マッシのアモーレ♡イタリアワイン ピエモンテの知られざる超希少な赤ワイン「ルケ」とは? マッシが思い出とともにレポート。

Gourmet 2025.08.21

マッシ

日々の生活を彩るワインを自分らしく楽しむフィガロワインクラブ。イタリア人ライター/エッセイストのマッシが、イタリア人とワインや食事の切っても切り離せない関係性について教えてくれる連載「マッシのアモーレ♡イタリアワイン」。イタリア取材のため、再び一時帰国していたマッシ。ピエモンテの知られざる赤ワイン品種「ルケ」の魅力と、マンマとの懐かしい思い出とは?


イタリア滞在中、夏の暑い午後に母と僕はレストラン「ロカンダ・カーサ・コスタ」で向かい合って座っていた。目の前には、夕日の色に染まり始めたブドウの房が点々と散りばめられた、緑のベルベットの絨毯のようなブドウ畑が広がっている。

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仔牛肉のツナ、アンチョビソースがけであるピエモンテ名物「ヴィテッロ・トンナート」。

なだらかな丘陵と静かな村があるモンフェッラートの風景は、僕たちの大切なひと時を過ごすのにぴったりだ。母は、僕が子どもの頃に祖母が作ってくれた、懐かしいヴィテッロ・トンナートを注文した。ひと口もらったら、その滑らかなソースは口の中を優しく撫でてくれるようだった。

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ピエモンテ方言で「ラビオリ」を示す「アニョロッティ」。

僕はピエモンテ料理を代表しているアニョロッティを注文。肉の詰め物が詰まった小さなパスタの包みは、子どもの頃の日曜日に祖父母の家で食べた、懐かしい味を思い出させた。ひと口ごとに、忘れられない家族との時間にタイムスリップするようだ。

実は、この昼食には真の主役がいる。懐かしい料理たちをひとつにまとめるメインは「ルケ」だ。ウェイターが僕たちのグラスに注いでくれたルケは、ルビーのような深い色合いで、紫がかった反射のあるワイン。これは日常のワインではないと、僕は知っていた。この土地の本質そのものを凝縮したワインだ。

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グラスに注がれたルケのワイン。日本ではあまりなじみのない品種だが、出合ったらぜひ飲むべき「通好み」なワインだ。

母は「ルケは反抗的なワインで、長い間ほとんど知られていなかった」と教えてくれた。まさしく、恋に落ちるワインだ。なぜなら、ルケは複雑でユニークで、一度知ったら忘れられないから。イタリア・ピエモンテ産の希少な黒ブドウ品種から造られるワインで、生産量が非常に少なく、希少価値が高い。華やかでアロマティックな香りと、エレガントでバランスの取れた味わいが魅力だ。枯れたバラやスパイスの香りが口の中に広がり、エキゾチックな味が僕を驚かせた。

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畑に実るルケのブドウ。バラ、ラベンダー、アイリスなどの花や、黒コショウ、ミント、コリアンダー、シナモン、ナツメグなどのスパイス香が広がる。モンフェッラートはルケの代表的な生産地。

「見て、マッシ」と母は僕に言った。「私たちみたいでしょ。最初は少し気難しいけど、甘い魂と大きな心を持っているよ」と、ルケのグラスを持ちながら言った。

食事中、僕たちの会話は思い出と笑いの絶えない流れだった。昔の思い出話や母の父、祖父の趣味である菜園への情熱、僕に新鮮なエンドウ豆を食べさせようと追いかけられたこと、そして祖母が特別な日のためにだけボネを作ってくれたことなど。どれも、昨日のことのように思い出せる。

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トリノ名物、チョコレート風味のココアプリン「ボネ」。杏仁を含むビスケット「アマレッティ」を砕き入れるのが特徴。

母は、僕が子どもの頃サクランボの木に登り、ポケットいっぱいの果実を持って家に帰ってきた思い出を話してくれた。僕の服はとても汚れていて最初は叱られたけど、ポケットから出したひと粒のサクランボを食べるとその甘さに「おいしいね。ありがとうね」と笑って許してくれたことがあった。母に喜んでもらえて心が温かくなったことを、いまでも覚えている。

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いま、日本でこの食事のことを思い出しながら書いていると、涙が出てくるような恋しさが募っている。母は遠くにいるようで、いつもそばにいてくれていて、僕にとって強い存在になっている。地元の料理と伝統がある限り、母との繋がりは薄くならない。

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ロカンダ・カーサ・コスタの赤ワイン。いちばん下の棚、右端がルケのボトルだ。

昼食の終わりに、ウェイターが僕たち一人ひとりにボネの皿を持ってきてくれた時、母は僕の腕をそっと撫でた。

「初めてボネを味わった時のことを覚えている?」と母は言った。「マッシは4歳で、夢中で顔中をチョコレートまみれにしながらボネを食べていたよ。あなたは笑っていて、お婆ちゃんにナプキンで顔を拭いてもらいながら、僕は良い子になるよ、と約束していたね」

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いつも秋や冬の写真で剪定が終わったブドウ畑ばかり撮影していたけれど、夏のピエモンテは緑が生い茂るとても美しい景色が広がる。

不思議とその思い出が、はっきりと蘇ってきた。4歳の頃の出来事なのに、ボネを食べて母から話を聞いた瞬間、思い出した。そしてその瞬間、ボネやルケの味とともにこれは単なる昼食ではないと気がついた。モンフェッラートの太陽の下で交わしたあの約束は、ルケのグラスの中で色褪せることなく、僕たちの心の中でいつまでも輝き続けている。

1983年、イタリア・ピエモンテ生まれ。トリノ大学大学院文学部日本語学科修士課程修了。2007年に日本へ渡り、日本在住17年。現在は石川県金沢市に暮らす。著書に『イタリア人マッシがぶっとんだ、日本の神グルメ』(2022年、KADOKAWA 刊)
X:@massi3112
Instagram:@massimiliano_fashion

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