日々の生活を彩るワインを自分らしく楽しむフィガロワインクラブ。 イタリア人ライター/エッセイストのマッシが、イタリア人とワインや食事の切っても切り離せない関係性について教えてくれる連載「マッシのアモーレ♡イタリアワイン」。今回はイタリアワインを語る上で絶対に外せないブドウ品種・ネッビオーロについて、ピエモンテ出身のマッシが愛を込めてお届けします。
>>前回:カプチーノは朝、グラッパは夜、そしてエスプレッソは......? 決して譲れないイタリア人の常識とは。
ピエモンテといえば、青空の色を忘れるほどの「霧」。
ピエモンテ生まれ、ピエモンテ育ちの僕は、ピエモンテを思い出す時、ワインやチョコレート、トリュフではなく「霧」が真っ先に浮かぶ。早くて10月から大体2月まで、ピエモンテの多くの地域は青空の色を忘れるほど真っ白になる。さらに雪が降ると、数カ月間は土や草木の色ともおさらばだ。
とにかく霧から始まるピエモンテでは、秋から冬にかけて、まるで別の星に住んでいるように異世界な光景が広がる。厳しい生活だと思われるかもしれないけど、実はこの霧のおかげで世界一おいしいものが生まれているのだ。今回は、霧に繋がっている「ネッビオーロ」というワインのブドウ品種についてお話ししよう。
ネッビオーロは、イタリア、特にピエモンテ州を代表するブドウ品種だ。ピエモンテのなかでも栽培場所は限られていて、僕の故郷であるモンフェッラートなど、丘陵地帯がメイン。そのほかにもランゲ地方などあるけど、要するにピエモンテを回ればネッビオーロに必ず出会える、ということだ。
ネッビオーロの名前の由来はあまり知られていないと思うけど、これを意識するとピエモンテ人にとっての「霧の大切さ」がわかるはず。というのも、ネッビオーロはイタリア語の霧を意味する「nebbia(ネッビア)」からきている説がある。なぜ霧なのか、ブドウについて知れば納得していただけるだろう。
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霧が生むピエモンテの宝物、ネッビオーロ
ブドウの皮の外側に白い粉がついているのを見たことがあるだろうか。その粉は「ブルーム」と言い、果実自身が作り出す天然の物質で、果皮の表面に浮き出た脂肪酸やミネラルなどの成分だそう。この粉には、雨や朝露などの水分をはじいて病気を防いだり、果実からの水分蒸発を防いで鮮度を保ったりする効果がある。
このブルームを「霧」になぞらえてネッビオーロと呼ばれているのだ。また、収穫期の10月にブドウ畑を包む霧を連想させるものという説もある。霧がなければ、おそらくネッビオーロも存在しないかもしれない。
霧に由来するこのネッビオーロの魅力は「栽培の難しさ」に隠れている。栽培が難しい理由として「成長がゆっくりで収穫時期が遅い」「樹木が脆弱で扱いに注意がいる」「寒さに弱い」ことなどが挙げられる。この難しさがあるからこそ、ネッビオーロは偉大なワインのブドウ品種として名高いのだ。ルビー色で力強い味、そしてタンニンが豊富なのが特徴で、ネッビオーロから造られるワインは酸度が高く重みのある高貴な味わいに仕上がる。このワインにはジビエ、特に「シヴィット(野生のイノシシの煮込み)」や、「アヒルラグーのタリアテッレ」といった伝統的な料理がよく合う。海がなく肉料理がメインのピエモンテだからこそ、この最高のマリアージュが生まれたということだ。
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ブドウ泥棒は絞首刑⁉︎ ネッビオーロの意外な歴史。
ここからは、ネッビオーロから生まれたさまざまなワインについてご紹介しよう。日本ではあまり知られていない、ネッビオーロの価値を裏付ける歴史も解説する。
ネッビオーロ品種から作られるワインのひとつであるバルバレスコは、深紅の色合いにオレンジ色が加わり、熟成とともにその特徴が際立つ。ネッビオーロは熟成に非常に適したワインで、バルバレスコの規定では最低9カ月の樽熟成が義務付けられているけど、多くの生産者はさらに長い期間熟成させていることが多い。花のような香りとジャムのようなアロマが特徴のバサリンは、2019年にワイン専門誌「ワイン・エンスージアスト」で世界100大ワインに選ばれたようだ。ネッビオーロは、まさに堂々たるワインを生み出す品種だと分かってもらえば、ピエモンテ人として大喜びしちゃう。
そもそも、ネッビオーロの始まりは14世紀。ピエモンテのヴェッツォラーノという地域のブドウ園にて、「ニビオル」という名で栽培され始めたのがきっかけだ。ヴェッツォラーノではニビオルがとても良く実り、品質も高いことで有名だった。その価値は金よりも高く、夜間の監視が必要なほど貴重なものとされていたようだ。なんと、畑を傷つけたりニビオルを盗んだりした人は、絞首刑や手首の切断といった厳しい罰則が課せられるほど。現在では考えられないほど貴重なブドウだったことが分かる。
その後、ニビオルからネッビオーロと呼ばれ始めた頃。ネッビオーロはピエモンテ人だけではなく、貴族にまで愛されるようになった。ピエモンテの貴族であるサヴォイア家で宝石商をしていたジョヴァンニ・バッティスタ・クロチェは、ネッビオーロを「黒いブドウの女王」と称賛した。
一方で、ネッビオーロはブドウとしては名高かったものの、19世紀半ばまでは甘口またはロゼワインとして造られることが多く、現代のようなドライな赤ワインとしての評価は定着していなかったそうだ。19世紀半ば以降にようやく、現在の高貴な香りと強い酸味と渋みが特徴の赤ワインとして評価されるようになってきたというわけだ。
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ネッビオーロは「ピエモンテの誇り」。
ここまでネッビオーロについて語ってきたけど、ひと言で言わせてもらえば「ネッビオーロはイタリアワインの至宝」だ。皆さんも日本でネッビオーロを飲む時に、イタリアワインではなく「ピエモンテの誇り」だと思ってもらえば、いつもより違った楽しみ方ができると思う。
ピエモンテに行けばこのワインの素晴らしさを五感で体験できるけど、まずはピエモンテ人の僕から感じるネッビオーロの魅力を、この記事で楽しんでもらえばうれしい。ネッビオーロは、その多様な表情と複雑な味わいを堪能できる、魅力的なブドウ品種なのだ。
最初は少し野性的な印象を受けるかもしれないけど、その奥深くに隠されたエレガントで洗練された味わいをぜひ発見してみてね。
1983年、イタリア・ピエモンテ生まれ。トリノ大学大学院文学部日本語学科修士課程修了。2007年に日本へ渡り、日本在住17年。現在は石川県金沢市に暮らす。著書に『イタリア人マッシがぶっとんだ、日本の神グルメ』(2022年、KADOKAWA 刊)
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