自然派ワインの造り手を訪ねて。Vol.6 自然派ワイン界の聖地、オーヴェルニュのロゼワイン。

Gourmet 2020.06.07

アタッシェ・ドゥ・プレスとして活躍する鈴木純子が、ライフワークとして続けている自然派ワインの造り手訪問。彼らの言葉、そして愛情をかけて造るワインを紹介する連載「自然派ワインの造り手を訪ねて」。今回はフランス・オーヴェルニュへ、ヴァンサン・トリコを訪問。


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Profile #06
○名前:ヴァンサン・トリコ Vincent Tricot
○地方:オーヴェルニュ
○ドメーヌ名:ヴァンサン・トリコ Vincent Tricot

自然派ワインの造り手を惹きつける、オーヴェルニュ。

オーヴェルニュという地名を聞いて、何を連想するだろうか。ボルヴィックやエビアンの取水地。グルメガイドブックで著名なミシュランの本拠地でAOCチーズ、ミシュランの星付きレストランなどおいしいものが豊富、刃物で名高いティエールもある(日本でいえば燕三条か)。

フランスの中南部に位置するオーヴェルニュは、フランスきっての雄大な自然に囲まれ、山や湖でのスポーツ、温泉、森林浴など、フランス国内外から観光客が集まるリトリートエリアでもある。

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高台にある、さる造り手邸からの景色。ピュイ・ド・ドームなどの山々に囲まれた夕暮れの美しさに見惚れる。

そんなオーヴェルニュ地方はワイン界ではマイナーな生産地だが、自然派ワインにとってはちょっとした聖地であり、世界的に注目されている。ブルゴーニュなどの歴史ある銘醸地と比べて土地代が安く、新規参入しやすいことに加え、「フランスの素晴らしい景勝地(Grand site de France)」にも認定されるピュイ・ド・ドーム(Puy de Dôme)など数万年前の火山活動から生まれた、花崗岩質と⽞武岩質を主体とする火山性土壌も理由のひとつ。フランスきってのエネルギッシュなオーヴェルニュのテロワールに魅せられる造り手や飲み手も多い。もちろん私もそのひとり。

TGV(高速鉄道)が通っておらず、パリから中距離線で3時間半ほどかかるオーヴェルニュ地方。まだまだ知られていない彼の地を体感したい、と真っ先に思い浮かんだ造り手は、ヴァンサン・トリコ。

11年間南仏でキャリアを積んだ後、2003年よりオーヴェルニュの南、オルセでドメーヌを立ち上げたヴァンサン。年間最大25,000本と、安定した生産量と絶妙なプライシングで、オーヴェルニュの貴重な存在だ。彼のワインをきっかけに、オーヴェルニュワインに目覚めた人も多いのではないだろうか。個人的にいちばん好きなキュヴェ(1)は、千鳥足らしき3人の線画が楽しいロゼワイン「トワ・ボンノム」。サクランボのような綺麗な酸と旨味がたっぷりのロゼで、そのチャーミングさの虜になった。

*1 キュヴェ:さまざまな意味合いがあるが、“特別な” “ほかと区別された”といった特別感のあるワインの名に付けられることも。

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わずか0.4haしかない貴重なピノ・ノワールを、贅沢にもロゼに仕立てた「トワ・ボンノム」。“Pino nwar…”と、言葉になっていないキャプションも可愛い。俳優を目指すお嬢さんが小さい頃に描いたものだそう。

オーヴェルニュ地方の生産者の兄貴的存在であるヴァンサンに会ってみたい。オーヴェルニュ行きが決まってすぐに連絡し、⼭々が⻩⾦⾊に染まるフランスの秋のヴァカンスシーズンである17年11⽉、憧れの地へ向かった。

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ヴァンサンと初ヴィンテージワインとの初邂逅。

奥様のマリーとともに迎えてくれたヴァンサンは長身痩躯、気さくな笑顔。まずはテラスでコーヒーでも、と言いつつさすが造り手、出てくるのはワイン。笑

初リリースとなる、シャルドネ主体の「ラセレネ 2015」。よいヴィンテージだった15年らしく、しっかりしたストラクチャーで、この年の暑さを感じた。数年熟成させることが楽しみなスケールの大きさ。

キュヴェ名の由来を聞くと「“平穏”の意味もあるけど、昔の言葉でね、お腹いっぱい食べて飲んであとは寝るだけ、みたいな満足した気持ちの表現でもあるんだ。“根っこが生えちゃった”みたいな?」と。なんともエスプリあふれる、魅惑的なネーミング。

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草花に足が同化している、“ラセレネ”を体現するエチケットも素敵。ちなみにラセレネという言葉をいま使う人がいたら「トレ・フランセ(très français/とてもフランス人らしいフランス人、といったニュアンス)」だそう。

あらためての自己紹介や訪問の理由などを話すうちに、雰囲気がほどけてくる。ちょうど1本飲み終わったところで、さっそく畑に連れて行ってもらうことになった。

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冬の到来を待つ、ヴァンサンの畑へ。

「今日北から初めての風が吹いたから、一気に寒くなるよ。オーヴェルニュに冬が来たんだ」とヴァンサン。とうの昔に収穫を終えたブドウ畑の葉は黄金色に変色し、すでに冬の到来の準備を終えていた。

さまざまな人の厚意があって幸運にも出合うことができたという畑は、前所有者のクロード氏が1971年から無農薬で大切に守ってきたもの。ヨーロッパ最大規模の自然保護区といえども、非常に珍しい貴重な5haの畑に、テロワールの特性に合わせてガメイ、シャルドネ、ピノ・ノワールが植えられている。ヴァンサンの情熱に、引退を決意したクロード氏が譲った、大切な畑だ。

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なだらかな斜面に南北に広がる畑は、標高の高さも相まって風通しがよく、霜の影響を受けにくいそうだ。酸を残すために白ブドウは北斜面に植えるという。

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熟しすぎたブドウのニュアンスは好みではないので収穫しないようにしているそう。

作柄を聞いてみると、2017年はよいミレジムになる見通しで生産本数も最大量になりそう!と。暑い年らしく、収穫期間は例年より1週間早い9月8日にスタートし、10月12日に終了するまでトータル5週間ほど。収穫が終わってからも天候がよかったため発酵も早く、すでに一次発酵が終わっている。これは試飲が楽しみだ。

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専用カーヴも! ロゼを愛するヴァンサンとの試飲時間。

「ジュンコはラッキーだね、ちょうどカーヴの整理を終えたばかりで、試飲するのは僕も初めてだよ」と。なんたる幸運! ワインの神に心のなかで感謝する。

試飲はピノ・ノワールのロゼから始まった。そう、大好きな「トワ・ボンノム」。

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樽から直接グラスに注いでもらい、いよいよ試飲開始。ロゼ用のカーヴには、大切そうに樽が並んでいた。

じゅわっとした旨味に綺麗な酸、ヴァンサン節炸裂ですでにおいしい! 彼も満足そうだ。

彼に会ったら聞いてみたいことがあった。なぜわずかしか存在しないピノ・ノワールで、ロゼワインも造るのか。普通ならば、エレガントな赤ワインを造るだろう。

答えは非常にシンプル。「なぜロゼワインを造るかって? ロゼワインが好きだからさ」。確かにロゼ専用のセラーがある……笑

試飲するキュヴェが、どれもこれもするっと喉を通っていくようだった。気の置けない人との親密な時間にぴったりなワイン造りを目指していることが体感でき、仲間を大切にする彼の人となりを感じられたひとときだった。

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せっかくなのでロゼ専用セラーの前でヴァンサンにポーズを取ってもらった。カーヴはブドウの木でできた天然のひさしで守られていた。

兄貴肌のヴァンサンが大切にしているもの。

オーヴェルニュの造り手たちは非常に仲がよく、絆が深い。そのなかでもヴァンサンは兄貴的存在で、仲間との仲をとても大切にしている。談笑の時間に、今年の収穫の様子を見せてくれたマリーの言葉がそれを体現していた。

「毎年同じメンバーで収穫をするんだけれど、社長だろうが子どもだろうが、同じ服を着て同じ作業をするの。自然の前には人は平等なのよ、そこには身分も隔ても何もないの。だから素晴らしいのよ」と。

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カーヴには収穫のひとコマを写した仲間たちとの写真が。年を重ねるごとに、きっと写真は増えていくのだろう。

こんなこともあった。19年の5月、再びオーヴェルニュの地を訪問した際に、直前の連絡にもかかわらずランチに誘ってくれ、そのまま泊まっていけと言ってくれた。

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待ち合わせはみんな大好き、クレルモン・フェラン駅そばのビストロ「Le Quillosque」にて。ちなみに時間と場所を指定されたが席の予約はなく、満席のなか辛うじてカウンターに滑り込む。50分経過して悠々と登場するところまでが、とてもヴァンサンらしいです……笑

 

その夜は、造り手たちのベイビーフット(テーブルフットボール)大会が開催される大切な日。それなのに急な飛び込みの私を連れていってくれるヴァンサン。

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トーナメント制で優勝したチームに贈られるトロフィーは、もちろんマグナムボトルのワイン。

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オーヴェルニュの造り手、ほぼオールスターな一夜。彼らのことは、また別の機会に。

そう、彼は自然派ワインのスピリットそのものだ。受け入れて、与える。

次のオーヴェルニュ訪問の際に彼と会っても、いつも会っていたかのように迎えてくれるのだろう。それがヴァンサンであり、その人柄は彼の造るワインにも確かに伝わっている。

鈴木純子 Junko Suzuki
フリーのアタッシェ・ドゥ・プレスとして、食やワイン、プロダクト、商業施設などライフスタイル全般で、作り手の意思を感じられるブランドのブランディングやコミュニケーションを手がけている。自然派ワインを取り巻くヒト・コトに魅せられ、フランスを中心に生産者訪問をライフワークとして行ういっぽうで、ワイン講座やポップアップワインバー、レストランのワインリスト作りのサポートなどを行うことで、自然派ワインの魅力を伝えている。
Instagram: @suzujun_ark

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photos et texte : JUNKO SUZUKI

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