マダムKaoriの2023-24AWパリコレ日記 バレンシアガでファッションへの愛に触れた、パリコレ3日目。
Fashion 2023.04.04
「フィガロジャポン」をはじめ、数々のモード誌で編集長を歴任されたファッションジャーナリストのマダムKaoriこと塚本香さんが、2023-24秋冬ファッションウィークに参戦するため今季もパリへ。早くも中盤戦の3日目、今朝はエルメスのオフィスからスタート。
INDEX
>>朝イチはエルメスの小物展示会へ。
>>最も見たかったバレンシアガのショー。
>>DSMの展示会で新鋭ブランドをチェック。
>>ラストは愛の詩人ヴァレンティノ。
>>夜は仲間と和食ディナーで乾杯!
過去記事に戻る
1日目/2日目
3月5日 真摯な服づくりと向き合う日曜日。
ショートタームのパリコレ取材なので、3日目にして早くも中盤戦。日曜日のパリの朝は驚くほど静かです。快晴とはいかないまでもほんのり明るい空も見えます。昨日までの2日間はハイテンションだったので、今日は少しだけペースダウン。4つのショーと2つの展示会のみの予定なので、車もなし、バスとメトロで回ります。前回、楽しかった自転車もこの寒さではちょっと〜。サン=シュルピス広場のバス停から、まずはエルメスの小物展示会&Re-seeに向かいます。フォーブル・サントノレ通りの本店からも遠くないエルメスの本社。朝10時前の通りには人の姿もなく。
朝イチはエルメスの小物展示会へ。
予定より早く着きすぎてロビーで待つこと15分、なのですが、そのなんでもない待合も無機質なオフィスとは違うシックなスペース。
左:置かれている家具も壁にかかった写真もこの空間にぴったり。 右:ビルの中庭には冬でもグリーンの木が。仕事の合間の息抜きにも最高。
こういうところがやっぱりエルメスのエルメスたる所以ですね。商品が素晴らしいだけでなく、会社の空間デザイン、小物展示会ではそのプレゼンテーション方法も含めて、眼にするものすべてにエルメスの美学が貫かれています。メゾンのフィロソフィー、メゾンのスピリット、そういうことを体現しているひとつひとつに感動します。だから、朝イチの展示会も楽しい!
いきなりユーモラスな馬のカレに迎えられショールームクルーズの始まり。バッグやカレ、ジュエリーもあれば、初お目見えのトローリーケースやキッズコレクションも。
左:エルメスらしい馬のモチーフ。2頭がおしゃべりしています。右:初めてみました! グラフィックな柄のトローリーケース。
スロープになった展示台にずらりと並んだバーキン、ケリー、コンスタンス、こんなにバリエ豊富に見られるのはやっぱりパリの展示会ならでは。ランウェイに登場しない新作もたくさんあって、なかでもバーキンに被せるチェックのカバーが断然気になります。興奮しつつ撮影しつつ、胸は高まるばかり。
スロープに並んだバッグやベルト、壮観です。
左:バーキンのためのカバーはエルメスオレンジのチェックが目を惹く。右:シックなケリーバッグにカラフルなモチーフをアップリケ。究極のパーソナライズ!
キッズコレクションはどれも可愛すぎる!
---fadeinpager---
実はこれも毎回の楽しみなのですが、展示の最後に用意されているカフェスペースでカフェオレとパウンドケーキで少しだけ和んで、Re-seeへと移動します。
写真ショールームの奥にはカフェスペースも用意されて。
左:朝食を食べて来たけれど、温かいカフェオレでひと息。右:どのスイーツもナチュラルで優しい味。
昨日のショーに登場した服のテクスチャーに触れて、あっという間に目の前を通り過ぎたバッグをあらためて細部までチェックできるのがRe-seeの醍醐味。木の樹皮を表現したというレザーやシェアリングを間近で見ると、エルメスのクラフトマンシップの素晴らしさを感じずにはいられません。
左:バッグとウェアの一体化は今シーズンのトレンドのひとつといえそう。 右:微妙に色や素材の異なるパーツをはぎあわせて、冬の森のイメージで樹皮を表現。
肩がけできるように考案されたバーキン用のハーネスストラップや今シーズンのテーマカラーが揃ったサテンの乗馬帽などアイキャッチーな小物に目も心も奪われます。
左:ランウェイでも注目の的だったバーキン用のハーネス。これがあれば斜めがけもできる。 右:ウエアとワントーンコーディネートで合わせていた乗馬帽。贅沢カジュアルの代表選手。
後ろ髪を引かれつつも、パリのタクシーアプリ「G7」でタクシーを手配して、バレンシアガへ。ちなみに、この「G7」は日本の「GO タクシー」と同じようなもので、使いこなせると便利です。パリではUberよりこちらを利用する人が増えているそう。
---fadeinpager---
最も見たかったバレンシアガのショー。
バレンシアガは今回のパリコレで最も見たかったショーのひとつです。アーティスティックディレクターのデムナが大きな決意をもって今シーズンを迎えたのは周知の事実。ショーの前にVogueのWebサイトに掲載されたインタビューで、彼は今回のコレクションは服作りの原点に戻るものと話していました。服を見せることに集中し、ショーのセットは意図的にシンプルにするとも。それもこれまでのショーとは全く違うアプローチ。クチュールで追求している服作りの技術に対する愛情をプレタポルテに応用して進化させると語ったデムナがどんなクリエイションを見せてくれるのか、期待せずにはいられません。
招待状はジャケットの型紙。そして、ショーの前日まで明かされなかった会場はルーヴル美術館のピラミッドの地下にあるカルーセル・デュ・ルーヴル。90年代後半から15年余りパリコレの公式会場として使われていた場所です。どちらも彼の原点回帰への姿勢を象徴しているよう。会場の中はといえば、椅子が左右に並んでいるだけの真っ白な空間。かつてよく目にしたようにショーが始まる直前にランウェイを覆っていたシートがはずされていきます。
左:最近はデジタルインビテーションだったバレンシアガですが、今回はこんな招待状が。 右:広げるとジャケットのパターンが描かれて。ファブリックやボタンについても明記されています。
かつてパリコレのオフィシャル会場だったカルーセル。中には複数のホールがあります。
ランウェイをカバーしたシートをはずしていくのがショー開始の合図でした。当時、携帯を手にした人は誰もいなかった。
現れたランウェイももちろん真っ白、そこに登場したファーストルックは黒のオーバーサイズのパンツスーツ。でも、よく見るとジャケットの裾にパンツのウエスト部分のディテールが残され、パンツにはもう一本パンツがぶら下がって揺れています。シートに置かれていたショーノートで、6歳の時に近所のテーラーでパンツを仕立てたことから服への愛を知り、デザイナーを目指したと語っているデムナ。パンツを解体して再構築するという手法は彼のパーソナルな出発点に戻ることでもあるのでしょう。迷いのない直球はパワフルで美しい。それがジャケットだけでなくコートやドレスにまで展開されていきます。
パンツを解体、再構築した痕跡が残されたファーストルックのスーツ。photo:Imaxtree
黒だけでなくオーソドックスなチェックやストライプも登場。photo:Imaxtree
チノパンを再構築したトレンチコート。フラップや袖口にパンツのウエストのディテールが。photo:Imaxtree
---fadeinpager---
その後の第2パートはシルエットへのフォーカス。空気で膨らませる「インフレータブルフォーム」が内蔵され肩がせりあがったような異様なフォルムのライダースジャケットが登場。空気を入れたり抜いたりしてシルエットを変えるという実験はフーディやパファーにも応用、その合間にクラシックな花柄のセットアップやドレスが差し込まれる。こちらは今やデムナのバレンシアガを象徴するともいえるプリーツアイテムの新バージョン。曲線的な肩のラインと手にした服と同じ花柄のクラッシュバッグがさらにエレガンスを増幅させています。
このフォルムは内蔵した「インフレータブルフォーム」の膨らみで作り出した。photo:Imaxtree
プリーツブラウス、レザースカート、バッグもすべて同じ花柄をリフレイン。photo:Imaxtree
毎シーズンのように登場するプリーツアイテムも今季は曲線的なコンケーブショルダーに。photo:Imaxtree
最終パートを飾ったのはクチュールメゾンの真髄を感じさせるイブニングドレス群。ロング&リーンなラインに総ビーズ刺繍、花のレースのアップリケなど繊細な手仕事が施されて。ラストは1枚1枚にビーズ刺繍を施したフリンジが優雅に揺れる限りなくクチュールなドレスで幕を閉じました。
チュールにレースの花をアップリケ、シリコンを一滴ずつたらして花芯にしたという。たくさんの手仕事を重ねて生まれた服。photo:Imaxtree
メゾンの伝統を尊重しながらモダンエレガンスを表現したいと語っていたデムナ。その言葉を象徴するようなクールなドレスルック。photo:Imaxtree
フィナーレのドレスはアトリエの服作りの技が結集したスペシャルピース。photo:Imaxtree
ロゴもスニーカーもなければ、ダメージ加工もヴィンテージ風も消えたWinter2023コレクション。でも、デムナの考えるバレンシアガの服作りはしっかりとランウェイに表現されていた気がします。シルエットやパターンの革新者であったクリストバル・バレンシアガ。デムナはそのメゾンの原点と自分の原点を重ね合わせて、服作りと真摯に向き合っています。ときにラグジュアリーの定義を逆転し、ときにジェンダーの意識を解体し、とさまざまな既成概念に彼なりのアンチを唱えてきたデムナがメガショーを封印したのは自省も込めたファッション界への反旗でもあるのでしょう。ショーレターの最後に彼はこう綴っています。「私にとってのファッションはもはやエンターテインメントではなく、服を作るアートなのです」。服を作ることがいかに自分を幸せにしてくれるか思い知ったというデムナ。彼のファッションへの愛は言葉以上にこのコレクションが物語っています。それだけが服に特別な力を授けてくれるのだから。
---fadeinpager---
DSMの展示会で新鋭ブランドをチェック。
良かった、良かった、今日はランチの時間もある。余裕でアクリスのショー、ドーヴァー ストリート リトル マーケットのショールームで開催されているDSMの展示会を回って、夜のヴァレンティノのショーまではホテルでひと休み。前シーズンも楽しかったDSMの展示会の様子を少しだけお届けします。新鋭ブランドのサポートも兼ねての展示会なのでDSMで取り扱っていない商品も含めてフルラインナップ。しかもデザイナー本人も会場にいて自ら新しいコレクションを説明してくれます。DSMでも売れ筋ナンバーワンというヴァケラやERLに加えて、今季からDSMデビューというサステナブルなシューズブランドPHILEOなど、エッジの効いたセレクションです。
ヴァケラのデザイナーのPatric DiCaprio(右)とBryn Taubensee(左)。23AWのコレクションをパリコレ初日に発表したばかり。
20歳という若さで2019年に自身のシューズブランドをロンチしたというPhileo Landowski. そのPHILEOが23AWからDSMの仲間入り。
---fadeinpager---
ラストは愛の詩人ヴァレンティノ。
さあ、今日のラストは愛の詩人と私が勝手に呼んでいるピエールパオロ・ピッチョーリによるヴァレンティノです。会場は1872年から78年にかけて建てられた歴史ある建物、オテル・サロモン・ド・ロチルド。送られてきた招待状に記されたテーマは「Black Tie」。招待状とともに真っ白なポケットチーフも入っていましたが、そこにも「Black Tie」と黒の刺繍が施されて。フォーマルの新しい提案? モノトーン?と期待に胸を膨らませながら会場に到着したものの、入り口が見えないくらいの人だかりです。車が引っ切りなしに到着する道路にまでファンがあふれていて、危険を感じるほど。この加熱ぶりは尋常じゃない。
でも、ひとたび会場に入れば、そこは天井画が美しいクラシックな館。ショー後は「Black Tie」がドレスコードのパーティがあるのかと思うほど、スパンコールやフェザーでドレスアップした顧客やインフルエンサーであふれています。でも、ピエールパオロの「Black Tie」はそういうコードを超越した自由と個性の記号論ともいえるもの。そのことをファーストルックから美しく体現していきます。オープニングを飾ったのは、白い襟をホルターネックに、そこに結んだブラックタイがノットから広がって身体を包んだようなミニドレス。バズカット、鼻と唇にはピアス、タトゥー、ハードなブーツの足元がフォーマルとは正反対のパンクスピリットを主張しています。
ブラックタイドレスと呼びたくなるファーストルック。バッグもロックスタッズでパンクにキメて。
フォーマルなブラックスーツもシャツをカットオフ。Y2Kのお腹見せスタイルに。photo:Imaxtree
ホワイトシャツ×ブラックタイのモノトーンをふわふわのモヘアとフェザーで遊んで。photo:Imaxtree
---fadeinpager---
その後もブラックタイが全ルックに展開されますが、それは昼と夜、男と女、フォーマルとカジュアルという既成概念を覆すパワーとなるピエールパオロ流のブラックタイ。フォーマルスーツはマイクロショーツでフレッシュに刷新、白いシャツとブラックタイの正統派セットにはフェザーやメタルのボトムでツイストを加える。シャツとドレスが一体化したスパンコールのドレス、ブラックタイが際立つ赤とのコントラストスタイルなどその表現はさまざま。画一的なドレスコードに縛られない多様性が提案されていきます。
ときにはシャツドレスにもなるそれぞれのブラックタイスタイル。でも足元はいつもハードなブーツ。photo:Imaxtree
ブラックタイと赤のボウタイの共演。ブルーのオックスフォードシャツも新しいムードで。photo:Imaxtree
ヴァレンティノレッドのレベルシックなスリーピース。黒とのコントラストが斬新。photo:Imaxtree
メタリックなミニボトムに、バッグもシューズもロックスタッズがお約束。photo:Imaxtree
パンクプリンセスのブラックタイはスパンコールとフェザーのドレスにのせて。photo:Imaxtree
ブラックタイというシンボルを共有したうえで浮かび上がるひとりひとりのアイデンティティ。ショーノートに書かれている「調和という社会のツールである統一性はヒューマニティを拡大し、ペルソナを強調するレンズとなります」というフレーズがこのコレクションを代弁している気がします。「Black Tie」のような制約もピエールパオロは自由な解釈で美しく再定義していく。その根底には変わらない人間愛があると感じるのは私だけではないはずです。
ランウェイに登場した73人のモデルに囲まれるピエールパオロ・ピッチョーリ。
---fadeinpager---
夜は仲間と和食ディナーで乾杯!
感動的なショーの後はカーシェア仲間とお疲れさまディナー。とはいえ日曜日となると行けるレストランも限定されてしまいます。そんなとき頼りになるのがパリの和食。本日はパレ ロワイヤルにあるシャンパンと日本酒とのマリアージュで味わう和がコンセプトのENYAAへ。おすすめのシャンパンにフレンチナイズされつつも胃に優しい日本の味に癒されました。デザートの大福入りのお汁粉は試してみる価値あり、です。
お疲れさまナイトにはシャンパンがマスト。ENYAAおすすめのアルフレッド・グラシアンで乾杯!
左:春野菜のおひたしは日仏フュージョン。でも、カフェめし続きの舌にはほっとする味。 右:初めて食べたかも、お餅の代わりに大福が入ったおしるこです。
食後はルネ・ジョフロワの甘口ワインで本日の締め。
おしゃべりに夢中になっているうちに閉店の時間に。ホテルに戻って明日に備えなくては。
後半戦に突入のパリコレ、遅れ遅れでお届けしている日記ですが、ラスト2日もお楽しみに。
ファッションジャーナリスト/エディトリアルディレクター。
1991年より「フィガロジャポン」の編集に携わる。「ヴォーグ ジャパン」のファッションディレクターを経て、2003年「フィガロジャポン」編集長に就任。その後、「エル・ジャポン」編集長、「ハーパーズ バザー」編集長とインターナショナルなファッション誌の編集長を経験し、2022年からフリーランスとして活動をスタート。コロナ禍までは毎シーズン、パリ、ミラノ、ニューヨークの海外コレクションに参加、コレクション取材歴は25年以上になる。
Instagram:@kaorinokarami
text & photography: Kaori Tsukamoto