パリの賃貸アパルトマン不足が深刻化。観光都市が直面する問題とは。
Paris 2025.08.24
暮らしが消えていく、観光都市の賃貸住宅危機。
9月は新学年が始まるフランスの年度初めの月。大学生活を始めるなど、新しい希望を胸にフランス各地や国外から多くの人がパリに移り住む。この時期の賃貸市場は一年で最もホットで、熾烈な競争を勝ち抜かないと住まいが見つからないことで知られていた。
1階に商店、2階以上に住宅やオフィスが入る典型的なパリの街並み(パリ8区)。左奥にはオペラ座ガルニエ宮の屋根が見える。
「内見に行ったら6階まで階段にずらりと100人以上が並んでいたので諦めた」「シェア相手が出ていくため同居人募集を出したら1時間で何百人も応募が来て捌ききれず削除」「ネットでは埒が明かず、不動産屋に行っても給与明細や保証人の書類を出さなければ物件情報すら教えてもらえない」――こうした話は毎年この時期に聞かれる"季節の話題"だった。
パリの通りでは「A louer(貸します)」や、写真のように「A vendre(売ります)」といった看板が窓辺に掲げられるのが一般的。しかし7月、「貸します」という看板はまったく見つからなかった。
ところが近年、パリの賃貸住宅事情は以前とは次元の違う危機的状況に直面している。「ル・モンド」紙は2ページにわたる特集「パリの賃貸アパルトマン不足が深刻化」で、さまざまな数字を挙げながら理由を分析している。
「ル・モンド」紙2025年6月20日付の記事では賃貸住宅危機を2ページにわたって分析。1950年代からの人口と物件数の推移をさまざまな角度で示す図解から、その深刻さがひと目でわかる。photography: ©Le Monde
1982年から2021年の間に、民間の家具なし賃貸住宅は53万戸強から35万戸強へと減少。別の調査ではこの10年で年平均8,000戸ずつ失われているという数字もある。一方、パリの住宅数自体は着実に増加し、2020年には140万戸に達したという。
なぜ賃貸が減ったのか。1980年代から住宅購入者が増え、銀行や保険会社が不動産を売却し賃貸ビジネスから撤退。また2010年頃からはAirbnb型の短期賃貸が急増し、現在は5万件にのぼる。収益性の高さから一般賃貸よりも魅力的で、観光都市パリの賃貸ストックを吸い上げている。パリ五輪直後の2024年8月には、市内の短期賃貸物件が98,000件に達した。
パリ3区の不動産店のウィンドーにも「売ります」の情報だけで、賃貸物件の店頭POPは一切ない。
一方で空き家も増えている。2011年から2020年の間に空き家率は14%から19%に上昇し、現在は26万戸超。外国人富裕層や地方在住者のセカンドハウスもあるが、賃貸可能な熱効率評価になるようリフォームが必要で、費用はオーナーの負担となる。さらに、家賃の急騰を抑える家賃規制により工事費用の回収も難しい。こうした悪循環が賃貸市場の硬直化を招いている。
実際、パリの人口は1954年の284万人から、2025年現在は205万人と減り続けている。コロナ禍以降田舎に家を買い、生活拠点を移した人の話もよく聞く。この先のパリは学生や子育て世代などが暮らしの場として選べる街であり続けられるのか。それとも観光客ばかりが行き交う「博物館都市」へ変貌を続けていくのか。パリを愛する者なら、後者にならないことを祈るばかりだろう。
ライター、コーディネーター、通訳。パリ郊外サンジェルマン⹀アン⹀レイ暮らし。郊外の賃貸危機はパリほど深刻でなく、「A louer」の看板をいまも窓辺に見かける。
*「フィガロジャポン」2025年10月号より抜粋
text: Izumi Fily-Oshima