パリジャン御用達の老舗百貨店が一変。ファストファッション参入の影響は?
Paris 2025.12.25
老舗百貨店の危機を招く、ウルトラファストファッション。
パリ市庁舎の向かいに立つBHV(バザール・ドゥ・ロテル・ドゥ・ヴィル)は、1856年創業、DIYとライフスタイルのアドレスとしてパリジャンに愛されてきた老舗百貨店。だが、いまここを訪れる人は閑散とした店内の様子に驚かされることだろう。パリを代表する老舗に、大きな逆風が吹いている。

左:BHVの外観はシーイン一色に。 右:オープン日には百貨店をぐるりと警察が囲み、ものものしい雰囲気に。

開店日に配られたシーイン反対のビラ。緑はエコロジストによるもの、赤は社会党の次期パリ市長候補エマニュエル・グレゴワールが発信する反対署名の呼びかけ。この呼びかけには現在4600余り、また同様のchange.org上の呼びかけには約13万8000の署名が。
BHVは1990年代からギャラリー・ラファイエット・グループの傘下に入り、ファッションにも力を入れてきた。2023年に若手実業家フレデリック・メルランが商業権を買収、さらに預金供託金庫の協力を得て建物も含めた全面買収を目指していた。ところが25年10月1日、メルラン社長が「シーインの世界初の実店舗をBHVにオープン」を発表すると大きな反発が起こったのだ。「劣悪な労働環境で使い捨てファッションを大量生産し、環境を破壊」という批判に加え、少女姿のセックスドール販売が発覚してマーケットプレイスを閉鎖させられたばかりのシーイン。オープンのニュースを受けて、10月8日には預金供託金庫が交渉を打ち切り、23日にはディズニーランドがクリスマス特設コーナーとウィンドウの契約解除を発表した。

BHVとシーインのトップの2ショットを大きく掲げたBHVエントランス。シーイン開店を午後に控えた11月5日の朝、パリ市市議らがマイクを握って反対スピーチを展開。
それだけではない。「シーインを迎えるBHVは私たちの価値観に反する」として人気ビューティブランドAIMEが商品の引き上げを発表。11月5日の売り場オープンを前にシーイン会長とメルラン社長の2ショットが高々と外観を飾ると、デザイナーのアニエス・トゥルブレもラジオのインタビューで「私はいい素材で長く着られる服が好き。シーインはその正反対。アニエス・べーはメンズ館から1月に撤退します」と発言した。マージュやサンドロなどのパリジェンヌ御用達ブランドが次々と姿を消し、ビューティエリアではシャネル、ディオール、ゲランのビッグネームが店じまい、と撤退ブランドが後を絶たない状況だ。

オープンから10日ほど経ち、すでに熱狂が去った売り場。
「開店5日で5万人が来店」とメルラン社長がSNSに投稿した熱狂も束の間、「オンラインより値段が高い」とシーインに期待外れの声が上がり、「売り場に商品がない」と従来の顧客の足も遠のくばかり。オープンから2週間経ったシーインの売り場には、レジ待ちの列さえない。
ライフスタイル部門を縮小してイメージの一新を計ってきたBHVだが、2年前から複数の出店ブランドが支払い滞納を指摘していたという。若手経営者がカンフル剤と見込んだシーイン効果は、逆に老舗のイメージとパリジャンの信頼を失墜させる結果になった。パリジャンが愛してきたBHVは、危機を乗り越えることができるだろうか。
2017年より「フィガロジャポン」のパリ支局長。パリに住み始めた頃に食器や家具、大工道具を求めて通ったBHVの姿を懐かしむ。
*「フィガロジャポン」2026年2月号より抜粋
photography & text: Masae Takata(Paris Office)






