瓶内で40年以上の熟成を重ねた、フランチャコルタの驚くべき味わいとは?

Gourmet 2024.11.26

YOSUKE KANAI

イタリアを代表する瓶内二次発酵スパークリングワイン、フランチャコルタ。その代表格たる「カ・デル・ボスコ」から、瓶内で42年間熟成させてから発売するという最高級のラインナップ「カ・デル・ボスコ アンナマリア・クレメンティR.S.1980」が本国イタリア、イギリスに続き、世界に先駆けて日本で発売開始! お披露目のために来日した創業社長のマウリツィオ・ザネッラに、新しいキュヴェの魅力を聞いた。

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カ・デル・ボスコ創業者にして、現在まで一貫して同社を率いているマウリツィオ・ザネッラ。フランチャコルタ協会の会長職も歴任した、同地を代表する生産者のひとりだ。

シャンパーニュが300年の歴史を誇るのに対し、フランチャコルタは1961年から発足した比較的新しい産地。しかし、アルプス山脈とイゼオ湖というテロワールが生み出す昼と夜の気温差が、気品のある酸味と、シャンパーニュにはないトロピカルな香りを醸成し、あっという間に世界のワインラバーを魅了。90年代には世界の名だたるレストランにオンリストされ、「フランチャコルタの奇跡」と呼ばれる躍進を遂げた。

その奇跡を牽引してきた立役者のひとりが、68年にフランチャコルタの中心部、エルブスコにカ・デル・ボスコを創業したマウリツィオ・ザネッラであることは間違いない。ザネッラは若くしてフランチャコルタでのスパークリングワインの製造に着手し、盟友、そしてライバルでもある名門ブランド、ベラヴィスタとともに、フランチャコルタのイメージを「洗練された、高品質なスパークリングワイン」として確立させることに尽力。その革新性は、フランチャコルタはもちろん世界でも類を見ないほど先進的だ。

たとえば2008年から、収穫したブドウを空気が噴き出す水流で洗い流し、表面を乾燥させてから圧搾、発酵させるという「ベリースパ」の工程を世界で初めて導入した。

「どんな果物だって、口に入る前には洗うでしょう? ワイン用のブドウだけそれをしないのは、伝統とはいえ不自然だと思っていたのです。もともとブドウの病気を防ぐために散布するボルドー液を洗い流すために始めたのですが、収穫時に着いた土や枝や葉、虫などの不用物も同時に洗浄できるようになった。これにより、酸化防止剤の使用も1/3に抑えることができましたし、100年前にはなかった黄砂の問題もかなり解消します。結果、発酵後に溜まる澱の健全性も上がり、ワインにさらなる複雑性を与えつつ、長期保存のポテンシャルも高まったのです」

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40年前に直感していた「長期熟成にも耐える可能性」

その革新性は、1979年から始まっていた。その年に入社した最初のセラーマスターとなるアンドレ・デュボワは、シャンパーニュ出身の経験豊かな醸造家だった。彼は土壌とその中の生物を徹底的に大切にする有機栽培方法を確立。ブドウの価値を高めるワインづくりのノウハウと組み合わせることで、フランチャコルタという特異なテロワールを表現するワインづくりを目指すことに。そして、同社が所有する畑の最も古い区画から最良のブドウを選び出し、長期熟成に向いたワインを作ることに決めた。ザネッラはこう振り返る。

「デュボワは『長い時間だけが生み出せる複雑さ、ふくよかさ、風味』があることを知っていました。同時にフランチャコルタ地方で完熟するブドウに生じる糖度と、夜の寒さがもたらす高い酸味に可能性を見いだした。自身の栽培、醸造のノウハウによって、その名称が確立されたばかりのフランチャコルタというワインが、長期の熟成にも耐えられる、という誰も確認しようのない仮説を確信していたのです。彼は『このボトルの存在を忘れましょう』と言い、79年から特別なボトルをカーヴの中であえてほったらかしにしておくことを決めたのです」

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カ・デル・ボスコの地下に広がる、ボトル詰めされてデゴルジュマン(後述)を待つ二次発酵中のボトル。その景観はまさに荘厳のひと言に尽きる。 

そうして79年から、特別な年にティラージュ(瓶内二次発酵のために瓶詰めすること)されたワインは、長い期間、澱とともに静かに放置されることとなった。もちろん、ザネッラとデュボワは存在そのものを忘れることなく、ある年から少しずつテイスティングし、ワインの飲み頃を探っていった。そうして時は流れ、1990年、デュボワは引退にあたり次の醸造責任者としてステファノ・カベッリを指名。ザネッラとカベッリの毎年のチェックは続き、とうとう澱の上で40年以上の熟成を経て、真にその飲み頃を迎えたと確信するボトルが完成した。1979年のヴィンテージは数量が少なかったが、翌年の80年ヴィンテージ、収量は少なかったものの晴天と30℃を超える夏の暑さによって完熟した、果実味が絶頂に達したピノ・ネロ(ノワール)とシャルドネ、ピノ・ビアンコ(ブラン)から造られたフランチャコルタは6000本のボトリングができた。

このヴィンテージが、カ・デル・ボスコの最上級ラインの中でもトップのキュヴェ「アンナマリア・クレメンティR.S.1980」として、世界に発売されることとなったのだ。

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熟成を重ねてなおフレッシュさを保つ、デゴルジュマンの秘密。

香りを嗅ぐと、野草やシダなどのニュアンスが、フレッシュ感とともにブワッと立ち上ることに驚かされる。口に含むときめ細やかな泡が舌を洗う、喜ばしい感覚が。マンダリンオレンジのような、熟したながらもなお酸を保った柑橘のと、ムスクの甘やかな香りが鼻腔を抜ける。どこかにハチミツ漬けのカリンを思わせる甘みと酸味のバランスを残しながら、力強い豊満なクリーミーさを伴い、力強い余韻が長く長く続いていく......。

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40年以上の熟成を経てなお、繊細ながらも力強く立ち上る泡が見える。色調はかなり濃いレモンイエローで、成熟した果実感がありながら、フレッシュさも表れている。

アンナマリア・クレメンティR.S.1980の「R.S.」とは「Recentemente Sboccato(レチェンテメンテ・ズボッカート)」、直訳すると「最近の澱抜き」となる。澱抜き(フランス語でデゴルジュマン)とは、ワインとともに寝かせていた澱をボトルの首元に集め、凍結して除去する作業のこと。それまでほとんど外気に触れず、澱との接触で熟成されてきたスパークリングワインは、デゴルジュマンによって少量の酸素を瓶内に取り込み、ここから風味が花開く熟成段階を経ることになる。一般的なスパークリングワインがノンヴィンテージでも9カ月以上、年数表記が必要なフランチャコルタで30カ月以上の熟成を義務付けているが、アンナマリア・クレメンティR.S.1980の澱の上での熟成期間は実に42年以上。いかに「超熟」なのかがわかるというものだ。

先ほども書いたように、デゴルジュマンによって外気に触れることで、スパークリングワインは酸化のニュアンスを含む複雑な熟成を経るようになる。ところが出荷直前までこれを行わないことで、ワインは澱との接触から生じる複雑さを纏うにもかかわらず、酸素に触れずフレッシュさと力強さを保ちながら熟成を重ねるという、ちょっと不思議な現象が起こる。ちなみに、世界でこの製法を初めて行ったのが、1967年にリリースされたシャンパーニュ「ボランジェR.D.1952」。映画『007』シリーズで主人公ジェームズ・ボンドが愛飲する銘柄としても有名になった。 

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信じているのは、フランチャコルタというテロワールと自身の哲学。

ではなぜこの製法を多くの生産者が採用しないのかというと、「リスクとコスト」の問題に尽きる。ワインは「熟成すればおいしい味わいを得られる」という単純なものではなく、ポテンシャルの低いワインを長期間置けば飲み頃を過ぎてしまう。また、瓶内で熟成させる規定のあるスパークリングワインは、ボトルに詰めた一定数のワインを長期間、同じ環境下で保存しておく必要があり、その期間は出荷もできずただ広大な場所を占領するというデメリットも存在する。それを40年以上にわたって行った生産者は、スパークリングワインの世界広しといえど、カ・デル・ボスコ以外に聞いたことがない。

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「6000本のうち、世界への出荷は1000本限定、そのうち日本に90本を割り当てました。フランチャコルタを誰よりも愛してくれている日本のお客様に、ぜひこのワインを味わってほしいと思っています」とザネッラ。隣に座っているのが愛娘でブランドアンバサダーに就任したマリア・ザネッラだ。

「40年越えのヴィンテージシャンパーニュ、フランチャコルタを味わうことは可能ですが、それは発売後に個人や販売店がセラーで熟成した、いわゆるオールドヴィンテージです。自社で40年以上も熟成して、しかもフレッシュな感覚を保って世界的に発売するというのは初めてだと思います。カ・デル・ボスコでは1989年からボトルのデザインを変更しているのですが、アンナマリア・クレメンティR.S.1980のボトルは40年以上前に使っていた昔のボトルのままです。甘みと酸味のバランスも最高なので、デゴルジュマン後に糖分を一切補わない『ノン・ドザージュ』に仕上げました。このボトルはフランチャコルタというテロワールがいかに長期熟成に耐えられるのか、どれほど高品質のワインを造ってきたのかという証明です」

そう語るザネッラに、この取り組みは今回だけのものなのか?と聞いて見ると、笑顔で「とんでもない!」と返事があった。

「来年にもR.S.シリーズの発売は続ける予定です。81年ヴィンテージはボトルの本数が少ないので出荷の予定はありませんが、次回は2025年末に1982年のヴィンテージを出荷するため、デゴルジュマンを行っています。これからも、R.S.のボトルはフランチャコルタの『可能性』を示す、象徴的なボトルであり続けると思います」

そう語るザネッラの横には、今回初来日となった愛娘にしてブランドアンバサダーに就任したマリア・ザネッラの姿があった。アンナマリア・クレメティとは、創業者マウリツィオ・ザネッラの母の名前。その名前を継いだ孫娘と、彼女が生まれる前からセラーで抜栓の時を待っていたボトルが同じ空間にいる......まさに奇跡のような時間が流れていた。これからもカ・デル・ボスコは、その味わいを未来に紡いでいくのだと確信した。

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ピノ・ネロ40%、シャルドネ39%、ピノ・ビアンコ21%。 カ・デル・ボスコ アンナマリア・クレメンティR.S.1980 750ml ¥165,000(世界限定6000本)/フードライナー
問い合わせ:
フードライナー
Tel: 0120-28-6683
https://www.foodliner.co.jp/producer/76

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フィガロJPカルチャー/グルメ担当、フィガロワインクラブ担当編集者。大学時代、元週刊プレイボーイ編集長で現在はエッセイスト&バーマンの島地勝彦氏の「書生」としてカバン持ちを経験、文化とグルメの洗礼を浴びる。ホテルの配膳のバイト→和牛を扱う飲食店に就職した後、いろいろあって編集部バイトから編集者に。2023年、J.S.A.認定ワインエキスパートを取得。

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