川村明子のスリランカ紀行 #01 懐かしい味と理想郷を求めて、スリランカへ。
Travel 2018.02.01
昨年の9月、スリランカを旅行しました。
もう10年近く前にパリの友人宅で食べた、スリランカ女性が作ってくれたカレーが忘れられず、スリランカの家庭の味を求めてゲストハウスを巡りたい思いがずっとあったのと、建築家ジェフリー・バワの創った理想郷を訪れたくて。
自分の中でいつも大事に思っている「家」「風景のあるおいしさ」、そして「その土地でなくては味わえないもの」を求めての旅。
これまでにブログで何度か”パリからの旅”をご紹介していますが、今回はパリから少し離れた地への旅紀行。
今日から4回に分けて、10日間のスリランカ滞在記をお送りします。
DAY 1
今回の旅は、パリからアブダビ(UAE)経由で行くことにした。
以前は、スリランカ航空がパリからコロンボ(スリランカ)までの直行便を運行していた記憶があるのだけれど、なくなったようだ。フライト時間はトータルで11時間半。パリのシャルル・ド・ゴール空港を10時40分に出発し、アブダビでのトランジットは3時間半で、コロンボには朝の5時5分到着予定だ。
機内へは『遠い太鼓』(村上春樹著)と『まぐだら屋のマリア』(原田マハ著)の2冊を持ち込んだ。早朝に着いたら長い1日が始まる。
アブダビからは、スリランカ航空で4時間半のフライト。23時に出発だったので、機内食は出ないかな、と思っていると、ひとりずつにメニューが配られた。そしてメインはカレー。「Fish Green Curry」と「Chicken Kalu Pol Curry」のチョイスがあって、お魚にはバスマティ米、チキンにはカントリー米と付いてくるライスが違うらしい。カントリー米が気になって、チキンにする。
出てくると、これがちゃんと本格カレーだった。スパイスの使い方が、インドカレーとは違う気がする。隣の隣の人はお魚をとっていて、ホウレンソウと思われる鮮やかなグリーンと白いごはんのコントラストが見事だった。あれも食べてみたかったなぁ。ごはんが終わるといつの間にか寝てしまったようで、気がついたときには着陸の準備に入っていた。
空港からコロンボ市内まではバスで向かうことにする。料金は130スリランカルピー。発車してから車内で払うよう言われ、乗り込んだ。途中いくつかの停留所を経由して、降りるのは終点。そこがコロンボの中央駅(フォート駅)かと思っていたら、どうやら違って少し離れていることがわかる。
スリーウィーラー(トゥクトゥク)で移動しよう、とバスから降り荷物を荷台から取り出そうとすると、案内してくれる、というおじさんが横から現れた。
フォート駅から電車に乗ると伝えると、駅までは4kmくらいあるし歩くのは無理。僕のトゥクトゥクに乗って行くといい、といきなり彼のトゥクトゥクに荷物を持って行こうとする。これは怪しいな、と思いながら一応値段を聞いてみると、900スリランカルピーと言う。1kmで50スリランカルピーくらいという予備知識があったから、高過ぎる!と答えて、勝手に積みこまれた荷物を引き出そうとキャリーバッグに手をかけた。すると「じゃあ、いくらなら行く?」と応戦してきた。それで「200」と言うと、おじさんは鼻で笑い、「800」とまだ強気だ。「それならいい!」と荷物を取り返して、大通りへ向かった。通りかかったトゥクトゥクを止め、駅までいくら?と聞く。「100スリランカルピー」。そうかこれが通常の値段だったか、と思わず笑った。
駅で降りると、目の前が切符売り場だった。1等2等の窓口と、3等で分かれている。誰も並んでいなかった1等と2等の窓口へ。これから120kmほど離れた地にある、古都キャンディへ向かう。コロンボからは2時間半の電車の旅。指定席は売り切れだったので、2等車の自由席を買った。
切符売り場の奥にある、通用門のような改札口にはおじさんがひとり腰かけている。切符を見せると「この目の前のホームだよ」と教えてくれた。ありがとう、と伝えて中に入る。
朝8時、ホームには人が大勢いた。発着スケジュールが表示される電光掲示板を見つけ、真下に行くと、書かれているのはシンハラ文字。一瞬怯みつつ、同時にワクワクした。文字が読めないというのは、あ〜異文化に来たなぁという実感が高まっていつだってうれしい。少し待ってみたら、アルファベットでの表示が出てきた。8時30分発のバドゥッラ行き。これがキャンディを経由する電車だ。3番ホームというのを確認し、2等車の乗り場がどこかに表示されているかなとホームを見渡すも、書かれている様子はない。
すると眼鏡をかけた男性が「2等車はこっちだよ」と教えてくれた。親切にありがとう、と思いながら、まだ時間があったから駅を散策しようとその場を離れて歩き始めると、その人が追いかけてきた。「すごく混むし、席が取れないからここで待っていた方がいい。よかったら僕が君の席も取ってあげるよ」という。それを聞いて、そんなに混むのか?!と緊張した。大人しくその場で待つことにする。
向かいのホームに電車が到着し、人がたくさん降りてきた。その人の流れで生まれた色合いは、映画『ダージリン急行』を思い出させ、また新たにワクワクした。
果たして電車がホームに入ってくるや、凄まじい勢いで人々が乗り込み始めた。いや、びっくり。これはもう席はないかも、と思ったら、1席だけ空いているのを見つけた。通勤らしいおじさんの横に腰かける。発車するまでにどんどん人は乗ってきて、2人がけの席が左右縦に2列並んだ、その間を走る通路には立っている人も少なくない。
途中の駅でおじさんが降りたので、窓側に移動。電車は緩やかな速度で走行し、開けっ放しの窓から風を感じ続けた。湿度を感じさせる色鮮やかな風景が流れていく。その心地よさに、車窓からの景色を楽しんでいたはずが、図らずも途中で寝てしまっていたらしい。キャンディへの到着時刻が近づいてきて次の停車駅を気にし始めたら、隣に座っていた女性とその家族が、あと3駅と教えてくれた。
キャンディの駅前は交通量の多い、思っていたよりも都会だった。声をかけてきたタクシーのおじちゃんを断り、トゥクトゥクが数台停まっている方へ。予約しているゲストハウスの住所を見せると、仲間うちで行き先を確認し、誰が連れて行くか決まったようだ。あいつについていけ、というように示された。緑のトゥクトゥクに乗り、いざ出発。
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川村明子のスリランカ紀行 INDEX
毎週水曜日更新! 川村明子ブログ「パリ街歩き、おいしい寄り道。」
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緑に囲まれた、美しいゲストハウス。
宿はキャンディの街中ではなく、結構遠い。途中間違った道に入っては住所を聞いて確認する、ということを3度繰り返したあと、宿の看板を見つけたようで、ここだよ、と教えてくれた。アルファベット一文字もなし。そして、ここ?なの?と思うほど急で細い道を登っていく。でも、ほどなくして到着した。
トゥクトゥクが止まると、外の様子を察したのか、マダムが出てきた。荷物は運ぶからそこに置いておいていいわよ、と言われ、中に案内してくれる。一歩入って思わず立ち止まった。写真で見るよりもずっと素敵だ。このゲストハウスThe Kandyan Manorは、パリの友人・室田万央里さんが教えてくれたところ。“ともかくセンスがよくて1泊しかできないのが残念だったから、よかったら行ってみて!”と。玄関を入るとすぐにプールがあり、その両脇にお部屋がいくつかあった。プールを通り過ぎて、短い階段を降りると仕事場と奥にキッチン、右側にダイニング。その右奥にリビングが開けていた。リビングに面して客室が3つあって、そのひとつ、お庭側の部屋に通される。
「このお部屋よ。どうかしら?」
どうもなにも、いやぁありがとうございます!って気持ちですぐさまいっぱいになった。ホテル予約サイトで見た写真は、どれもフラッシュをたいて撮影しているのであろう、色が過剰に鮮明だったのだ。でも実際は、外の光とのコントラストで陰影が濃く、たしかにはっきりした鮮やかな色合いの壁も、柔らかく見せていた。ベッドはツインの他に天蓋付きの寝台の高いものがひとつ、そこに2人がけのソファ、肘かけ椅子、テーブルに鏡台、それらの調和が美しい。
マダムがここに来るまでの私の行程を聞いて、「それは疲れたでしょう? 何か飲む? 紅茶、コーヒー、ジュース? おいしいスイカがあるわよ」と聞いてくれた。迷わず、スイカジュースをリクエスト。待っている間に、広いリビングと続くダイニングを見てまわる。大部分が白かクリーム色の壁なのだけれど、正面の窓枠は紅色を薄くしたような色で、そこに光と影が重なると、また違う色合いになり、なんだか懐かしさを覚えるような、温かい印象になっていた。たしかにここに1泊しかしないのは残念だ……。
テラスで、氷の入っていない、種もちらほら残ったトロトロのすいかジュースを飲んでいたら、そのまま午後をどこにも行かずに過ごしてしまいそうだった。なんなんだろう? この解けていく感じは……。
マダムに、夜ごはんをここで食べたいと伝えると、作ってくれるという。何がいい?と聞かれ、スリランカの家庭料理がいい、と答えると、分かったわ、とうなずいた。彼女はとても話し方が穏やかで、言葉を交わすとなんだか安心する。やった!今夜はスリランカのおうちごはんが食べられる!とホクホクして、近所へお散歩に出ることにした。いちばん近い町は宿から1kmほどらしい。
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スリランカ最南端、世界遺産の町ゴールフォート白亜の館「アマンガラ」。
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町での食べ歩きと、忘れたくない味の夜ごはん。
先ほど登った細い通りを下って表通りに出る。そこそこ交通量のあるバス通り。歩いていくと、バナナが軒先にかかったお店がぽつん、と建っていた。周りには何もないのだけれど、いや、何もないからか、次々と人がやってくる。さしずめ万屋さん。お店の後ろ手には畑が広がり、その向こうには湿度の高そうな木々の間に、民家がいくつか見えた。のどかな風景の中をしばらく行くと、駐車しているのかと思いきや“for sale”と張り紙のしてあるバスが道端に放置されていた。
そのまま道なりに歩き続けると、デリ兼パン屋さんを発見。袋詰めされた食パンが積み重ねられ、パティやらロティが売られている。スリランカ最初の買い食いをここで決行することにした。体も疲れていたし、お魚とお肉は避けて、ここではベジタブル・ロティを買った。さっそくかじる。具の主役はジャガイモで、カレーリーフが利いていて、クミンもしっかり。ジャガイモのみっちり感に、ひと口ごとにお腹にたまっていく感じがした。そして、やっぱりからーい! ただ、力強い味付けだけれど、しつこさはない。食べ歩いていると、商店街の始まりに着いたようだ。八百屋さんに、鶏肉屋さん、店先で男性がひたすら栗を向いているお店、圧巻の乾物屋さんもある。
スリランカといえば、モルディブ・フィッシュ。でも名前しか知らなかったし、実物を見てみたい、と思い店内の奥まで入っていった。ボルディブ・フィッシュとは、日本名だとハガツオらしい。「これだよ」と指差されたものは、鰹節のようで、でもすでに少し砕いてある大きさだった。お魚の干したものは大きいものから小魚まで種類豊富で、エビも4種類あっただろうか。ニンニクと赤タマネギも並んでいる。これをどんなお料理に使うんだろうなぁ。
どこも、お店に立つのはほとんどが男性で、買い物をしているのはほぼ女性だ。キャンディの街中から離れているだけあり、歩いていてもツーリストはおろか外国人自体見かけない。まさに地元の人たちの生活が垣間見られて、私にとっては願ったり叶ったり。途中、脇に入ったところに小さな市場も見つけた。
商店街の端まで行くと川が流れていた。隣町との境と思われる橋にしばしもたれかかり、往来を眺める。日本の中古車が活躍していて、日本語の企業名が入った小型トラックやバンが頻繁に通っていく。橋を渡ったところにあるバス停では学生たちが、次のバスが来るのを待っていた。たまに、車の流れが途切れたタイミングで、1台だけトゥクトゥクが走っていく光景は、なんとものどかだ。
しばらく佇んでから、宿へ戻ろうと腰をあげ、行きしなに気になった店頭で揚げ物をしているお店に寄ろう、と同じ道を引き返す。揚げ物を売っているお店が何軒かある中で、そこはとても回転がよさそうだったのだ。
お店の前まで行くと、やっぱり何かを揚げていた。揚がったものはそのままバットに並べてあって、中身を表示してあるものは何もない。とりあえず、フライヤーに入っているクロック・ムッシュのようなものが何か聞いてみると、フィッシュ・サンドイッチという。フィッシュ・サンドイッチ! 揚げたお魚を挟むんじゃなくて、お魚を挟んでそれごと揚げてるの?! それ斬新! と大いに興味を引かれたけれど、何せ疲れはマックス。かつて香港で、川魚の入ったお鍋にあたった(と思っている)経験があるので、どうしてもお魚には腰がひけてしまう。
一瞬心を動かされたものの、ベジタリアンはある? と聞くと、後ろにあった棒状のものを指された。うーーーん、なるべく揚げたてのものが食べたいけれど、でもここでダウンしたくないし、安全パイを取ろう、とそのベジタリアン・ロールをもらうことにした。
さっきのお店のベジタリアン・ロティは50ルピー。ここのが25ルピー。さっきのはパンチのある味でボリュームもあり、ひとつでお腹いっぱいになるガテン系。対してこちらは、晩ごはんのおかずになるお惣菜屋さんの揚げ物といったところか。私が待っている間にも、袋にいくつも入れてもらい買って帰る人がいた。
商店街の中では宿に近い方に、灯りのない、打ち立てただけといった木の壁に陳列台で、薄暗い八百屋さんが1軒あった。店頭では女性たちが野菜を見ていろいろと買い込んでいる。この商店街の中でも、もっとも商売っ気が薄いと感じられる八百屋さん。でも、ここで売られている野菜が、いちばんおいしそうに見えた。
宿に戻って少しお昼寝をした。お夕食の時間になり、テラスのテーブルに行くと、どうやら今夜ここでごはんを食べるのはひとりのようだ。虫除け用かお香が炊かれていて、あたりはとても静かだった。
すぐにひと皿目を、ワイルドな風貌のご主人が運んできてくれた。ロール状のクレープのようなもので、ロティという。こんがりとおいしそうな、きつね色よりも濃い茶色をしていた。食べてみると食感が軽やか。これ、小麦粉なのかなぁ? かといって、米粉ではなさそうだし……包まれているのは、生のタマネギとキュウリをヨーグルトで和えたもの。ほんの少し青唐辛子も入っていた。ものすごくシンプルなのに、やたらおいしかった。なんだろう? じんわりおいしい。頭の中に、これを食べさせてあげたい人の顔がぽっぽっぽっと浮かんだ。でもこれ、パリで食べても同じ味はしない気がするなぁ。すごく大切に食べたのに、あっという間に終わってしまい、もうひとつ食べたいよ、と心の中でつぶやいた。この味は忘れたくない、と思う味だったのだ。
続いて出てきたカレーも、お店では食べられなさそうな、見るからに優しそうな様相を呈していた。チキンにジャックフルーツ、ポテト、ダル。それぞれに味が違った。さまざまなスパイスの味が口の中に残っていく。オイル分がとても少ない。そして、ニンニクは使っていないんじゃないかなぁ。使っていたとしても、ほんの少しで後味として残る強さはなかった。だからか疲れていても、とても食べやすかった。お米と合わせて食べると、ふりかけごはんのように、いくらでも食べられそうだ。スパイスと煮汁の少しかかったごはんもまたおいしかった。スパイシーなのに、さらっと口から消えた。デザートは、ハチミツをかけたアイスクリーム。なんだかこれも懐かしい感じだよなぁ。
ごちそうさまを言いにキッチンの方へ行き、マダムのスージーに、ロティがとってもおいしかった!と伝え、あの粉は何を使っているの?と聞くと、“アタフラワー”という粉で、袋を見せてくれる。うーーーん、もし粉も買って帰るとしたら、荷物が重くなりそうだなぁと思いながら、袋の写真を撮らせてもらった。ハチミツがけアイスで締めくくられたごはんのあと、お腹の中ではスパイスを感じていた。
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専門店の逸品で、おうちディナー。「スリランカ式ブラックチキンカレー」
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仏歯寺と、マーケット散策。
DAY2
早朝、お経を唱える声で目が覚めた。まだ日の昇っていない、あたりが仄明るくなり始めたころ。来た時に通った道と、宿の反対側へ少し行ったところにお寺があるのを昨日見つけていた。おそらくそこから聞こえてくるのだろう。いい朝だなぁと、ベッドの中でうれしくなる。パリで私が住むアパートは、大きな教会のはす向かいにあり、朝8時に鐘が鳴る。だから私の朝は、鐘の音で始まる。ところ変わって、お経を唱える声の聞こえる朝は、お香の薫りまで、露をまとった光が運んできているような気がした。
テラスに行くと、前の晩に顔を合わせていたドイツ人カップルがすでに朝ごはんを食べ始めていた。挨拶を交わして、席につく。最初に買い食いをしたお店で、食パンがたくさん売られているのを見たけれど、この朝出てきたのは、イギリスパンのようなものだった。これが、とっても好みのタイプで、ちょっとびっくり。スリランカでパンに発見があるなんて思ってもいなかったから。ふわっとすると同時に少しカサカサした食感のイギリスパン風。ヨーグルトに添えられたカステラっぽいものも親しみのある味だ。
目玉焼きは塩胡椒で味付けしてあった。ケチャップもマヨネーズもなくて、塩胡椒の小瓶が置いてあるのでもなくて、「目玉焼きは塩胡椒で食べるものよ」とでも言うように始めから味付けしてあった。余計な味付けをする観念がない感じだよなぁ。でも、なによりおいしかったのは、紅茶だ。ティーバッグなのに香り高くて、渋みがなく、丸みがあって透き通ってる。そんな印象の紅茶だった。
名残惜しさを感じながらも、出発の準備をする。この夜は、キャンディの中心地に近い別の宿を予約していた。スージーが、いつも頼んでいるトゥクトゥクドライバーを呼び、私を次の宿に連れて行ってから、キャンディの中心地で降ろすように頼んでくれた。
次の宿Mount Havenに着くとすでにお部屋は用意されていて、荷を解くことができた。そのまま出かける支度をして、今夜はここでお夕食を食べることはできるかと聞いてみる。どうやら昨夜は大人数が泊まって、お母さんは疲れているらしい。「外で食べてきてくれると助かるわ」と言われた。このやり取り、好きだなぁ。こんなふうに力んでいないのっていいよなぁ、一気に気持ちが和んだよ。
待っていてもらったトゥクトゥクに乗り、キャンディの中心地にある仏歯寺へ向かった。
仏歯寺に奉納されている仏歯は、インドで仏陀が火葬された際に手に入れられたものといわれ、参拝者が絶えず訪れる神聖な場所。入場料を支払うところで靴を脱いで預け、そこからは裸足で廻る(靴下はOK)。天井や柱に施された装飾に目を奪われたまま、流れに沿って上階の間に行くと、そこはお参りする人々で埋め尽くされていた。そして、その場に身を置いた途端、なぜか、その空間と自分との間にどうしようもない距離があるのを感じた。本気の人がたくさんいるから余所者は来ても入る隙はないよ、というような。手持ち無沙汰な自分のその空間での異物感に、そりゃそうだよねぇ、とひとり納得しながら、すぐに退室した。
ひと通り見学をして、軒のあるところで休憩していると、私の様子を伺っているくりくりお目目の男の子に気づいた。どうもポップコーンをくれようとしているみたいだ。愛嬌のある表情にカメラを向けると、男前な笑顔で答えてくれた。パパとママの息子に注がれる愛情が、その数分でも十分に伝わってくるような親子。“スリランカはともかく人がいい”と聞いてはいたけれど、親切という前に、ひとに対してのバリアがない感じがする。
仏歯寺の正面には、コロニアル建築が印象的なクイーンズ・ホテルがででんと構えている。そこから繋がるアーケードを歩いていくと、ホテルのペイストリー・ショップがあるのを見つけ、入ることにした。年季の入った木のテーブルに、ベルベットの張られたベンチ型の椅子。明る過ぎない照明が、古きよき時代の雰囲気で、昭和の喫茶店を思わせた。ペイストリーは甘い物だけでなく、塩味系が半分以上を占める。それで、フィッシュロールとベジタリアン・パティに、スリランカン・ティーを注文。運ばれてきたお皿はホテルのロゴ付きで、ポットには茶葉の姿はなく、淹れた紅茶だけが入っていた。ここの紅茶もまた丸みを帯びた口当たりでおいしかった。
小腹を満たしたところで街歩きを開始。メインストリート、ダラダ・ウィーディヤにスーパーがあったので入ってみると、お米とお豆が量り売りで15種類もあって、使いやすい大きさと量でパックになった乾物もたくさん売っていた。有名紅茶ブランド・ムレスナのショップや、フードコートを覗きながら、キャンディ・マーケットに向かう。
常設の小売店が、中庭を配した建物にぐるっと軒を連ねていた。野菜や果物を見る限り、昨日の商店街の方が鮮度はぐんとよさそうだ。でも何軒かあった魚屋さんでは、フライにして食べたくなるような身に厚みのあるピンピンした鯵がたくさん売られていた。鯵はカレーにするのかしら?おが屑に入った卵や、段ボールのまま店頭に置かれたモルディブ・フィッシュ。食材の小売店はどこも量り売りで、パックに入ったものはない。
食料品だけではなくて、金物屋さんや衣料品店、カフェもある。カフェの入り口にあるガラスケースには、やはり食パンが積まれていた。食パン、どれくらい消費されてるんだろうなぁ。パリでクリニャンクールの蚤の市に行くと、古物の狭間にまるで置物のように座ってスドクを解いているムッシュが少なからずいるけれど、このマーケットでも、お店のデコレーションの一部を担っているような空気を纏ったおじちゃんたちが何人もいた。
キャンディの街は、コロニアル建築の名残が見られる建物の合間に、古い教会とモスクが混在している。小高い山の上に鎮座するホワイト・ブッダを見上げれば、手前に十字架、左を向くと赤と白が可愛らしいモスクが目に入る、という具合。そんなふうに歩き回っていたらおなかがすいた。今夜の宿も、行ってみたら街中ではないことが分かり、暗くなる前に宿へ戻りたかったから、早めのお夕飯を食べることにした。
歩き回っている最中に目星をつけたMidland Deliへ行く。小麦粉とココナッツのすり身、ココナッツオイルで作るゴーダンバ・ロティというクレープのような生地を細かく刻みながら野菜や卵と炒めるコットゥ・ロティを一度食べてみたくて、ここのメニューにそれを見つけていた。
注文してしばらくすると、カタカタカタカタと小刻みかつ勢いのある、切り刻む音が聞こえてきた。見た目は、幅広麺を刻んだもののようだ。だけれど、食べてみるともっとしっかりした生地で、ボリュームがある。キャベツとネギがたっぷり、基本は塩味で味付けはさっぱり。ただ、オーダーのときに「辛いのは大丈夫?」と聞かれて、大丈夫と答えたからか、結構な赤唐辛子が振ってあった。意外だったのは、グレービーソースが添えられて出てきたこと。これがスタンダードらしい。パンに続いてグレービーかぁ。こんなふうにイギリスを垣間見るなんて。「かけながら食べると断然おいしいよ!」と店員さんが勧めてくれた。当然かけたら全然別の味になる。塩焼きそばかソース焼きそばかっていうくらい。私は塩味派だな。焼きそばだったら、ソース派だけど。
おなかがいっぱいになって外に出ると、辺りは夕焼けで染まっていた。刻一刻と色を変えていく空を見上げながら、腹ごなし程度に歩き、メインストリートに着いたところでトゥクトゥクを拾って宿へ帰った。
※1スリランカルピー=約0.71円(2018年2月現在)
#02に続く
フードライター
1998年3月渡仏。ル・コルドン・ブルー・パリにて料理・製菓コースを修了。
台所に立つ時間がとても大事で、大切な人たちと食卓を囲むことをこよなく愛する。オペラ座でのバレエ鑑賞、朝の光とマルシェ、黄昏時にセーヌ川の橋から眺める風景、夜の灯りetc.。パリの魅力的な日常を、日々満喫。
Instagram:@mlleakiko、朝ごはんブログ「mes petits-déjeuners」も随時更新中。