【フィガロジャポン35周年企画】 2003年、フィガロジャポンに塚本香編集長がやってきた!
Culture 2025.08.29
パリ生まれ東京育ちのスタイル誌『フィガロジャポン』は、2025年3月で創刊35周年。パリやパリに生きる人々の哲学から旅、ファッション、食、映画、そしてアートまでフィガロジャポンが発信してきた35年の歴史を編集長の森田聖美が当時の思い出に浸りながら、思い入れたっぷりに振り返ります。2003年に発売したすべての号をプレイバック!
2003年2月5日号(03年1月20日発売)242
この時代も女らしさを楽しんでいた。
2025年の秋冬、「女性らしさとは?」の問いかけをプラダがしていた。でも、この2003年の幕開けは、「スーパーフェミニンが新定番」という巻頭ファッションの特集内容。大人の女性のおしゃれの必需品を語っているが、最初の1着はアルベール・エルバスによるドレスだ。当時、フィガロジャポンはエルバスのランバンに恋してた。ユニークなのはファッションに混ざって、ラ・プレリーのボディラインやブルガリのオ・パフメのフレグランスなど、ビューティアイテムがあったこと。ビューティはモードの一部、という考え方は昔からフィガロの哲学なのだ。とはいえ、オンリービューティのスキンケアテーマは「敏感肌」。悩んでいる女性たちが多いことは歴然。
2003年2月20日号(03年2月5日発売)243
パリっぽさってなんだろう?
パリジェンヌの定義みたいな特集をした際にリアルパリジェンヌにアンケートを取ったら、ボーダーにベレー帽はパリジェンヌではなくブルターニュの女の子、と返答が。我々日本人が「パリジェンヌ風」と創り上げたものがパリシックになりがちだが、この特集では、パリっぽいってどういうことか、をファッションのムードで見せている。モデルたちはコケティッシュで自由で気まま。60年代、70年代のパリの女優たちからのインスパイアを表現してみたりと、女性が女性らしくて心地いい気分が表現されている。おもしろかったのがファッションカルチャーのページで、「初夏コレクションに見る、女らしさの周辺事情」というテーマだ。アンナ・カリーナ、ジーン・セバーグ、BB、カトリーヌ・ドヌーヴ、マリア・カラスなど、そのシーズンのお手本的な過去の人物に迫りつつ、シーズンのモードを読み解く企画。
2003年3月5日号(03年2月20日発売)244
ファッション号、だが読み応えある副菜が......。
この頃のスポーツライクなファッションはまだまだエレガントで、現在のスポーツモードとは異なる。当時はカジュアルで動きやすいとスポーツモード。現在は、スポーツ専門のブランドとのラグジュアリーメゾンのコラボレーションや、機能性をばんばん投下した服作りまでなされるように。こういう特集こそ、時の流れをしっかり感じられて分析すると興味深い。今号は、故・和久本みさ子氏によるケイト・ブランシェットの独占インタビューがあった。クシシュトフ・キェシロフスキ監督の遺稿をトム・ティクヴァ監督がケイト主演で実現。当時は映画配給会社も予算があって、ジャーナリストを現地に飛ばし、インタビューさせてくれた。ロンドンの食材店の片隅に、前髪をピン留めしたケイトがすっぴんで現れた、と和久本氏は言っていた。そして、故・黒田恭一氏によるヨーヨー・マのインタビュー。豪華すぎる! 加えて、齋藤薫氏によるシャネルのフレグランス、チャンス誕生において当時の専属調香師ジャック・ポルジュへのインタビューが! チャンスの発表会において、当時のジャパン社長リシャール・コラス氏が挨拶をし、お話のおもしろさに、トップになるビジネスマンは言葉も素晴らしい、と感激した。
2003年3月20日号(03年3月5日発売)245
定番化する100人シリーズ。
当時、「いい店を知っている」ことはステイタスだったのだと思う。ポップアップ、というのもあまりなく、目利きが自分らしいスタイルの表現の場所として「店」を作っていた時代だった。それがどこなのか、体験を求めて人々はいい店を探していたのだと思う。だから紹介してくれる素敵な人が素敵な店を挙げてくれたら、というのがこの企画。いまはもうない店もいっぱい。時代とベストマッチする瞬発的な輝きがあるモノ・コトは案外短命なこともあるものだ。この100人シリーズは定番化して、後にパリ版ができることになった。
2003年4月5日号(03年3月20日発売)246
夏服に着替えたい女たち。
月2回刊だった頃は年に23回出せたので、夏には夏のモード全開で撮影を組めた。ロケで遠くに行ったり、そのためにカルネを作って「おっしゃ!」とモード担当たちは旅立っていった。心地よいイメージとその土地にしかない空気感を出せると、ページがいちだん価値がアップするような心地になった。連動して美容ページももちろんヴァカンスコスメ、フィガロジャポンの鉄板だ。
2003年4月20日号(03年4月5日発売)247
キッチン実例特集は大人気。
クリエイターというワードと、キッチンというワード。このふたつが当時のフィガロジャポンではヒットを生み出してくれた。マドリード、LA、ロンドン、パリ、ミラノ、ストックホルム、北京という幅広さから素敵空間をピックアップ。おまけに、イザベル・マランやマーガレット・ハウエルまで部屋を披露してくれた。あのエレーヌ・ダローズシェフのキッチンまで。そして、フィガロジャポンが大好きなソフィア・コッポラの『ロスト・イン・トランスレーション』の撮影現場におじゃました記事を立田敦子氏が執筆。スカーレット・ヨハンソンと雨の東京でふたりでビニ傘におさまっている姿などはお宝だ。ネオンがとてもきれいで、友人が多い東京で撮影したかったーーーとはソフィアの言葉。女の視点連載はいつのまにか4Bからjunkという名前に編集プロダクションが変わっていたが、相変わらず三宅菊子氏節で。キッチン特集だからこその、「和の生活道具」へのフィーチャーはさすが。
2003年5月5日号(03年4月20日発売)248
スキンケアのイメージ撮影は難儀です。
メイクアップはまだしも、スキンケアをテーマにモデルのイメージビジュアルを作るのは編集者にとって至難の業。やりすぎは滑稽。ただし、あんまりふんわりすると何も伝わらない。なので筆者は本件では長く打ち合わせを繰り返した記憶。スタイリストも集めるものに苦労するはずだ。朝美容夜美容、洗顔法、ニキビ危険信号、パワー対スローコスメ、など現在の美容の礎にもなる新しい展開があるシーズンだった。おしゃれスナップが第2特集化し始めた時期でもあったのかもしれない。「スパできれいになる週末」綴じ込み付録もあり、気持ちいい写真で誘惑される。
2003年5月20日号(03年5月5日発売)249
こんなに夏に注力していたか。
この時代のフィガロジャポンは夏に注力していた。今年だけの兆候か? 今号も「夏の流行りもの」にフォーカス。最新モードはわかるが、突然の浴衣、そしてディーン・アンド・デルーカの上陸をじっくり扱ったり。なんだかフシギな展開である。この原稿を書きながら思わずスマホで写真を撮ってしまったのが、「人気シェフの夏野菜レシピ」。リストランテ濱崎のシェフや、ロンフウフォンの「ジャガイモとトウモロコシの炒め物」、山さきの「コマだれキュウリそうめん」など、なんて暑い夏にぴったりなの!!!と感激した。「次世代デザイナー」企画で、いまやトム・フォードを継いだハイダー・アッカーマンやロエベを継ぐプロエンザスクーラーのふたりが紹介されていた。
2003年6月5日号(03年5月20日発売)250
パリの有名人がよくこんなに登場したな。
「パリ通が選ぶ。パリ100店」。人選が素晴らしく、良い特集だったと思う。表紙のシャルロット・ゲンズブール&イヴァン・アタル夫妻はもちろんのこと、タヒチ80、フランソワ・シモン、ランベール・ウィルソン、高田賢三氏、ジョン・ガリアーノ、ロマン・ポランスキー、フィリップ・ソレルス......。アナ・ムグラリスで撮影したシャネルのモードページはカメラマンがエレン・フォン・アンワース。これも超絶スタイリッシュだ。
2003年6月20日号(03年6月5日発売)251
六ヒルがオープンした年、物欲が!
前号でも書いた「よくこんなに」という言葉。フィガロジャポンは雑誌としてぶいぶい言わせていたのかしら、と思うほど気前がいい。だって、セリーヌやボッテガ・ヴェネタのバッグから、ジェレミー・スコットのTシャツまで、110アイテムを読者プレゼントしている! さまざまなジャンルで、モノだけでなく、レストランの席からスパの予約まで......。ライカのカメラまであった。どれだけ当時の編集者たちが苦労したか、お察しします! トレンド分析にかなりのテーマ性を持たせて作っていて、これは次期トライしてみようかと思うほど。六本木ヒルズクルーズのテーマもあり、思い切り「細かくなく」モードな気分で構成。
2003年7月5日号(03年6月20日発売)252
表紙の右下の女性はティルダ・スウィントン。
デザイナーの日常、がテーマなので俳優のティルダ・スウィントンへのフォーカスではない。しかしヴィクター&ロルフとともにカバーに出演してくれたティルダ。2024年、シャネルのシネマフォーカスで来日し、早稲田大学大隈講堂で舞台に登壇し、トークしてくれたことが記憶に新しいが、本当に人間性の優れた人物、それがティルダだ。他にも、マーク・ジェイコブスのパリのオフィスにお邪魔したりハイダー・アッカーマンにアントワープのお気に入りスポットを紹介してもらったり、総勢9人のクリエイターの日常を覗いた。「夏の香り」特集はビジュアルにこだわった。フレグランス記事は常に美的なビジュアルにこだわれるから、美容エディターは担当したがる。特にフィガロジャポン読者は香りテーマを愛してくれて、ページを作るこちらもうれしいのだ。
2003年7月20日号(03年7月5日発売)253
永久保存版という表記がぴったり!
いやあ、眺めていてとても心が豊かになった特集。フィガロジャポンにいると、ヨーロッパ独特の言葉、アグリツーリズモというイタリア語だとか、この特集でフォーカスしているシャンブルドット(フランス民宿)に出合ったりする。本特集では、計15軒のシャンブルドットを2~6ページでじっくり紹介しているのだが、広がる大自然や、田舎屋の心安らぐデコレーションなど、訪れてみたくなる素晴らしい写真ばかり。庭のテーブルでいただく食事、眼前に広がる森や海、動物たちや歴史遺産など。ヴァカンスの愉しみが詰まっている。
2003年8月5日号(03年7月20発売)254
特徴がつかみにくいのはコンセプトにこり過ぎ?
巻頭のファッション特集がなかなか読み解けない......主張したいことがうまく伝わってこない。こういう現象はコンセプトにこだわりすぎたせいか? それよりも、ミウッチャ・プラダにインタビューしてプラダ青山オープンに関する記事や、「秋小物でドレスアップ 女優スタイルのマイクローゼット」のほうがわかりやすく、訴求力があると思った。美容テーマで「アーティストブランドの新色」もとてもストレートでわかりやすく、アルマーニを当初担当していたパット・マクグラスがまさに25年秋に発表されるルイ・ヴィトンで新スタートを切る。映画ページではマリア・カラスを演じたファニー・アルダンへのインタビューや、カンヌ映画祭のデイリーレポート。どちらも立田敦子氏の執筆だ。この年のカンヌは、ガス・ヴァン・サントの『エレファント』がパルムドールと監督賞の2つを受賞していた。
2003年8月20日号(03年8月5日発売)255
そう! ランバンに恋してた。
レディのあとには、かっこいいやダンディと流行は巡る。巻頭特集もストレートなファッション特集だったけれど、今号のハイライトはやはりアルベール・エルバスのロングインタビュー付きのランバンファッションページ。お茶目に蝶ネクタイを結ぶ姿を見せるエルバスのポートレートスナップとともに、「一人の女性と恋に落ちるように仕事に出合いたかった。親密に奥深く女性の世界に入りたかったので、巨大な複合企業やアイデアの工場のようなブランドは避けたかった」とのランバンを選んだ理由を語る。東京でランウェイを行うために来日した彼に、ファッションジャーナリスト藤岡篤子氏がついて、この原稿を起こしてくれた。ファッションブランドのアーカイブ返りに関しての分析読み物もあり、ファッションに思い切り浸るための1冊。
2003年9月5日号(03年8月20日発売)256
旅取材マイベスト3に入るのは、ナポリ。
まさかナポリをこんなに好きになるとは思わなかった。イタリア料理はもちろんおいしいけれど、北部だと塩味が濃すぎることも。しかし南部にあるナポリはすべてが美味しかった。野菜の味もしっかりしていて、海際のレストランで食べたパーフェクトなアルデンテのボンゴレビアンコ、丘の上から青いアドリア海を見下ろしながら白ワインといただいた花ズッキーニの味。人は陽気で、サッカー選手たちのサインがあふれる一軒家農家レストランに、カメオ細工の取材やゴシック教会までどこにも笑顔があふれていた。ピッツェリアやマンマのいるオステリアなど、心に残る取材の日々だった。取材がすんなり終わり予備日程が1日空いて訪れたカプリ島の青の洞窟の色彩も忘れられない。綴じ込み付録は異なる取材チームだったが、紺碧のアマルフィ海岸の町を取材していた。地中海の素晴らしさに目覚めたのはこの取材からだ。そして、6月末から出張に出かけている最中に、会社の経営がTBSブリタニカから阪急コミュニケーションズに変わった。7月1日からだったので、正確に言うと7月20日号から新会社のもとで発行していた。
2003年9月20日号(03年9月5日発売)257
ブルゾンとアイテム訴求するのは珍しいケース。
モード誌ゆえに、アティチュードやトレンドスタイルを軸に巻頭特集を行うのが常々で、このようにブルゾンというアイテム訴求で通すのはとてもレアだった。なんといっても綴じ込みの演出が最高で、「ファー小物に夢中」というテーマだが、モデルがいつもあくびしている。これは「ふあ~」ということから! 横浪修氏とスタイリストの椎名直子氏のしゃれだ。また。セリーヌのワンブランドモードストーリーのケイ・オガタ氏の写真が本当に素敵。廃墟のような場所でぎりぎりまで色を抜き、佇むモデルの姿。服の美しさをきちんと見せ構図も完璧。ベテランの写真はやっぱり計算が効いている。オガタ氏は戦後80年の2025年現在では、ヒロシマを撮影するプロジェクトを進行している。今号からスタートした連載で社会貢献的起業家(アントレプレナー)をNYの写真家、渡辺奈々氏が撮影・執筆するもの。この連載に深く関わった筆者は、現在のフィガロジャポンの重要プロジェクトであるBusiness With Attitudeをスタートする時にも考え方の軸に置いて行動することができたといまでは感じる。
2003年10月5日号(03年9月20日発売)258
100店紹介、今度はロンドン!
東京、パリと来て今度はロンドンで100店案内。ロンドン編はデザイナーとミュージシャンが登場。ジュリアン・マクドナルドやトム・ディクソンなど著名どころから、ステラ・マッカートニーやポール・スミスも推薦店を挙げてくれていた。綴じ込み付録は英国のマナーハウス特集。ここでフィガロジャポンでも当時よく執筆してくれ、バレエが好きで着物上手でもあった浦野芳子氏に関して伝えておきたい。浦野氏は見た目もとてもきれいな人物だったが、清楚で前向きに仕事に臨んでくれ、フィガロジャポンでは旅取材から撮影ものまで幅広く手掛けてくれた。本当に若くして逝去なされた。闘病していたというが、その姿を見せることもなく、自然に病を受け入れる姿勢を持っていた。人はいつか旅立つものだが若すぎた。
2003年10月20日号(03年10月5日発売)259
きちんと網羅、こだわった美容巻頭特集。
「この秋、美容の疑問をすべて解決! ビューティ版ベストバイ」特集。スキンケア、メイクアップ、ボディケア、ヘアケア、フレグランス、ウェルネス。美容のオールジャンル対応かつ丁寧に問いと答えを編み出した特集。ビューティエディターは緻密さが求められる。撮影物の管理から、商品のスペックが細かいものも多い。今号は表紙の大胆さとは裏腹に、中身は極めて繊細緻密。赤いリップの纏い方を細かく解説して、4種の質感を表現したページは秀逸だった。
2003年11月5日号(03年10月20日発売)260
表紙で揉めた......。
カトリーヌ・ドヌーヴのせいではない、もちろん。ジャンヌ・モロー、キャロル・ブーケ、ファニー・アルダン、ジュディット・ゴードレーシュ、クリスティン・スコット・トーマス、シャーロット・ランプリング、ユマ・サーマン、ナオミ・ワッツ、クロエ・セヴィニーほか......。すごい人数の有名女優たちに直接インタビューした豪華な号。しかし、そのインタビューの中に、なぜか表紙にいるドヌーヴはいない。この時、フィガロジャポンは大きな構成替えがあり、異動も発令されるような時期で混乱していたのだ。当時、いち編集者だった筆者が新社長に「なぜ中面に出ていない人物が表紙に?」と問われたのだが、答えようもなく......という苦い思い出。そしてこの頃からか、スタートが今号だったか忘れてしまったが、倉田真由美ビューティブック、通称倉田BBという美容の冊子を年1~2回発信することに。表参道の駅貼りに参加したり、大きく美容を仕掛けていった。
2003年11月20日号(03年11月5日発売)261
パリジャンに愛されるモロッコという楽園。
表紙はルー&ローラ・ドワイヨン姉妹がロバに乗って登場。けっこうルー・ドワイヨンはフィガロジャポンの表紙出演が多いと感じる。ハマムに行ったりスークで買い物したり。パリの人々は本当にモロッコが好きだ。デザイナーユニット、ツェツェのふたりも素材や布を探す散策。俳優・演出家のパトリス・シェローはアフリカの食に御執心。美味しく、色艶やかに美しくエキゾティックなモロッコはもう何度も取材している。アクチュアリテというモノクロポートレートのインタビュー連載(現在のPortrait クリエイターの言葉)では、デビューしたての故ギャスパー・ウリエルが登場(2022年、37歳でスキーによる事故死)した。美容テーマは「目力アップの秘訣18」。昔のほうがキャッチが強かったかも??? 目力、という言葉も、おそらくこの近辺で流行り出したのであろう。
2003年12月5日号(03年11/20発売) 262
塚本香編集長がやってきた。
人間とは不思議なもので、自分を育ててくれた人物に対しては何かしらの感情が深い。おそらく筆者も、新人時代に鍛えたもらった塚本香氏がヴォーグニッポンのファッションディレクターになるにあたってにフィガロジャポンを去り、そこから編集長となって戻ってきてくれたことが感慨深かった。ここまでとこれからが、筆者にとってもフィガロジャポンでの1期と2期となる。今号はヘアスタイル特集。塚本指揮で決まった特集ではないので、中身は決まっていたが実は難儀でもあった、だって前髪だけだよ。連続で5日間撮影をしていたら、やはり過労でへとへとに。でも、モデルのどアップのレイアウトが斬新で、クリエイティブの刺激が強かった。カルチャー読み物は60回目を迎えたヴェネツィア映画祭。こちらも世界の映画祭といえば立田敦子氏、ということでがんばってもらっている。
2003年12月20日号(03年12月5日発売)263
マイスターにトレンド図鑑、ニューワード。
編集長が変わると言葉の使い方が変わってくる。トレンド図鑑、という言い方は過去にあまりしてこなかったな、とか、マイスターという言葉も珍しい。そう、塚本香編集長は勉強好きなのである! だから、特集前の徹底調べと分析は常に厳しかった......いまでもフリーランスのファッションジャーナリストとしてフィガロジャポンの仕事をしてくれているが、厳しく追及してくれるのでこちらも身が引き締まる。おしゃれなモデルたちをピックアップしてプライベートなスタイリングにフォーカスした今号の特集は、実際のおしゃれレッスンにはとても役立ったと思う。綴じ込み付録は「身体がよろこぶオーガニックごはん」。NYから火が付いたこのブームには、なかなかおいしい味の表現が生まれにくかったのだが、ぼちぼち出始めたのだと思う。なんとユニークな! と感じたのは、「100万円のお買い物」特集。年末に100万あったら何を買う?というシンプルな問いかけでラグジュアリーメゾンのアイテムを紹介している。
2004年1月5・20日号(03年12月20日発売)264
ヴィンテージを高らかに謳うモード誌。
ヴィンテージをミックスして上手にスタイリングできるのはパリジェンヌや、本当におしゃれ好きな子たちだけ。そんな考えが定着していた。表紙のデザインからここで塚本流が定着したと思う。ヴィンテージアクセサリーの切り抜き写真を♡型に配置する。とても愛らしかった。巻頭のファッションページは筆者が担当で、カメラマンは若木信吾氏、ヘアメイクは故・加茂克也氏、スタイリングは塚本編集長ともゴールデンコンビだった小暮美奈子氏だった。加茂さんがモデルのリップをゴールドに塗り、セレクトの時に「落としてもいいですか?」と尋ねて「ヤダ!」と返された会議スペースが思い出される。もちろん採用しました。セレブのLA企画では、クロエ・セヴィニーがお気に入りスポットを紹介。ヴィンテージショップを推薦してくれていた。キャメロン・ディアスの推しのタリーナ・タランティーノのブレスレットが欲しかったことも記憶の片隅に。この時1ドル=111円!!!