アジア最大級のコンテンポラリーアートの祭典『アートバーゼル香港』。香港はアジアのアートの発信地として、2020年に世界のアート市場でのシェア23.2%を占め、ロンドンを超えニューヨークに続く第2位となった。そんな地位を築く原動力となったのが、2013年から始まり今年10回目の開催となったアートバーゼルだ。
北京、香港、バンコク、ソウルにあるタン・コンテンポラリー・アートの展示では、タイの若手アーティストGONGKAN(ゴンカン)の彫刻がフィーチャーされていた。photography: Miyako Kai
3年のコロナ禍で、アートバーゼル2020は中止となり、2021と2022は大幅に規模が縮小されての開催だったため、久しぶりに本格開催となった2023年。湾仔にある香港コンベンション・アンド・エキシビション・センター(香港会議展覧中心)の34,782㎡におよぶ展示面積を使い、世界32カ国と地域から177軒のギャラリーが参加し、5日間で約86,000人が訪れた。
正面入り口の前の絶好のロケーションに日本のKaikai Kiki Gallery(カイカイキキギャラリー)が配され、注目の高さを感じさせた。photography: Miyako Kai
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とにかく大規模で大胆!
今年3月に東京で行われた『アートフェア東京』と比較すると、『アートバーゼル香港2023』は展示面積だけでも約6倍。東京では海外からのギャラリーが144軒中7軒だったのに比べて、香港では参加177軒のうち140軒以上が海外からだった。規模と国際性の違いに加えて、「両フェアに同じ日本のギャラリーが出展していても、置いてある内容がまったく違う。東京では数十万円で買える小ぶりなものを並べていたのに、香港では数千万円はくだらない大型アートがずらりと並んでいて驚いた」とは、両方の展示に参加した国際アートイベント主催者や、アート担当編集者の談。
「Encounters」と題された広大な空間を生かしたインスタレーションのひとつは、カナダ出身で米国在住のアーティスト、David Altmejd(デビッド・アルトメジド)の『The Vector』。photography: Miyako Kai
来場者には、70カ国と地域からの著名プライベートコレクターや、世界の美術館100館のディレクターやキュレーターが含まれている。たとえばロンドンから初参加のギャラリーユニオン・パシフィックの共同ディレクター、グレース・ショフィールドが「初日の終わりには完売して、世界的な著名財団やプライベートコレクションに私たちのアーティストの作品を収蔵してもらえました。ずっとデジタル空間でしか会ったことがなかった人たちにも会えたし、香港や中国はもちろん、韓国、日本、タイ、シンガポール、バングラデシュの人たちと繋がり、さらに同じロンドンにいながら初めて会う業界人とも多数知り合うことができました」と話しているように、世界のプロたちが、アジアのハブである香港に集まって特別なシナジーを生み出す一大アートイベントなのだ。
香港人の大物建築家で画家としても活躍するウィリアム・リムの『Ode to Wandering Son』は、リビングルームのようなセッティングで展示されていた。photography: Miyako Kai
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ダイナミックなムードを楽しんで。
やはりお金の動きも半端なものではなく、パリから来たギャラリスト、カーメル・メノーによると「香港は強力なマーケット・ハブで、アートバーゼル香港の究極的な強さは健在。最初の3日間で370万ユーロ(約5億3200万円)を売り上げました。コレクターの質の高さが圧倒的です」と、ひとつのギャラリーだけでも驚異の経済規模。
そうなると、超高額作品を買いにきた大富豪や業界のプロ向けの展示会で、一般人が行っても場違い?と思うかもしれないが、そんなことはまったくない。世界中のギャラリーの自信作や大作の中で生まれるエネルギーがとにかく強烈で誰もが楽しめる。
久しぶりに湾仔の国際展示場2フロアを使って開催された 『アートバーゼル香港2023』。大型作品の展示が目立つ。photography: Miyako Kai
特に今年は、再会や出会いへの喜び、ダイナミックで国際的な香港の魅力を再確認できた安心感や、今後への期待などが混ざり合い、会場を見渡すと笑顔の人しかいないようなポジティブな空気にあふれていた。このエネルギーはぜひ来年以降、会場で味わってほしい。癖になって、毎年アートバーゼル香港に行かなくちゃと思うようになる可能性大だ。
中国人フォトグラファーでアーティストの陳維(チェン・ウェイ)は見慣れたオブジェクトを配した独自の世界観を持つ。左: 食堂によくある折りたたみ式テーブルを揃えた『As a Wall』。右: 90年代生まれの中国人アーティストYouada(ヨウアダ)の『The Most Romantic Toilet in the Universe』。photography: Miyako Kai
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2023年のトレンドはデジタル?
アートバーゼルは美術館のようにキュレーションされているわけではなく、統一テーマもない中で、トレンドを語るのは難しいけれども、今年は明るい色彩、強い光を意識させる作品が目立っていた。
アートバーゼル香港ディレクターのアンジェル・シヤンリーが「以前と比べて、表現の媒体が確実に多彩になっている」と話しているように、かつては少数派だったデジタルアートが、ごく当たり前に展示されるようになった。
タイ人アーティストのカウィタ・ヴァタナジャンクールは、タイとインドの農家でのフィールドワークで現代の農産業による搾取、人間と機械が融合した姿などをテーマにしたデジタルアートを展示。photography: Miyako Kai
パリのギャラリー、バリス・ハートリング創業者のダニエル・バリスは「コレクターが実験的、冒険的で大胆な作品の購入を恐れないことが、今回のアートバーゼルで顕著だった」と語っている。
デジタルな異世界を箱庭のように表現する米国人アーティストBeepleの『S.2122』。photography: Art Basel Hong Kong 2023 ©Beeple, Courtesy LGDR
たとえば、現在M+に期間限定で『Human One』が展示されているデジタルアーティストBeepleの『S.2122』が、ニューヨーク、ロンドン、パリ、香港にギャラリーを持つLGDR & ウェイのブースで展示されていたが、LGDR共同創業者兼会長のレベッカ・ウェイは、「これが中国のデジアート美術館に収蔵されることになって、とてもワクワクしている」と話す。
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個性あふれるインスタレーション。
アートバーゼルといえば、毎回楽しみなのがエンカウンターズ(Encounters)と呼ばれる大規模インスタレーション。2023年は「今、この瞬間」というテーマの下、国際色豊かなアーティストたちが腕を振るった14点が展示された。
台湾人アーティスト徐永旭(シュー・ヨンシュー)の『2019-37』による粘土を使って繊細に作られたインスタレーションも、エンカウンターズのひとつ。まるで細胞のような命を持ってうごめく有機物のよう。photography: Miyako Kai
インドネシア在住のオランダ人アーティスト、メッラ・ヤールスマは、アーティストを建物に見立て、アートバーゼル開催期間中に香港伝統の竹による建築足場を周囲に組み立てていき、毎日1人が加わっていくという日々進化するインスタレーション『The Constructor』を披露した。
アートバーゼル2023初日のMella Jaarsma(メッラ・ヤールスマ)による『The Constructor』。日々人と竹の構造が増えていく。photography: Miyako Kai
フェア後半にはこのように増殖! photography: ROH Projects/Mella Jaarsma ,Courtesy Art Basel
エンカウンターズ14点のうち1点は、初の会場外での展示に。近隣のショッピングモール、パシフィックプレイスにエチオピア人アーティスト、アウォル・エリズクによる古代エジプトのツタンカーメン像をモデルにした高さ10mの「Gravity」が飾られた。
最高級ショッピングモールのパシフィックプレイスに登場した空気注入式のツタンカーメン王像『Gravity』。 photography: Courtesy Art Basel, Issac Lawrence
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香港全体がアートに染まる3月。
例年、アートバーゼルが月末に開催される3月は、香港がアート一色に染まるアート月間。世界中からアートバーゼルを目的に、アート業界関係者やアーティスト、コレクター、メディアなど高感度な人ばかりが集まるため、開催期間中はもちろん、その前後にも多数のイベントが香港中で開催される。
アートバーゼル開催地とはビクトリアハーバーの反対岸にあるM+。アートバーゼルがM+と共同で依頼したスイス人ビデオアーティストのピピロッティ・リストによる『Hand Me Your Trust』は2023年5月21日までは毎日19時~21時、以降は週末のみ同時間で6月17日まで。photography: Miyako Kai
2023年は特に、コロナ禍の規制が解除されて最初のアート月間だったため、M+や香港故宮文化博物館などの最新の国際級美術館への訪問をセットにしていたビジターが多かった。
アート月間を祝して、独自のインスタレーションを行う施設も多い。ビクトリアハーバーの絶景で有名なハーバーシティのオーシャンターミナル駐車場に登場したのが、フランス人アーティストJRによるインスタレーション『GIANTS: Rising Up』。こちらも香港を象徴する竹製の足場の上に、走り高跳びをする陸上選手の姿をダイナミックに表現している。
ビクトリアハーバーの絶景に飛び込んでいきそうな迫力がある、JRの『GIANTS: Rising Up』。2023年4月23日まで。photography: Courtesy of JR
また、アートバーゼルに訪れるビジターが宿泊するホテルや、飲食するレストランやバーが賑わい、それぞれがアートとアートラバーを祝福するイベント企画するため、波状効果で香港中が華やぐ。もちろん人気スポットの予約が混み合う時期ではあるものの、この雰囲気は格別! アートバーゼル期間中の香港、ぜひ訪れてみて。
香港政府観光局とのコラボレーションも目が離せない『アートセントラル』photography: HKTB
『アートバーゼル香港』と同じコンベンション & エキシビションセンターでは『アートセントラル』がほぼ同時期に開催された。コンテンポラリーアートを中心とするフェアで、美術館レベルのクオリティの高い作品と、若手アーティストによる最先端の作品を一緒に展示している。
国内外からアートファンが集まり、大盛況で幕を閉じた。photography: HKTB
今年は、香港政府観光局とコラボレーションを行い、会場内の一角に「アートセントラル – アーツ in 香港 カフェ(Art Central - Arts in HK Café)」を設置。カフェ内では香港と海外のアーティストがペアを組み、アーティスト同士交流をしながら制作した作品を展示した。香港が持つ中国と外国の文化、そして伝統と新しさの融合を見事に表現したものだった。その中でも、香港で唯一の絵付師が所属する陶磁器工場の老舗「粤東磁廠」(ユットンチャイナワークス)の4代目オーナーのMartina Tso(マルティーナ・ソウ)の陶器と日本の刺繍アーティスト竹岡かつみがコラボレーションした現代なインスタレーション『躍動香港メリーゴーランド』は双方の緻密なハンドクラフトにより表現された作品で多くの来場者の注目を集めた。
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アート業界御用たちの隠れ家バー。
日本の香港ファンの方にもおなじみの、元卓球場を改装して世界のジンを集めたジントニックバー、「Ping Pong 129」は、9年前の開業時からアート業界の人たちがプライベートやイベントで集まるスポットになっている。
コロナ禍の規制でバーを訪ねる習慣がなくなった人が増えたと言われていたが、それも少しずつ元に戻りつつある。photography: Miyako Kai
2023年のアートバーゼル期間中には、アーティストと批評家によるアートトーク、ミュージックイベント、パフォーマンスなど多彩なイベントが開催された。オーナーのホアン・マルチネス・グレゴリオ言う。「何年も香港に来られなかった世界各地のアート関係者から、ぜひイベントをやりたいとの要望が集中して、自然に毎日おもしろい企画が揃ったんだ」
香港在住の新世代ドラァグクイーン、ミニマルなメイクと眼鏡のマシュー・クリード(右)とコケティッシュなピエロのバルトロが、会場を1つにした楽しいパフォーマンス。 photography:Sun Sun Leung
そんなイベントのひとつが、スタイリッシュなドラァグクイーンのマシュー・クリードと、キュートなピエロのバラトロのデュオが繰り広げたピロートークショー。パワフルなアート三昧となった一日の締めくくりは、ミステリアスなバーで、レアなジンを使ったカクテルやタパスで寛ぎながらの摩訶不思議な異世界気分が楽しめる。
ボンベイ・サファイアで有名なボンベイの新作、フレッシュなブラックベリーとラズベリーのフレーバーを加えたジン、ボンベイ・ブランブルを柑橘系が爽やかなギムレットで。photography: Miyako Kai
アートにあふれる香港の華やかな3月は、さらに来年パワーアップして戻ってくるはず。ぜひ毎年のお楽しみにしてほしい。
Ping Pong 129
129 Second Street, L/G Nam Cheong House, Sai Ying Pun, Hong Kong
https://www.pingpong129.com/
第1回:新しい香港の顔! アジアの現代美術館「M+」へ
第2回:好奇心を刺激する「香港故宮文化博物館」の魅力。
第3回:香港愛、文化、アートに触れるふたつの地元美術館。
text: Miyako Kai
2006年より香港在住のジャーナリスト、編集者、コーディネーター。東京で女性誌編集者として勤務後、英国人と結婚し、ヨーロッパ、東京、そして香港へ。オープンで親切な人が多く、歩くだけで元気が出る、新旧東西が融合した香港が大好きに。雑誌、ウェブサイトなどで香港とマカオの情報を発信中のほか、個人ブログhk-tokidoki.comも好評。大人のための私的香港ガイドとなる書籍『週末香港大人手帖』(講談社刊)が発売中。