日々の生活を彩るワインを自分らしく楽しむフィガロワインクラブ。 イタリア人ライター/エッセイストのマッシが、イタリア人とワインや食事の切っても切り離せない関係性について教えてくれる連載「マッシのアモーレ♡イタリアワイン」。今回はイタリア人がディナーの後に飲むグラッパ、エスプレッソ、そしてなぜか朝にしか飲まないカプチーノについて解説!
>>前回:単なる食前酒ではない⁉︎ イタリア人に欠かせない「アペリティーヴォ」とは。
ディナー後の楽しみ!? エスプレッソとグラッパ。
イタリア料理とワインさえあれば、世界中に広がったフェデリコ・フェリーニ監督の『La dolce vita』(『甘い生活』、1960年公開)かのような情熱の世界に辿り着くことができる。そして秀逸な食事時間が終わりかけているところで、多くのイタリア人にとって欠かせない習慣が始まるんだ。
「イタリアの飲み物といえば何だと思う?」と聞いたらおそらく、「エスプレッソ」と答える人がいちばん多い気がする。飲むタイミングははっきりと言えないけど、自然に飲みたくなる時間がある。特に、食後の飲み物として愛飲されていることが多いよ。とはいえ、エスプレッソは自由にいつでもどこでも、お店で頼んで飲むのが一般的だ。
イタリアの食後にエスプレッソだけではなく、もうひとつよく飲まれている飲み物がある。それは「グラッパ(grappa)」だ。見た目は透明感があり、水のように見える。頼むと、小さくお洒落なグラスに注がれて出てくる。日本では少しずつ普及していると言っても、グラッパの存在と造りがまだ知られていない。ワインのようにブドウで作られていると思われるかもしれないけど、実はそうではないんだ。ここからおもしろい旅が始まる!
グラッパの製造過程を紹介するには、まずはワインの説明から始まる。ワイン造りにおいて、ブドウを発酵させると果汁からアルコール分が生成されるのは知っているよね。同時に、ブドウの皮や種、果肉などが残った状態の「搾りかす」が発生する。この搾りかすは、ワイン造りにおいては副産物に過ぎないけど、イタリアでは古くからグラッパの原料として利用されてきた。グラッパを造る時には、この搾りかすを蒸留器にかけて、アルコール成分を濃縮する。こうして得られた蒸留液を冷却すると、無色透明のグラッパが生まれるってわけだ。
大きな決まりのひとつは、グラッパのアルコール分は37.5度以上〜60度未満を守らないといけないということ。現在ではイタリア全国で楽しめるけど、グラッパの発祥地域はイタリア北部。その理由は、イタリアの冬が長くて寒いため、身体を温めるだけでなく、目を覚ますためにもグラッパが飲まれるようになったからなんだ。
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食後にグラッパを飲む理由とは?
グラッパは、ワイン造りの副産物を有効活用するという、イタリアの食文化の持続可能性を象徴するような存在だ。ブドウの品種やワイン造りの方法によって、グラッパの風味は大きく変わる。そのため、グラッパはワインと同じように、多様な味わいを楽しむことができる蒸留酒として、世界中で愛飲されている。ワインのようにたくさん造れないためボトルは小さくて、少しずつ飲む。家庭では必ず何種類かのグラッパが置いてあって、実際、僕の実家でも父親は食後に数口のグラッパを飲んでいた思い出があるよ。
なぜ食後にグラッパを飲むのか気になるよね。食事の後にグラッパを飲むと、身体が温まって消化がよくなるように感じる人が多いようだ。これは、アルコールが胃壁を刺激して一時的に消化液の分泌を促すため。このまま飲む人もいれば、エスプレッソに少量のグラッパを注いで飲む人もいる。この、エスプレッソとグラッパを混ぜた飲み物を「caffè corretto (カフェコレット)」と呼ぶ。直訳すると「味を良くする」という意味だ。レストランだけではなく、バールでも家庭でもよく飲まれている、人気のある飲み物なんだ。カフェコレットは、エスプレッソの苦味とグラッパの高アルコール分を組み合わせることで、口の中をリセットすることができる。そして、消化を助けてくれるから、食後のお腹の重さを和らげてくれる。
このカフェコレットは、実はティラミスの時にも使用することがあって、エスプレッソの代わりにカフェコレットで作られるんだ。大人向けの味になって、マスカルポーネチーズとカフェコレットの相性が抜群だ! ピエモンテではグラッパにチョコレートのおつまみという組み合わせの楽しみ方もある。
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イタリア人がカプチーノを朝しか飲まない理由は?
こんな感じで、グラッパとカフェコレットは割と好きなタイミングで飲める、イタリア人御用達の飲み物だ。一方で、そうではない意外な飲み物もある。まさかの、あの「カプチーノ(cappuccino)」だ!
イタリア人にとってのカプチーノとは「お昼の12時までの飲み物」という認識。そして、食後に頼む、なんてことは絶対にしない。絶対に、だ! なぜこのような文化になったのか。外国人から見るとわけがわからないよね? その疑問をこの記事で解決しようと思う。
イタリアでカプチーノと言えば、朝食に飲むものだ。カプチーノそのものを飲んだり、好きな焼き菓子やクロワッサンなどを浸けて食べたりする。1日の始まりに甘いものからエネルギーを摂るのが習慣なんだ。ちなみに、カフェラテも同じ感覚だよ。
そして、食事中または食後にカプチーノ(牛乳が多い飲み物)を飲まない理由。それは、消化に悪影響を及ぼすとされているからなんだ! 牛乳は消化プロセスを遅らせて胃もたれを引き起こす可能性がある。また、塩辛い料理に甘いものを混ぜない、というのがイタリア料理の基本だ。そうなると、甘いものを食べる食事は朝食しかない。この流れでカプチーノは朝のみになったんだ。
カプチーノはおいしいと言えばおいしいけど、わりと重い飲み物だ。午後に飲んでしまうと、お腹が重くなって眠くなる。ここで、エスプレッソかカフェマキアート(牛乳がほんの少ししか入らないもの)を飲む。もちろん、カプチーノを食後や午後に飲んだからって、法律違反ではないよ。だけど、たとえばレストランで食後にカプチーノを頼むとする。そうすると、店員さんに何回も確認されるに違いない。「ほんとにカプチーノ? いま? なんで?」と。そして、食事中にカプチーノを飲むと、周りのイタリア人に変な目で見られる可能性が高い。
日本に移住する前は僕も「カプチーノ=朝食=甘い物」は当たり前の感覚だった。いまでは朝食にご飯とお味噌汁、焼き魚などの定食を食べることは珍しくはない。異文化での食の習慣はこんなに人の生活を変えるんだと考えると、おもしろいよね。
エスプレッソはいつでも、カフェコレットは食後や消化のため、カプチーノは朝食の時だけという「イタリア」は、ややこしいからこそやめられない。こだわりが強い食文化の国には、意外と理に叶った道理があるってことなんだ。
1983年、イタリア・ピエモンテ生まれ。トリノ大学大学院文学部日本語学科修士課程修了。2007年に日本へ渡り、日本在住17年。現在は石川県金沢市に暮らす。著書に『イタリア人マッシがぶっとんだ、日本の神グルメ』(2022年、KADOKAWA 刊)
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