ロックダウン期間に生まれたふたつのアート展 501号室の謎。ソフィ・カルの『オルセーのファントム』展。

Paris 2022.04.14

オルセー美術館で異色の展覧会『ソフィ・カルとゲストのジャン=ポール・ドゥムル、オルセーのファントム』が始まった。この美術館で開催される展覧会は通常19世紀半ばから20世紀初頭にかけての美術が対象なのだが、これは現代アート展である。

そのガラス屋根や大時計に名残りが見られるように、オルセー美術館の建物はかつて駅舎だった。駅にはホテル「Hotel de la Gare(オテル・ドゥ・ラ・ガール)」という文字どおり“駅のホテル”も併設されてて、いま美術館内に見られる名残りは、レストラン、ボールルーム、セーヌ通り側の入り口の大階段である。美術館建築が始まる前、ホテルが放置された状態の1978年、ソフィ・カルはかつてのホテルの木の扉を押してみたところ、偶然にも扉は開き、その時から1979年にかけて彼女は無人のホテル内で何度も時間を過ごすことになるのだ。とりわけ501号室で。いまでこそ有名だが当時25歳、彼女が、アーティスト活動を始める直前のことである。荒廃したホテルに残されていた書類、請求書、オブジェ……集めたこれらの“発掘品”を長いこと、ブリキのトランクに入れて40年近く保存していたのだ。どう役立たせるかなど何も考えることなく。新型コロナ感染症予防のためのロックダウン中、閉鎖中の美術館を訪問する機会があった彼女。これが、過去に彼女がホテルで集めた品々を結びつけた今回の展覧会へと繋がったのである。

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左: 1979年、廃墟化したホテルの501号室で撮影されたソフィ。 右: 彼女が収集したホテルの部屋番号プレート。photos:(左)© Richard Baltauss 、(右)© François Deladerrière

展覧会の最初の部屋にはオテル・ドゥ・ラ・ガールの客室の壁紙が再現されている。その壁に展示されているのは、彼女が当時撮影したホテルの部屋、廊下などの写真、彼女が集めたホテルの帳簿、宿泊者カードなど。そのひとつひとつにゲストのジャン=ポール・ドゥムルが考古学者として未来時点からの想定解説を添えている。またホテルに放置されていた部屋の鍵、フォーク、ハサミなどのオブジェ類をおさめたガラスケース内、ひとつひとつに台座が与えられ、照明が当たり……これはマルセル・デュシャン流“レディメイド”の展示で、世間的には価値のないものに価値を与える試みだ。

ソフィーがひとつの額にまとめたのはムッシュー・ODDO(オド)なる人物宛のメッセージ類で、これは展覧会のハイライトともいえる。何でも屋らしき彼にどの部屋で何々を修繕するようにとホテルが指示するメモである。イタリア人移民と想像されるムッシュー・ODDOにソフィは魅惑されたのだが、あいにくとこの人物はホテルの従業員名簿にも存在が見つけられない……ファントム? 展覧会の2つ目の会場で、オドについての謎解きがある。

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左・中: ホテルの客室の壁紙を再現した第1室。ソフィが撮影したホテルの写真が並ぶ上には、ソフィがホテルで集めた客室番号のプレートが。 右: ソフィが持ち帰ったホテルのゲストカードから。右の1946年の宿泊者Muller(ローランス・ミュレール)は第2次大戦中ユダヤ人の子どもを助ける組織に属していた。戦時中、政府に徴発されていたホテルには生き延びたユダヤ人たちが集められてい歴史がここに浮かび上がる。photos:Mariko Omura

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ソフィが40年前にホテルから持ち帰った古いメーター、フォーク……世間には価値のないオブジェに価値を与える“レディメイド”。各オブジェの上に、考古学者ジャン=ポール・ドゥムルのコメントがさらに価値を添える。©️Sophie Crépy

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左: 美術館の建築に向けて建物内に自分の居場所がなくなると察知したソフィ・カルは、旧ホテル内に仲間を集めてパーティを催した。 右: ムッシュー・オドへのメッセージ類。
photos:Mariko Omura

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2つ目の部屋は雰囲気ががらりと変わる。閉鎖中の美術館の暗がりの中、懐中電灯を当てて撮影したオルセー美術館のスター作品の写真がひとつの長い壁を占めての展示だ。9つの作品すべてのタイトルを盛り込んだ、ソフィの文章が同じく壁に描かれている。「ムーラン・ドゥ・ラ・ギャレットでオランプと一緒に床削り職人と14歳の小さな踊り子たちは、ひなげし畑に星降る夜が訪れるまで世界の起源について語りながら、草上の昼食をとっている。ヴァンサンが眺めている」と。印象派画家のファンなら、これで9作品が想像できるのではないだろうか。

自分が過ごした501号室をホテルの図面に彼女が探したところ、この番号が見つけられない。しかし客室カードには501号室に宿泊していた客の記録が残されている。いったい501号室はどこへ? この展覧会のカタログのタイトルは『L’ascenseur occupe la 501』。エレベーターが501号室を占領、である。そう、かつて501号室があった場所にはエレベーターが設置されていたのだ。これがカタログのタイトルの由来である。ソフィ・カルらしく個人体験から始まる展覧会で、写真やオブジェなどを並置し、彼女自身によるテキストも……。なお文字要素の展示はすべてフランス語だが、入り口のQRコードを活用することによって英語で読むことができる。

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左: 第2室。外出制限期間中にソフィ・カルが撮影した美術館の名作9点。 右: そのうちの1点、エドゥアール・マネの『草上の昼食』。photos:© musée d’Orsay / Sophie Crépy 

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左: ホテルの図面には存在しない501号室だが、客室プレートもこの部屋の宿泊者カードもソフィは集めていた。 中: ソフィがホテルで集めた品々を40年近く収めていたトランク。写真内、階段の向かいにエレベーターが設置されたのが、かつてホテルの501号室があった場所だ。 右: 会場に展示されたカタログ。photos:Mariko Omura

オルセー美術館内、この会場の近くで5月8日まで『ジェイムス・マクニール・ホイッスラー』展が開催中だ。サブタイトルは“ニューヨークのフリック・コレクションからの傑作”とある。アッパーイーストサイドにある富豪の実業家ヘンリー・クレイ・フリックの邸宅が美術館となったフリック・コレクションは現在改装工事中なので、その間にオルセー美術館にホイッスラーの作品19点が貸与されたのだ。オルセー美術館所蔵の3作品も含めて合計22点の小規模な展覧会である。最近ではテレビのサスペンスシリーズ『The Undoing フレーザー家の秘密』でニコール・キッドマンが人目につかないように父親に会う場所として選ばれていたのが、このフリック・コレクションだった……というのは余談だが。

『Sophie Calle et son invité Jean-Paul Demoule. Les fantômes d’Orsay』
会期:開催中~2022年6月12日
Musée d’Orsay
1 Rue de la Légion d'Honneur, 75007
開)9:30~18:00(月、水、金~日) 9:30~21:45(木)
休)火
料:16ユーロ
www.musee-orsay.fr/fr

editing: Mariko Omura

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