【フィガロジャポン35周年企画】 ジェイエムウエストンのいまを創る、オリヴィエ・サイヤールが芸術性を培った子ども時代を語る。
Fashion 2025.11.23

アールドゥヴィーヴルへの招待 vol.4
2025年、創刊35周年を迎えたフィガロジャポン。モード、カルチャー、ライフスタイルを軸に、豊かに自由に人生を謳歌するパリジェンヌたちの知恵と工夫を伝え続けてきました。その結晶ともいえるフランスの美学を、さまざまな視点からお届けします。
どんな環境で育ち、母親はどんなスタイルの持ち主で、父親からはどんな影響を受けたのか──。自らをアウトローだと話すジェイエムウエストンのアーティスティック・イメージ&カルチャー・ディレクター、オリヴィエ・サイヤールが幼少期からいままでを語る。
アウトローであることを、不利に感じたことはない。
Olivier Saillard/オリヴィエ・サイヤール
ジェイエムウエストン
アーティスティック・イメージ&カルチャー・ディレクター

1995年からマルセイユのファッション美術館で学芸員を務めた後、パリ装飾美術館のファッションキュレーターに。2010年、ガリエラ宮モード美術館の館長に就任。18年より現職。
父はガストン、母はレネ。ふたりともタクシー運転手をしていました。姉4人、兄1人とともにジュラ山脈にあるオー・ドゥー地方のポンタルリエで育ちました。ここは寒さの記録を定期的に更新するような豪雪森林地帯であることから"小シベリア"とも称され、まるでクールベの絵のような風景が広がります。生活に余裕はなく、母は倹約家でしたがおしゃれでした。赤毛の母がグリーンやナス紺、ペールピンクの服を好んだことを覚えています。くすんだ色を自分が好きなのはそのせいです。質素な暮らしでも身だしなみには気を配っていて、1960年代の大衆映画に出てくる女性たちのように、いつもブラウスとスカート。60歳になるまで母のパンツ姿を見たことがありません。

1949年6月1日は、レネ・ムジャンとガストン・サイヤールが結婚した日。ふたりは6人の子どもをもうけ、私は末っ子。

若い頃の両親。生涯オープンな精神の持ち主だったことに感謝している。
俳優のシャルル・デネル似の父は、服の好みがはっきりしていました。たとえばセットアップされた服は「結婚式みたいだ」と嫌い、いつも上下バラバラな70年代ルックでした。私は父のシャツの一部をいまでも着ていて、なかでもブルーのチェックシャツは洗濯を重ねてペラペラです。慎ましく暮らす両親は礼儀正しく、きちんとした人たちでした。当時の一般庶民の常として、服を大切にしていました。母がシャツやパンツを畳んでタンスに重ねて仕舞う姿を覚えています。それがとても美しく見えたのです。
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子どもの頃は屋根裏が自分の部屋で、毎日そこで家族の服の絵を描いていました。特に気に入っていたのは、母が持っていた胸が強調された 50年代のドレスでしたが、着た姿は見たことがありません。ファッションに目覚めたのは姉のリュセットのおかげです。ブロンドの姉はおしゃれ好きで、10代からやりくりしてサンローラン風の服を手に入れていました。姉が出かける支度をしてメイクしている姿をきれいだなあ、とよく眺めていました。

姉のリュセットはとてもおしゃれで、ドレスは近所の仕立屋でオーダーしていた。
両親は兄姉や私に対して、夢を追いかけるよういつも後押ししてくれました。田舎の人間としてはふたりとも驚くほどオープンで、自分が同性愛者であることを打ち明けた時の態度はとりわけ立派でした。2010年にガリエラ宮モード美術館館長になった時には、とても喜んでくれました。両親は私がファッション界に憧れていることを察していたのですが、その道に進むためにどうサポートすればいいのかわからなかったのです。でも、アウトローであることを不利に感じたことはありません。逆に、ガブリエル・シャネルやクリストバル・バレンシアガ、ジャンポール・ゴルチエのように貧しい階層の出身であるほうが可能性は広がるとさえ思っていました。

寛いだ父のポーズと母のカシュクールワンピース。40年代の典型的ファッション。
21年に母が亡くなった後、母の衣類を段ボールで2年間保管していました。それらを23年に国立公文書館で行った5回目のコレクション「Moda Povera(モーダ・ポーヴェラ)」で活用しました。このパフォーマンスは大好評で今夏、グランパレで再演されます。これまでの人生で最も誇らしく思う作品のひとつです。

左から、5.5cmのヒールタイプのメリージェーン #966¥137,500、秋冬新色バーガンディカラーのシグニチャーローファー#180¥156,200/ともにジェイエムウエストン(ジェイエムウエストン 青山店)
*「フィガロジャポン」2025年9月号より抜粋
text: Marion Dupuis (Madame Figaro)





