アナ・ウィンターの右腕、死去。彼はなぜ、アナと決別してしまったのか?

Fashion 2022.01.21

1月18日、アンドレ・レオン・タリーが73歳で亡くなった。アナ・ウィンターの右腕として知られた彼だが、ふたりの関係はつねに良好だったわけではない。雑誌『Vogue』編集長のかつての同僚であった彼は回顧録のなかで旧友であるアナを辛辣に描写していた。

【関連画像】アナの元右腕アンドレ・レオン・タリーの歩み。

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シャネル2007ー2008年秋冬コレクションのショーでフロントロウに並んで座るアナ・ウィンターとアンドレ・レオン・タリー。photo: Abaca

アナ・ウィンターは「人間的な優しさを欠いている」のだろうか? 1月18日に73歳で亡くなったアンドレは、2020年5月19日にアメリカで出版された回顧録の中でそう断言していた。『The Chiffon Trenches : A Memoir』と題されたこの著作のなかで、アメリカン・ヴォーグ誌の編集に30年近く携わり、派手な装いで人目を引いたファッション編集者の彼は、アナとの複雑な関係について明かしていた。この苦い後味を残す友情の告白は、すでに影が差しはじめていた「ファッション界の女教皇」ことアナのイメージダウンに拍車をかけることになった。

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“核のウィンター”効果

ファッション界でALTの愛称で呼ばれるアンドレは、この書籍の中で、アナ・ウィンター神話に批判の矛先を向けている。彼は友人でもあり同僚でもある彼女との関係は自分のなかに「感情的、心理的な大きな傷跡」を残したと書き、アメリカ版『Vogue』の編集長は「無慈悲」だと断じている。アナは「雑誌に登場する有名人や影響力のある人を除くすべての人」を軽視していたという。

この言葉を裏付ける証拠として、アンドレは2011年のパリでのある出来事を振り返っている。この年、アナはフランスで最も栄誉のあるレジオンドヌール勲章を授与され、彼はレセプションに同行した。その際に『Vogue』編集長は自分のことを30年もの間彼女と共に歩んできた真の友人ではなく、アシスタントのように扱ったと彼は回想する。これは数あるエピソードのうちのひとつに過ぎないが、これだけでもファッション界で最も影響力を持つ人物のひとりである彼女の冷酷さを十分に物語っている。こうした彼女の人柄はフィクションにも格好の題材を提供した。2006年に公開された映画『プラダを着た悪魔』では、アメリカ版『Vogue』編集長のアナがモデルとなった人物の役をメリル・ストリープが演じている。

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冷めた友情

ファッション界を象徴するこのふたりの大物の関係は2013年以降、急速に悪化したという。この年にアンドレはそれまでのポストを離れ、『Vogue』誌の不定期な協力者となった。2016年にアンドレはファッション関係者のインタビューを配信するポッドキャスト番組の司会を任される。しかしこの企画はすぐに打ち切られてしまう。「その後、説明も金銭的補償も一切なかった」とALTは書籍のなかで書いている。「アナは彼女のいつものやり方で、黙って僕をクビにした」。この出来事は彼の中にしこりとなって残り、かつての上司との友情について再考せざるを得なくなった。「毅然とするべきだ、もうこの沈黙の犠牲者の位置に留まってはいられない、そう僕は決意した」とアンドレは書いている。

2年後、アンドレは再びウィンターの采配によって痛手を被ることになる。彼はそれまで毎年METガラのリポートを担当し、レッドカーペットに登場するセレブにインタビューを行っていたが、2018年に契約は更新されないと通知された。アナからは何の説明もなかったという。「おそらく彼女にとって、僕は突然、年を取り過ぎて、太り過ぎで、あまりクールじゃない人間になったのだろう」と彼はこの降板の理由について書く。レッドカーペットのリポートは、ファッション業界未経験の20歳そこそこのスターユーチューバー 、ライザ・コシに一任されることになった。このニュースも彼を苛立たせた。ALTはもう2度とMETガラに足を踏み入れないと誓った。

【画像】メットガラ:スターたちのアイコニックなルックを振り返る。

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ALT神話

かつての上司と複雑な関係にあるとはいえ、アメリカのメディア「Vulture」のインタビューに応じたアンドレは、鬱憤晴らしや復讐のために書籍を出版したのではないと断言している。「これは愛する人たちに捧げる回想記です」と彼は説明した上で、アナに対して愛情と尊敬を抱いていると語っている。

アンドレは『Women’s Wear Daily』、『W Magazine』、『New York Times』をはじめとするアメリカのマスコミでキャリアを積んだ後、1983年に『Vogue』誌の編集に加わり、ファッション欄のディレクターを務めた。1988年にアナ・ウィンターが雑誌編集長に就任したのに続いて、ALTはクリエーティブディレクターに任命され、このポストに1995年まで就いていた。その間、彼は多様性を代表するクリエーターたちに光を当てることに力を注いだ。3年間パリで過ごした後、ニューヨークに戻り、2013年までアナを側で支えた。

ファッションウィークの常連で、文字通りファッション界の生き字引と言われたアンドレは、その強烈な個性と巨体、そしてその華やかなスタイルで、業界で注目される存在となった。怨恨とは縁がない、傑出した人物。先述した情報サイトVultureに、アナに依頼されたらまた『Vogue』誌で働く気はあるかと問われると、ALTは「もちろん。でも彼女は絶対にそんなことはしない」と簡潔に答えていた。

text: Adrien Communier (madame.lefigaro.fr)

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