歴史と自然と世界遺産。スペイン、イビサ島の思いがけない魅力を訪ねて。
Travel 2024.11.13
10月から春にかけて、イビサ島の有名なクラブはクローズしている。でも、目的がナイトクラビングでなければ、いつでも観光の楽しみが待つのがイビサ島だ。風光明媚といったらいささかありきたりの表現だけれど、それがここでは嘘偽りなし。
フラミンゴが遊ぶ塩田。海の恵みをお土産に
バレアレス海に囲まれた島。ターコイズブルーのグラデーションが美しい海に恵まれた砂のビーチが大小無数にある。観光客があふれる7~8月とは異なる、人もまばらな海岸は眺めも美しいし、美しい夕陽を眺めるのも楽しい。前回紹介した島の東南部に位置するホテルのモンテソル・エクスペリメンタルが属するグループは、ホテルより2~3年前にその南のパブリックビーチにエクスペリメンタル・ビーチ(現在閉店中、来春営業再開)というカフェバーをオープンした。夕方になると大勢がビーチに夕陽を眺めにやってくるサンセット・ビュー・ポイントのひとつである。日没の前や後に、カクテルを飲んだり、タパスをつまんだり......。
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町からここにくる途中、広大な塩田の眺めに圧倒される。夏場はピンクフラミンゴたちが大勢集まってくる光景が、なかなかの見ものだ。美しい海水を天日干しして作る塩はイビサのいちばんの名物。町のエピスリーや空港の売店で入手できるので、イビサ土産はこれでパーフェクト!
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港からダルト・ヴィラへ、歴史を遡る
イビサにヒッピーたちがアメリカやドイツなどから集まり始めたのは1960~70年代。これがきっかけとなって、それまで"忘れられていた島"だったのが観光地として栄えることになったのだ。そして有名なクラブ「Pacha(パチャ)」が1973年にオープンし、いま大勢が抱く島のイメージが確立されることに。港には親子のヒッピー像が立ち、この時代を象徴している。
港で見ることができるもうひとつの像はパイレーツ。いまでこそ観光船やフェリーが集まる静かな港だが、17世紀頃には海賊船が近くのトルコやアフリカなどからイビサまで多くやってきたという。これらは政府の認可を得て、敵国の商船を狙うオフィシャルなパイレーツたちのこと。16~18世紀、イビサを含めて地中海沿岸地方の人々には危険がつきものだったのだ。これもまた島の歴史を物語る像である。
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島の観光の中心地となるのが港に面したマリナ地区に続くダルト・ヴィラ(旧市街地)で、ここにはレストランやブティックが軒を連ねている。ハイシーズンには夜遅くまで人があふれ、島が持つ楽園的気分を満喫するのだ。深夜1時まで営業していてケイト・モスやシエナ・ミラーたちが買い物を楽しむという高級ブティックのAnnie's Ibizaは、買い物はしないにしても覗いてみるのもいいだろう。
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この旧市街地の上方にスペイン国王フェリペ2世が16世紀に建てたバスティードと呼ばれる要塞都市がいまも残されている。スペインの紋章を掲げたメインエントランスには外敵の侵入を防ぐための分厚く堅牢な扉が2つ続く。この2つ目の扉は建築当時のものだそうだ。入口を5カ所有するという城壁の長さは2km。そのところどころに大砲と弾薬倉庫が。また入り口のひとつは海に続くトンネルで、海から侵略してくるパイレーツから島を護る仕組みを施した技術に感心させられる。
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イビサの歴史を辿ると、紀元前7世紀にフェニキア人たちが住み始めたのが始まりとされている。その後、13世紀にスペイン王国領となるまでカルタゴ、ローマ帝国、イスラム諸国などが支配した。島の起源を語る中で、必ず登場するのが蛇やサソリから護ってくれる男神ベスの存在だ。ちなみに女神はタニットで彼女を祀る神殿も過去にはあったとか。フェニキア人が神ベスから名をもらい、島をイボシムとつけたとされる。その後ローマ人によりエボスゥスというラテン語となり、アラブ人が来てヤビサに。キリスト教徒が制服しカタロニア語でヤビサとなって......占領の歴史は建築物に形として残されているだけでなく、島名にも読み取れるのだ。現在島の公用語はカタロニア語なので、島はエビサと呼ばれている。イビサというのはスペイン語だ。
海が見わたせ、レストランやブティックそして一般住居やホテルが並ぶ城壁内。細くくねくねとした坂道が多いのもまた、敵の侵略から身を守るための策だった。丘の上の広場に面して立つのはサンタ・マリア大聖堂である。13世紀のゴシック建築で内部はバロック装飾という名所だ。その左側に考古学博物館があり、掲げられた看板に神ベスの顔を見ることができるので、見上げるのを忘れないように。
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島の北で、豊かな自然と可愛い小さな村を発見
島の南とは趣が異なる景色が待つのが北海岸地方である。エメラルド色の海水をたたえたビーチが続く。島そのものがユネスコの世界遺産に登録されているイビサ。自然遺産と文化遺産が共存する世界遺産である。ダルト・ヴィラで歴史と文化に触れたら、北上して島の自然に触れてみよう。野生のアスパラガスやいなご豆を歩きながらつまんだり、驚くべき例外的な樹木として政府が2003年に認定したイタリア・カサマツの姿に見惚れたり、太陽の下で頭をくっつけあってシエスタをする羊たちの愛らしい姿に微笑んで......。松と並んで島でよく見られるのは、針葉樹のジュニパーである。同じバレアレス諸島のミノルカ島では、これを香りづけに使ったジンの製造が盛んだけれどイビサでは、硬木であることを活用して過去には建築材として用いられたそうだ。
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美しい場所とあってホテルも多く、徒歩や自転車で散歩をする観光客の姿が見られる。中でも住民のほとんどがカタロニア人というSan Juan de Labritja(サン・ホアン・デ・ラブリチャ)という小さな村は、フランス人向けのガイド本によると、典型的なチャーミングな村として人気があるそうだ。18世紀の教会、民族衣装をつけた女性が看板の1939年創業の伝統的なレストラン「Vista Alegre」、昔ながらのタバコ屋やファーマシー.......特に何をするということもなく、歩いて村ののんびりとした雰囲気を味わおう。
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ここから少し西に行ったSant Miquel de Balansat(サンミケル・デ・バランサット)にも素晴らしい教会がある。17世紀に増築改装がなされたようだけれど、1501年に語られた歴史によると、ここはムーア人の迫害から女性や子どもを保護するために建てられた教会だという。スペイン内戦時には宗教画や彫像、アーカイブなどの所蔵品が全て破壊されてしまったという残念な事実も。身廊で見ることができるのは、数年前に再発見されたという19世紀に描かれた日常生活、海戦、聖餐式などの壁画。内容も興味深く、素朴なタッチに心が和む。
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最後になってしまったけれど、男神ベスだけでなくイビサの歴史に登場する豊穣を司るカルタゴの女神Tanit(タニット)も紹介しておこう。島の北部サン・ヴァンサン・ド・サン・カラの近くにあるカルタゴ人の聖地だったという洞窟Culleramは、彼女に捧げられたものだったそうだ。1907年に発見された際、洞窟の中で600体近い焼き物の像や1000点もの破片が見つかり、その多くがタニットを象ったものとされている。自然、歴史、文化の全てが集約されている洞窟では? たとえば陶器工房のAlfareria Sa Teuleraに行くとエントランスで堂々たる彼女の像に出迎えられる。タニットはいまでもイビサの"セレブリティ"なのだ。
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editing: Mariko Omura