メティエ・ダールが花開く、パリの商業空間 タイユヴァンの改装で目を引く、ふたつのメティエダール。

Paris 2022.06.30

先に紹介したアルページュの改装は内装についてシェフが主導した希なケースである。パリで高級なホテル、レストラン、ブティックがオープンあるいは改装という時、室内建築家、室内装飾家にに仕事が任されるのが通常だからだ。最近の傾向として、彼らはさまざまなメティエダールのアトリエとコラボレーションする。その行為は貴重なサヴォワールフェールの存続に役立ち、アルチザンたちの創造を支援することになる。ノーブルな素材を用いることに留まらず、機械では不可能な技をなす人間の手仕事とその実現にかかった膨大な時間が読み取れる内装は、現代のプレスティージュなのだ。

レ・カーヴ・ド・タイユヴァンがあるので日本でもその名を知られる、レストランの「Taillevent(タイユヴァン)」。1946年に8区にレストランが開店した建物は、かつてナポレオン3世の異父弟で、ドーヴィルを高級リゾート地として開発に貢献したモルニー伯爵のパリの邸宅だった。現在は2ツ星だが、パリのガストロノミー界の伝説であることに変わりはない。また、そのワインカーヴの見事さも語り継がれる存在である。そのタイユヴァンが昨年大々的な改装工事を行った。

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昨秋新装オープンしたTaillevent(タイユヴァン)。2階スペースへの優美な階段が時代を物語る。photos:Julie Limont

レストランのオーナーは、創業者のヴリナ・ファミリーから高級レストランを複数持つガルディニエ兄弟が率いるグループに2011年に変わった。そしてシェフには昨年にジュリアーノ・スペランディオが就任。改装にあたりガルディニエ兄弟が室内建築を託したのはヤン・モンフォールだ。彼は日本ではユーゴ&ヴィクトールの店舗を手がけている。タイユヴァンは2フロアからなり地上階はふたつのダイニングルーム、上のフロアは歴史的建造物に指定された個室で構成されている。素晴らしい歴史と過去の遺産を持つ空間だが、直線・直角が強い印象を残し、少々威圧的でどちらかというとマスキュリンな雰囲気だった。それをヤン・モンフォールは食事客が和やかな時間を過ごせる、丸みのあるフェミニンな雰囲気へと導いたのだ。改装に際して彼が声をかけたフランスのアート・アルチザンは、金箔の仕事をする「Atelier du Mur(アトリエ・デュ・ミュール)」のSolène Eloy(ソレーヌ・エロイ)と、ストロー・マルケトリー(截嵌細工)の「Ateliers Lison de Caunes(アトリエ・リゾン・ドゥ・コーヌ)」である。

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メインルームの「サル・ラムネ」。有名なボワズリーにソレーヌ・エロイがゴールドの銅箔を用い、植物モチーフのフレスコを筆で手描きした。photo:Julie Limont

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ソレーヌ・エロイのポエティックなフレスコに重なる、ほどよくモダンでアーティな照明はArt et Floritude(アール・エ・フロリテュード)による。photos:Julie Limont

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タイユヴァンで過去に食事をしたことがある人は、誰もがメインダイニングの壁の見事なボワズリーを料理とともに記憶しているはずだ。ソレーヌはその存在感のある細工を施したオーク材の木の壁に植物をモチーフにした金箔の壁画を施した。これによりボワズリーから重厚感が消え、軽やかなポエジーが感じられる。その壁に沿って配されたシートは波打つようにところどころカーブが設けられているので、一直線のシートが生む殺風景さがなく目に気持ちが良い。アトリエ・リゾン・ドゥ・コーヌは、曲線を描いたストリー・マルケトリーのついたてを製作。丸テーブルを囲むように配置され、インティメートな空間をエレガントに作り上げている。

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アトリエ・リゾン・ドゥ・コーヌによるストリー・マルケトリーの仕切りが、レストランに優しさと輝きをもたらしている。photos:Gaelle le Boulicaut

インターナショナルな製作活動に忙しいソレーヌ・エロイとリゾン・ドゥ・コーヌだが、パリ市内、タイユヴァン以外でもいくつか彼女たちの仕事に触れることができる場所があるのだ。それぞれのメティエダールに親しむことのできるアクセスしやすいパリのアドレスを紹介しておこう。

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Solène Eloy - Atelier du Mur(ソレーヌ・エロイ - アトリエ・デュ・ミュール)

ソレーヌ・エロイはパリの応用芸術&メティダールの高等学校で4年、フレスコとモザイクを学んでいる。彼女が2010年に設立したアトリエ・デュ・ミュールは、その名前が表すように壁(ミュール)の仕事をする。金や銅などの金属箔を用いて、具象あるいは抽象のモチーフを壁や天井に描くのだ。テクニック的にはフレスコ画のように、とても古く、彼女は自分をアーティスト・アルチザンと表現する。

ゴールドの輝きを神秘的に天井にいかした装飾を彼女がつくりあげたのはアンヴァリッドの「Café de l’Esplanade(カフェ・ドゥ・レスプラナド)」。スターシェフのギヨーム・サンシェーズによる9区のレストラン「NESO(ネゾ)」では、窓からの光が美しく照らす時代がかった金箔の壁が美しい。彼女のインスタグラムでしか見ることができないが、個人宅や弁護士事務所の待合室といった仕事も手がけている。

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左:ソレーヌ・エロイ。 タイユヴァンでの仕事の前で。 右:Café de l’Esplanadeの小サロン内の天井。ゴールドの銅箔で植物のモチーフを。photos:Gaelle le Boulicault

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ギヨーム・サンシェーズのレストランNESO(3, rue Papillon 75009 Paris)にミステリアスな壁をクリエイト。

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左: “隕石のグラデーション” 作業中のソレーヌ。 右: 壁紙のカプセルコレクションも発表した。www.atelierdumur.fr @soleneely_atelierdumur

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Ateliers Lison de Caunes(アトリエ・リゾン・ドゥ・コーヌ)

アトリエ・リゾン・ドゥ・コーヌの名前は知らなくても、シャンゼリゼ大通りのゲラン本店の2階でストロー・マルトリーの壁に目をとめた人もいることだろう。光線を放つようなストロー・マルケトリーの壁に、メゾンの伝統的なビー・ボトルがまるで希少なオブジェのように展示されているのを。地上階の創業時代の内装に気を取られて見損なっている人は、次回ぜひ2階へ。屏風式のドアのアールデコ調のマルケトリーも素晴らしい。

ストロー・マルケトリーの第一人者といえるのが、アトリエ創始者のリゾン・ドゥ・コーヌ。パリの装飾美術館に家具が展示されている20世紀前半に活躍した室内装飾家&家具デザイナーのアンドレ・グローを祖父に持つ彼女は、幼い時から職人仕事の世界が身近にあった。ストロー・マルケトリーの修復からスタートした彼女。彼女個人としてオブジェをクリエイトし、ピーター・マリノやジャック・ガルシアといった著名な建築家たちとはアトリエ・リゾン・ドゥ・コーヌとして商業空間、個人宅のためのインターナショナルな創作活動にと多忙である。

最近アトリエが手がけたのは8区にオープンしたブルガリ ホテル内、アパルトマンスタイルの広いスイートルームだ。楕円の食卓を囲んでカーブを描く三方の壁にストロー・マルケトリーでアールデコモチーフを幾何学的に描いた。マルケトリーはエレガントな輝きを空間に与え、ユニークな贅沢感が漂っている。またカルティエのフォーブル・サントノレ通りのブティックの壁の仕事も、実に見事だ。エントランスそしてVIPルームに施されたストローのマルケトリーには、おなじみのジュエリーボックスを想起させる赤が用いられている。ブティックに入ると買い物に夢中になってしまうかもしれないが、まずは店内で目を周囲に向けて贅を尽くした空間を眺めてみよう。

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ブルガリ ホテルのスイートルーム。ストローの輝きが見事なマルケトリーは、宿泊客だけの目にしか触れないのがちょっと残念だ。photos:Gaelle le Boulicaut

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写真はゲラン本店の2階。シャンンゼリゼ68番地、創業者一家が上に暮らしていた建物の1階と2階がブティック、3階はスパになっている。photos:Monolo Yllera

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左: カルティエのVIPルームには、パンサーが遊ぶ色鮮やかなストロー・マルケトリーを。 右: 6区にアトリエを構えるリゾン・ドゥ・コーヌ。photo:(右)Philippe Chancel www.lisondecaunes.com/en @atelierlisondecaunes

editing: Mariko Omura

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