑わずにはいられなかった。これはビー・ガンによる困難を恐れぬ映画の冒険だ。

文/深田晃司 映画監督

劇団「青年団」演出部に入団。主宰の平田オリザの戯曲『さようなら』映画化などを経て2016年、『淵に立つ』がカンヌ国際映画祭「ある視点」審査員賞を受賞。最新作は19年『よこがお』。
『ロングデイズ・ジャーニー この夜の涯てへ』
監督・脚本/ビー・ガン
出演/ホアン・ジエ、タン・ウェイ、シルヴィア・チャンほか
2018年、中国・フランス映画 138分
配給/リアリーライクフィルムズ、ドリームキッド
ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国にて公開中
www.reallylikefilms.com/longdays

*「フィガロジャポン」2020年4月号より抜粋

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