19世紀末の高級衣食住にズームして楽しむJ・ティソ展。
Paris 2020.08.01
展覧会『ジェームズ・ティソ あいまいな現代性』はオルセー美術館で3月24日からの開催を前に準備はできていたものの、フランスでは外出制限期間が長く続き……。6月23日、まるで長い眠りから覚めたかのように、やっと展覧会が始まった。会期は9月13日まで延長されている。美術館再開を待ちながらこの展覧会について一度簡単な紹介をしたが、今回は会場の雰囲気、絵画の中へと入り込んでみよう。
再開したオルセー美術館。ジェームズ・ティソ展のポスターには、テムズ川での船遊びの光景を描いた作品『The Thames』(1876年)が使われている。photo : Mariko Omura
ジェームズ・ティソの作品がフランスと英国の19世紀末の贅沢なライフスタイルに興味を持つ人を惹きつけるのは、絵画そのものの美しさに留まらず、その中に描きこまれた細部が見逃せないこともある。彼の作品はときに写真的とも表現され、それゆえに当時の美術評論家からは高い評価が得られなかったのだが……。展覧会の最後、彼の世界に重なる3本の映画の抜粋を見ることができる。ジェーン・カンピオン監督の『ある貴婦人の肖像』、ジェイムズ・アイヴォリー監督の『ハワーズ・エンド』、そしてティソの『Too Early』(1873年)が壁に掛けられて登場するマーティン・スコセッシ監督の『エイジ・オブ・イノセンス/汚れなき情事』。これら映画の雰囲気が好みであれば、この展覧会も間違いなく楽しめるだろう。
パリでは1885年にプティ・パレで個展が開催された程度だが、それでも彼の作品に見覚えがあるという人がフランスに少なくないのは、「たとえばオルセー美術館の所蔵する『L.L.嬢の肖像』(1864年)が小説『ボヴァリー夫人』の文庫本のカバーに長いこと使われたこともあります。それにオルセー美術館が2012年に開催した『印象派とモード』展でも彼の作品の展示があり、またプティ・パレの『ロンドンの印象派』展では彼の作品に一室が割かれましたから」。オルセー美術館の学芸員でこの展覧会のキュレーターのひとりであるポール・ペランがこう説明する。
彼の作品の中でフランスでよく知られている作品『Portrait de Mlle L.L..(『L.L.嬢の肖像』)』(1864年)は、会場で多くの鑑賞者を集めている。© RMN-Grand Palais (Musée d'Orsay) / Hervé Lewandowski
久々に彼の作品がまとまって見られ、彼の人生も語られる今回の展覧会は、エドガー・ドガが描いたティソの肖像画(1867〜68年)からスタートする。日本のオブジェなどを背景に、ドガが当時仲良しだったティソを描いたものだ。画家というよりダンディ然と描かれ、しかもなにやら不安定なポーズ。ジャック=ジョゼフから英国的にジェームズと変名し、印象派をはじめ絵画における“イズム”も拒否した画家だったことなども含め、「あいまいな現代性」と展覧会がサブタイトルされる一カ所にとどまらない彼の姿勢がここに見られるのでは? 展示されている絵画は約60点。生地商の家庭に生まれ育ったティソに合わせ、パーテーションは天井から落ちる柔らかな布が壁代わりに使われている。テキスタイルは半透明で、目の前のテーマの後ろに次のテーマが見えるというあいまいさの演出にも役立っている。
こちらはティソによる自画像(1865年)。Etats-Unis, San Francisco, Fine Arts Museums of San Francisco Photo © Fine Arts museums of San Francisco
彼が画家として頭角を現した第二帝政期は、物質主義のブルジョア社会だった。ボードレールによって「モダンライフの画家」を称された彼の1860年代の作品に描かれている女性たちは豪奢に装い、そのドレスはシルエットのみならず生地、小物まで子細に再現されていて、さすが生地商の息子と感嘆させられる。彼女たちを配した情景からは優雅なライフスタイルが感じられ、ハイソサエティへの彼の憧憬の深さを思わずにはいられない。すみずみまでピンの合った絞り値の大きな写真のように描かれたティソの作品は全体を鑑賞した後、ぐっと近づいて描き込まれたディテールをひとつひとつ見てゆくのがおもしろい。これは作品のテーマも時代も関わりなく、彼の作品のほとんどについて言える。
左はオルセー美術館所蔵の『ふたりの姉妹』(1863年)。右は『エミリー・ガイヤールの4人の子ども』(1868年)。photo:Mariko Omura
『ふたりの姉妹』の部分。左の妹の白黒格子のレギンスや、右の姉のドレスのフリルや透け感などに目が引き寄せられる。photos:Mariko Omura
『Partie carrée』(1870年)。描かれている人物の装い、草上のクロスに並べられた食器や食べ物などティソが描くブルジョアたちのピクニックの光景は常に見どころにあふれている。photo:Mariko Omura
英国のラファエル前派を思わせる『春』(1865年)の部分。彼女たちの服、小物が気になる作品だ。photo:Mariko Omura
ジャポニスムがテーマのコーナー。photo:Mariko Omura
『日本の品々を見る若い娘たち』(1869年)。1864年にジャポニスム展がパリで開催された後、彼が作品に描きこむのは、想像ではなく自宅に集めた日本や中国のオブジェだった。photo:Mariko Omura
ティソの作品を語る時に必ず登場するのが、英国に移住して5年目の1876年に知り合ったキャスリーン・ニュートンだ。離婚経験があり子どももいる彼女とカソリック教徒の彼はひっそりと暮らし、広大な庭を持つ贅沢な邸宅でミューズの彼女をモデルに絵画を制作し続けた。見事なアーチ状の眉、少したれ目気味の彼女は彼に大きなインスピレーションを与えたのだが、1882年にその彼女は結核で他界してしまう。彼はロンドンでの暮らしを早々にたたみ、フランスへと戻る。その後にパリ芸術界への復帰を目論んで描かれたのが、同じフォーマット(145×100cm)の15点からなる『パリの女性』シリーズ。展覧会でもこのシリーズをまとめた展示のスペースが設けられている。ここではストリート、商店などさまざまなシーンにおける洗練された現代的なパリジェンヌたち描かれ、女性たちの装いから、インテリア、卓上……。1885年にパリで、1886年にロンドンで展覧会を開催して披露したものの、期待した芳しい評価は得られなかった。その後、彼はバイブルを作品の主題にし、かつて修道院だった建物で暮らすようになったそうだ。
ミューズ、キャスリーン・ニュートンを多数の作品で残したティソ。photos:Mariko Omura
『パリの女性』シリーズ。地方出身のマドモワゼル、ブライドメイド、ブティックの売り子、などと作品の女性たちにタイトルがつけられている。photo:Mariko Omura
『パリの女性』シリーズから、左は『パリで最も美しい女性』(1883〜1885年/Photo © Musées d'art et d'histoire, Ville de Genéve, photographe : Bettina Jacot-Descombes)、右は『女性アーティストたち』(1885年/Photo © Ed Pollard, Chrysler Museum of Art) 。
会期:6月23日〜9月13日
Musée d’Orsay
1, rue de la Légion d’Honneurs
75007 Paris
開)9時30分〜18時(火、水、金~日) 9時30分~21時45分(木)
休)月
料)14ユーロ 要予約
www.musee-orsay.fr
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réalisation : MARIKO OMURA