ホスピタルとデザインを考える展覧会。
デザイン・ジャーナル 2017.07.19
インテリアとしての今回のご紹介は、いつもと少し違って「ホスピタル」。病院の空間とデザインについてです。
スウェーデンの病院でのプロジェクトを出発点とする「ホスピタルとデザイン展」が、7月19日(水)より都内で開催されます。
週末の22日(土)と23日(日)には、デザイナーをはじめ、先端医療研究に携わる医師や料理家、大学教授などさまざまな立場の方々によるトークイベントも。前回のデザイン・ジャーナルでご紹介させていただいたデンマークのテキスタイルメーカー、クヴァドラのヘルスケア(医療)分野でのプロジェクトの紹介や、やはり世界的に知られるテキスタイルメーカー、アメリカのマハラムのデザインやプロジェクト紹介などもトークプログラムには含まれています。
葛西 薫さんによる展覧会のキービジュアル。ユナイテッドアローズやサントリーウーロン茶 中国シリーズの広告などを手がける葛西さん。今回の展覧会で紹介されているプロジェクトで大切な「丸、三角、四角」を用いて、温かな場を表現しています。
まずは展覧会の軸となっている、スウェーデン、セント・ヨーラン病院のプロジェクトからご紹介しましょう。
2012年、緊急治療部(ER)の改築にあわせて建物内に配される’’パターン’’(模様)を広く募るデザイン、アートコンペが開かれました。2013年の最終選考で選ばれたのは、パターンを活かしたデザインを一貫して手がけているデザイナー、赤羽(あかばね)美和さんの提案です。
その後の制作を経て、作品が配された新病棟が昨年春、ついに完成。鮮やかなパターンや北欧の雪景色を思わせる白いパターンなどが、病院の建物のあちこちに施されています。
赤羽さんの活動に合わせて、ちょうど進行中だった病院プロジェクトについて、以前デザイン・ジャーナルで紹介したことがありました。こちらもぜひご覧ください。
白い壁を彩る鮮やかなパターン。Photo: Per Mannberg
提案された作品タイトルは「JAM(ジャム)」。さまざまな人が関わり、ジャズのセッションさながら楽しい即興性を含んだ独自の制作プロセスです。
「丸、三角、四角」を用いた造形が、会話を続けるようにどんどん描かれていきます。こうして誕生した造形の一部をデザイナーである赤羽さんが切り取り、緻密な作業を重ねながらパターンに仕上げるというもの。
200名以上の応募作品の中からこの提案が選ばれたのは、病院スタッフが参加してつくるという、プロセスそのものの可能性への大いな期待からでした。デザイン、アートの専門家も公共施設のデザイン、アートに密に関わるスウェーデンならではの着眼点が興味深いところです。
Photo: Hironori Tsukue
展覧会開幕準備のなかで、赤羽さんが語ってくれました。
「病院は私たちの身近にあり、誰もがお世話になる場所。それだけに、日常の延長線上にある空間であると考えて、すべてを進めていきました。大切にしたのは、ここに来る方々や病院で働く方々と、’’パターン’’が想像させてくれるさまざまなストーリーを共有できるということです」
「また、このプロジェクトを通して実感したのは、私たちデザイナーも病院づくりに参加するのだという心持ちがとても大切だということです」
階段コーナーでも鮮やかなパターンが目にできます。冬の長い北欧で、美しい色彩が人々の心を温かくするに違いありません。カットした陶板を組み合わせた形のバリエーションもとても楽しい。Photo: Hironori Tsukue
驚かされたのは、表現に特に制約がなかったということです。「さまざまな症状の人がいる場であるので、平衡感覚を損なうようなパターンを配置することは避けた方がいい」という病院側のアドバイスがあった以外は、色に関する制約も特にありませんでした。ここでは、スウェーデンの四季を表す色を選んでいます」
「私たちの普段の生活と、病院という場とをつなぎたいと思いました」。赤羽さんのその言葉が心に残っています。
今年の春に京都の病院で行われた、病院スタッフ参加のワークショップで完成したパターン。長い紙に描かれた一部です。このワークショップ、用意されたシールやスタンプなどを手に、互いに形を描いていきます。同席して見せてもらったのですが、気持ちの良いスピード感も満ちていて、思っていた以上に楽しいセッションでした。
セッションをもとに赤羽さんがデザインしたパターンがこちら。60cm×60cmのデザインが4種類つくられました。陶板で仕上げられます。
デザインとその背景を紹介する「ホスピタルとデザイン展」では、赤羽さんやキービジュアルを手がけた葛西 薫さん、アーティストの池田光宏さんの3名が登場するトークセッションに始まる、ウィークエンド・トークもプログラムのひとつ。私もモデレーターとして一緒させていただく予定です。
また、神奈川県立がんセンターのアートワークを手がけたミナ ペルホネンの皆川 明さんもトークに登壇。テキスタイルメーカー、クヴァドラの副社長ヌーシャ・デ・ギアさんと話をしてくださいます。さらに、アメリカの家具メーカー、ハーマンミラーの病院用家具や、テキスタイルメーカー、マハラムのテキスタイルの考え方やデザイン紹介も。
以前、医療の場で使われるための機能面での工夫はもちろん、色鮮やかでデザインも幅広いテキスタイルを見せていただき、私自身がすっかり驚かされてしまったことがありました。皆さんと一緒に、改めてその状況をお聞きしたいと思っています。
国内の国立病院に誕生した「ホスピタルギャラリー」の紹介や、世界的なアーティストであるオラファー・エリアソンのスタジオの食堂「THE KITCHEN」の運営、調理に10年間関わった、アーティストで料理家の岩間朝子さんによる「食べることを考える」と題したトークも予定されています。
皆川 明さんの作品が配された神奈川県立がんセンター。Photo: Courtesy of Town Art Co.,ltd
デザインに欠かすことができず、いつの時代のデザインにおいても大切なこと。それは、ほかの誰かのために工夫を重ね提案をしていく姿勢であり、それを支えるホスピタリティなのだと思います。
私がデザイン誌の編集部で仕事を始めたとき、編集長から最初に教えてもらったことも「デザインとはホスピタリティ」ということでした。その後、ホスピタリティとホスピタルの語源が同じだったことに気づき、はっとしたことを覚えています。
人々に寄り添うように発揮されるデザインの力は、とりわけその力が求められる医療の場ではどう活かしていけるのでしょう。セント・ヨーラン病院のプロジェクトをきっかけに、多くの人と「ホスピタルとデザイン」の重要性について考える展覧会とトークです。
会期:開催中〜7月25日(火)
時間:11時~20時(最終日18時まで)
会場:シンポジア
東京都港区六本木 5-17-1 AXISビル地下1F
※7月22日(土)と23日(日)のトークセッションは、同ビル4Fのアクシスギャラリーで開催。
●問い合わせ先:
ホスピタルとデザイン展実行委員会
tel:03-5452-3171
hwithd.tumblr.com
Noriko Kawakami
ジャーナリスト
デザイン誌「AXIS」編集部を経て独立。デザイン、アートを中心に取材、執筆を行うほか、デザイン展覧会の企画、キュレーションも手がける。21_21 DESIGN SIGHTアソシエイトディレクターとして同館の展覧会企画も。
http://norikokawakami.jp
instagram: @noriko_kawakami