ウェス・アンダーソンが再現したジョゼフ・コーネルのアトリエ、道ゆく人へにアートの贈り物。
Paris 2025.12.29
ヴァンドーム広場とチュイルリー公園を結ぶカスティリヨーヌ通りの9番地、アートギャラリーのGagosian(ガゴジアン)がある。ここは横に広がるガラス張りのスペースで、前を歩く人は通りすがりに外から展示を鑑賞できるのが魅力の場所である。いまその中で開催されているのは『The House on Utopia Parkway / Joseph Cornell's Studio Re-Created by Wes Anderson』。ジョゼフ・コーネルの個展が開催されるのはパリでは40年ぶりとのことだが、今回の企画は単に彼の作品を並べるというのではなく、映画監督ウェス・アンダーソンがNY市の一番東に位置するクイーンズ区のジョゼフ・コーネル(1903~1972年)アトリエをパリに再構築!というものだ。タイトルにあるユートピア・パークウエイは、コーネルが1929年から亡くなるまで暮らした家のある通りの名前である。その家の地下のアトリエに引きこもって、彼は有名なシャドーボックスやコラージュといったクリエイティブワークに励んでいたのだ。

ジョゼフ・コーネルが仕事をしていたユートピア・パークウェイの家のアトリエがパリに! © 2025 The Joseph and Robert Cornell Memorial Foundation/Licensed by VAGA at Artists Rights Society (ARS), New York, photography: Thomas Lannes, Courtesy Gagosian

展示されている15のシャドーボックスから、Joseph Cornell『Untitled(Medici Series, Pinturicchio Boy)』(1950年ごろ)。ボックスのサイズは40×30.5×10.2cm。

ジョゼフ・コーネルが亡くなる1年前に撮影された彼のアトリエ。コラージュやアッサンブラージュのための、彼が呼ぶところの"部品"を収めた靴箱が並ぶ棚。この棚の再現も見ることができる。photography: © Harry Roseman
ウェス・アンダーソンがジャスパー・シャープとともにキュレーションを担当したこの展覧会、ユニークなことにギャラリー中には誰も入れないのだ。ギャラリーそのものがコーネルのアトリエを収めたボックスといった仕掛け。外から見るだけ!という展示法である。これはセキュリティゆえの方策にしても、通行人の誰もが平等に受け取れるガゴジアンからの素敵なクリスマス・ギフトでは? ちなみにコーネルは12月24日生まれである。
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絵画や彫刻など学んだこともない独学のアーティストであるジョゼフ・コーネル。絵葉書や古書の切抜き、絵画の複製、骨董オブジェなどによるアサンブラージュの木箱の作品で知られるアーティストだ。その彼が1939年から1955年まで制作した15点のボックスが、ギャラリー内で外に向かって低い位置に展示されている。シャープによると、コーネルが自分の仕事のファンとして一番好んだのは子どもだったそうで、なるほどギャラリーの前を通る子供の目の高さに並べているのである。おまけのエピソードだが、この展覧会のオープニングに招かれたゲストには、彼がかつて子どもたちにしたようにチェリーコークとチョコレートブラウニーが配られるということだった。

1972年に撮影されたジョセフ・コーネル。photography: ©Duande Michals Courtesy of DC Moore Gallery, New York
コーネルはパリが大好きだったという。アメリカから出たことがない彼だが、初めて出会った時から最高の友達となったマルセル・デュシャンとの会話から、パリの中を共に散歩するような気分を得て、また絵葉書を眺めて想像力を膨らませて、とパリにはとても詳しかったそうだ。展示作品の中には有名なディジョンの辛子のボトルが収められた『Chambre gothique ''Moutarde Dijon』(1950年)がみられる。また意外に思えるかもしれないが、彼はバレエに魅了されていた。ダンスのエキスパートとして専門雑誌に記事を書いたりしていたほどだ。展示されている『マリー・タリオニのジュエリーボックス』(1941年)と題されたボックスがある。マリー・タリオニはロマンティクバレエ・ダンサーで、1832年にパリ・オペラ座で初演の『ラ・シルフィード』において初めてポワントで踊ったダンサーである。このボックスは彼女がある時語った物語にインスパイアされたものだ。また、ロマンティックバレエをテーマにしたボックスも彼はいくつか制作している。『Blério II』(1956年)はドーバー海峡を自作の飛行機で初横断したフランスの飛行士に捧げるボックスである。

アトリエ内は薄暗い照明。夜、一人で作業をしていたコーネルの気配が感じられる? © 2025 The Joseph and Robert Cornell Memorial Foundation/Licensed by VAGA at Artists Rights Society (ARS), New York, photography: Thomas Lannes, Courtesy Gagosian

展示から、左:マルセル・デュシャン夫妻が所有していたという、昔の薬局の棚にインスピレーションを得たJoseph Cornell 『Pharmacy』(1943 年)。© 2025 The Joseph and Robert Cornell Memorial Foundation/Licensed by VAGA at Artists Rights Society (ARS), New York. photography: Dominique Uldry 右:ディジョンの辛子の壺! Joseph Cornell『Chambre Gothique "Moutarde Dijon"』(1950年)。 © 2025 The Joseph and Robert Cornell Memorial Foundation/Licensed by VAGA at Artists Rights Society (ARS), New York, Courtesy Michael Rosenfeld Gallery and Gagosian
書店や図書館での発見したイメージからインスピレーションを得たボックスも少なくない。John Heyが描いた16世紀のフランスで王室に生まれたシュザンヌ・ドゥ・ブルボンの肖像画に、彼女の人生を想像して生まれた『Flemish Princess』(1950年)、15世紀末にPinturicchioによって描かれた少年の肖像画を再解釈した『untitled(Pinturicchio Boy)』(1950年)、ルーヴルに所蔵されてているワトーが描いたピエロへのオマージュである『Dressing Room for Gille』(1938年)......。

展示から、左:ルーヴル所蔵のワトーの『ピエロ』(1718〜19年)にインスパイアされた、Joseph Cornell『A Dressing Room for Gille』(1939年)。このピエロがジルとも呼ばれることからのタイトルだ, © 2025 The Joseph and Robert Cornell Memorial Foundation/Licensed by VAGA at Artists Rights Society (ARS), New York, photography: Owen Conway, Courtesy Gagosian 右:Joseph Cornell『Flemish Princess』(1950年ごろ)。 © 2025 The Joseph and Robert Cornell Memorial Foundation/Licensed by VAGA at Artists Rights Society (ARS), New York, Courtesy Michael Rosenfeld Gallery and Gagosian
1つ1つのボックスに込められたコーネルの内なる世界。その中に入ると、時空を超えた旅ができるのだ。ボックスの後方に広がる再現されたアトリエ内も、コラージュも含めて300点近い彼のパーソナルオブジェクトが展示されているのでじっくりと鑑賞したい。右端に見られるのは、まだ未完成のボックスだ。左奥の棚に並ぶボックスには彼が拾い集めたオブジェが貝殻、絵葉書などアイテムごとに整理されている。また別の棚に積まれているのは、16mmフィルムのリール。来年1~2月、彼が撮影した短編映画がニューヨークのMOMAで上映される予定だ。

アトリエ内部の再現。© 2025 The Joseph and Robert Cornell Memorial Foundation/Licensed by VAGA at Artists Rights Society (ARS), New York, photography: Thomas Lannes, Courtesy Gagosian
ところで、なぜウェス・アンダーソンが? 彼は1997年にコーネルの回顧展を見て以来、彼の仕事を敬愛している。二人の世界には物を集めることとミニチュアへの偏愛という共通項があるのだ。現在ロンドンのデザイン・ミュージアムで『ウェス・アンダーソン、アーカイブス』展が開催されていて、そこでは彼の映画『グランド・ブダペスト・ホテル』の建物にインスパイアを与えたコーネルのボックス『Rose Castle』(1945年)も展示されているとか。さて、ユートピア・パークウェイのアトリエをアンダーソンも訪問したのだろうか。これまでジョン・レノン、スーザン・ソンタグ、サイ・トゥオンブリー、ビリー・ワイルダー、ロバート・ラウシェンバーグなどアーティストを始め、様々な分野の著名人が訪問している。一般人に門が開かれる場所ではないので、このガゴジアンの展示で訪問した気分も味わってみようか。

左:ウェス・アンダーソン。 右:1969年に撮影されたニューヨーク市クイーンズ区ユートピア・パークウェイ37〜38番地の自宅。© 1991 Hans Namuth Estate, Courtesy Center for Creative Photography, University of Arizona
開催中~2026年3月14日
Gagosian
9, rue de Castiglione
75001 Paris
https://gagosian.com/
@gagosian
★Google Map
editing: Mariko Omura






