「原理主義的」という表現はほぼ、良くない意味で使われます。本来は宗教や信仰にまつわる言葉ですが、今は比喩的に、広い分野で用いられます。原理原則を過度に忠実に守る態度、はみ出しやゆるみ、バリエーションなどを絶対に許さない、厳しい姿勢を表します。「確かにそのルールは存在するけれど、目の前の現実や時代の移り変わりにはそぐわない」「元々は正しい考え方だったかもしれないが、それを厳格に守ろうとすると、いろいろな問題が起こる」という多数の合意が、もともとの原理をやわらげ、応用や解釈の幅を生み出します。
ただ、この「現実への適応」が浸透し、拡大しすぎると、もともとの原理が忘れ去られ、「なんのためにやっているのかわからない」という状況にいたることも少なくありません。
今週、貴方はある種の原理原則を、少々奇抜な形で「復活」させることになるかもしれません。「本来の形」や「どうしてこうしたルールが生まれたのか」という純粋な原点に立ち戻る時、目の前の複雑な状況をスパッときれいに整理できます。もちろん、さまざまなノイズを含んだ現実を、今いきなり原理主義的に一刀両断する、ということではありません。ただ、「もともとの理屈」という光を現状に当ててみることで、取捨選択の基準を見つけやすくなる、ということなのだと思います。