ミリアム・ウルド=ブラーム、『マノン』の後は『ジゼル』でアデュー。

12月にオペラ・バスティーユで公演のあった『くるみ割り人形』でミリアム・ウルド=ブラームはゲネプロは無事に果たしたものの、自身の本公演初日の直前に体調を崩してしまい踊らず仕舞いとなってしまった。彼女がクララ役を踊るのは2009年12月以来とあって、大勢が楽しみにしていたのだが......。入団以来、愛らしくフレッシュな容貌を保っているミリアム。パリ・オペラ座来日公演の『マノン』で、日本の観客も改めてその魅力にぐいと引き込まれることだろう。今年1月14日に42歳の誕生日を迎えた彼女。5月18日のアデュー公演まで残り少なくなっている。

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ミリアム・ウルド=ブラーム。photo:James Bort/ Onp

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数カ月後にパリ・オペラ座にアデュー。そのエトワールの心境は?

「自分のキャリアを全うし、オペラ座に別れを告げられることにとても満足しています。長いこと踊り続けてきた身体は痛みを抱えているので、最後まで踊り続けるというのは簡単なことじゃないの。だからアデュー公演まで残り5カ月というのは、実にぴったりという良い時期です。42歳半。定年がこれ以上先だったらもう無理、というタイミングです」

男女とも42歳が定年のパリ・オペラ座でエトワールにはアデュー公演を行う、行わないというチョイスが任されている。また演目も自分で希望できる。彼女が選んだのは『ジゼル』だ。シーズン2023/24のプログラム構成のため、演目が決定されたのは3年前のことだ。

「当時の芸術監督だったオーレリー(・デュポン)と相談の結果です。私の最初の提案は『ジュエルズ』の"ダイヤモンド"でした。もう一度これを踊りたいと思ったので。で、『ジゼル』は第2希望でした。オーレリーから"ダイヤモンドは良いセレクションだけど、『ジゼル』は2幕ものでステージ上のスターは自分だけ......"というように強く勧められて、それでこちらに決めました。なぜ『ジゼル』かというと、これはロマンティック・バレエ作品の最高傑作だから。『ラ・シルフィード』を日本で踊って、優秀なロマンティク・ダンサーとして私は認められたということもあって......。『ジゼル』というロマンティック・バレエでキャリアを終えるのは私には意味のあることなんです。こうした作品では膝下の仕事、上半身の使い方といった私のパーソナルタッチを見せることができるので、観客の目に私がダンサーとして残したいイメージを残すことができます」

彼女の前に引退したエトワールはアリス・ルナヴァンである。2022年5月のアデュー公演(注:2023年に『ボレロ』でやり直し)にアリスが選んだ演目は『ジゼル』。あいにくと第2幕の途中、膝の怪我で降板となったことはまだ大勢の記憶に新しい。その翌晩に舞台を控えていたミリアムは幸いにもこの瞬間に立ち会わずに済んだのだが、動揺させられた出来事である。今年の頭に彼女はジョゼ・マルティネス芸術監督に演目の変更の可能性を尋ねたのだが、「それは不可能でした。彼から、これは君のレパートリーなのだから心配ないよ、と。確かにアリスはそれまで、こうした古典を踊ったことがなかったこともあったのでしょう。いずれにしても、起きる時は起きるもの。バレエは生きた芸術です。何もかもコントロールはできないのよね」

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『ジゼル』。2022年5月の公演ではジェルマン・ルーヴェがパートナーだった。

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クラシック・バレエの卓越したダンサーのイメージを残すべく、『ジゼル』でアデュー公演を行うミリアム。パリ・オペラ座のダンサーたちの中で最も理想的な足の持ち主とされる彼女の、美しいダンスが観客の記憶に焼きつくだろう。

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アデュー公演はポール・マルクがパートナー。

5月2日からオペラ・ガルニエで始まる『ジゼル』で、彼女はポール・マルクと踊ることが発表された。4公演をふたりは踊り、最後の回となる5月18日がミリアムのアデュー公演である。

「『ジゼル』は彼とはカザフスタンでオペラ座のバージョンではないけれど、一緒に踊っています。2019年2月の『白鳥の湖』も彼とでした。その時彼は初役だったと思います。1カ月以上彼とともに稽古をしましたが、とても快適に仕事ができて幸せでした。彼と踊った時に、とても強く興味深いものをステージ上で感じました。とても誠実な人物。私はとても好きです。彼ってダンサーの鏡のようで、まだ若い彼の今後はとても楽しみ。古い世代と新しい世代によるアデュー公演というのは、そこには継承の意味もあって良いと思います」

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久々の『くるみ割り人形』の降板が惜しまれたミリアム。

「『くるみ割り人形』を踊るための身体は問題なかったのだけど、コロナウイルスだったのか何かのウイルスか、とにかく体調を崩して疲労困憊してしまって......。過去にはノロウイルスの時も踊ったというのに、今回はまったく無理がきかなくなって。ゲネプロがとてもうまくいっただけに、本当に残念でした。クララ役をエリザベット・モーランと再び仕事ができたし、パートナーのジェルマンとも良い関係が作れて、徐々にひとつひとつを積み上げていって準備万端だったのですけど。稽古の期間は毎日幸せの連続でした。この作品はエトワールに任命される前に踊っていて、それをキャリアの最後に再び踊る、という点で私には大切な作品でした。エトワールとしてキャリアの最後まで務め上げるというのが、私には大事なこと。エトワールというタイトルを得るのはご存知のように簡単ではありません。でも、そのタイトルにふさわしいダンサーであり続けることはそれ以上に難しい。レベルを保つというのは本当に大変なことなんです。怪我に見舞われようと、私生活で何が起ころうと最後までエトワールという栄誉ある肩書きにふさわしいダンサーであらねば、と私は考えていて、そういう点で『くるみ割り人形』を踊ることが大切だったのだけど......」

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エトワール任命まで7年間のプルミエール・ダンスーズ時代。

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ミリアムがエトワールに任命された『La fille mal gardée( リーズの結婚)』。彼女は配役されていないが、今シーズンは3月15日からオペラ・ガルニエで公演がある。

彼女がエトワールに任命されたのは2012年である。それまでどのようなコースをたどってきたダンサーかというと、彼女はパリ・オペラ座バレエ団の学校で3年学び、1999年に入団。2001年にコリフェに上がり、2002年にスジェに上がり、カルポー賞を受賞。そして2005年にプルミエール・ダンスーズに。アロップ賞もこの年の受賞で、と、とても順調だったのだが......。

「プルミエールに上がったのは、ドロテ・ジルベールと同じ時です。この昇級についてはコンクールの審査員たちが私はこのタイトルに値する、と上の反対を押し切ってくれたのだと後で知りました。決定権を握る人物の気に入られないとカンパニーにおいてアーティストのキャリアを築くのは難しい。当時マニュエル・ルグリ(元エトワール、現ミラノ・スカラ座バレエ団芸術監督)から、"君は誰の援助も必要なしに、自分自身の力で到達することができるよ"と励まされましたけど、実際私は自分自身の仕事によってエトワールまで至ることができました。プルミエールの7年間のうち最初の5年間は、マニュエル・ティボー(元スジェ)と一緒に外部の公演に多数参加。私たちふたりとも、オペラ座であまり配役されてなかったので......。ガラ公演で世界一周をしたってくらい、たくさんの土地で踊りました。まだ子どももいない時期で、疲れたけれど楽しかった」

毎回が主役の代役。きちんと役作りができるほど十分な稽古ではないまま、時に代役として舞台に出てゆかざるを得ないこともあったそうだ。2007年に初めて『くるみ割り人形』を踊った時も、そうだったと振り返る。こんな感じにプルミエール・ダンスーズとして最初の5年間があり、最後の2年間はオペラ座から心身ともに距離を置いて過ごした。先のことに自分の姿を投影することなく、その分私生活の充実を図ることに......。

「この間、ロイヤル・バレエに移籍することも考えましたよ。でも私生活がパリで築かれてきていて......私の支えとなる家族と離れる難しさ、それに勇気もありませんでした。思いもかけないことに、2012年6月18日に『リーズの結婚』で任命されたんです。何も期待していず、もう自分のキャリアは終わりだと思っていた時期のこと。その時23歳だから、まだ若いのに、と思うかもしれないけれど、それまでがすごく順調だったので......。任命は『リーズの結婚』の私の3回目の公演の晩でした。この作品は踊るのが複雑なバレエで、私は自分の踊りがちょっとぎこちない、って感じてたんです。その晩見に来る予定の母に"今晩それほど良いステージができると思わないから、ほかの晩に見に来て"って言っていたくらいで、まったく期待していませんでした。もちろん噂ひとつ立っておらず、この任命には本当にびっくりしました」

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東京での2公演が『マノン』の踊り納めに。

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『マノン』第1幕、出会いのパ・ド・ドゥ。ミリアムは昨シーズン『マノン』をマチュー・ガニオをパートナーに初役で踊った。photo:Svetlana Loboff/ OnP

オペラ座バレエ団のレパートリー中、クラシック作品の踊りたい作品は全て踊ったと語るミリアム。女性エトワールの多くが踊りたいと夢見る『椿姫』のマルグリット役も『オネーギン』のタチアナ役も彼女は踊っていない。

「これらの役に私は自分を見いだせないので、踊りたいとは思わないんです。ヌレエフ の『ロミオとジュリエット』のジュリエットのように、私に多くをもたらした役をオペラ座内外でたくさん踊れていて、これだけでも幸運ですよね。前シーズンは『白鳥の湖』も再び踊れました。多くのことを自分自身に課すことにはなったけれど、41歳でこれを踊れたのは幸せなことでした」

確かに『椿姫』では蠱惑的なオランピア役が彼女には似合っていたし、『オネーギン』では文学少女タチアナよりお茶目で愛らしい妹オルガのほうが彼女のイメージに合っていると言えるだろう。昨年彼女が初役で踊った『マノン』のヒロインに、定年近いことを忘れさせる無垢な少女の雰囲気を漂わせるファムファタルにミリアムのその可憐さが見事に重なり、感動的な舞台を見せた。どんな役作りをしたのだろうか。

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ガラで踊られることの多い寝室のパ・ド・ドゥ。物語の流れの中で見ると、愛し合うふたりの喜びがより強く感じられるだろう。photo:Svetlana Loboff/ OnP

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第2幕のパ・ド・ドゥ。マノンがつけているブレスレットに注目を。photo:Svetlana Loboff/ OnP

「こうした作品では、私は自分の目の前のパートナーとの関わりで徐々に役柄に入ってゆきます。昨年6月のオペラ座の『マノン』は初役で、私のパートナー、デ・グリュー役はマチュー・ガニオでした。マノンという女性は幸せを満喫したいと願っている女性。悪意はなく、ただ人生を謳歌したい、とだけ......。兄に強いられるのでそれに従うけれど、自分がしてることが何かということについてあまり深く考えません。デ・グリューとの愛は不可能。そうわかっているので彼女なりの解決策を見つけてるのですね。私はこの役を演じる際に何か特別なことをしようと躍起になることはなく、不潔さを感じさせず、自然に振る舞うようにしました。音楽に浸り、目の前のパートナーの瞳を見つめ......。この瞬間に自然に演技が生まれるのです。いずれにしても、"私のマノン"は幸せで輝いているという女性。もちろんそれができなくなるところまでですが。『ロミオとジュリエット』や『くるみ割り人形』もそうだけど、この作品の音楽もとても素晴らしい。音楽は私にはとても大切な要素なんです。たとえば『マイヤリング』ですが私はあの音楽が好きになれず、あの役には自分を見いだせません」

女性ダンサーたちが踊りたいと願うマリー役に興味を示さないミリアム。彼女が踊りたいと夢見るのは『白鳥の湖』のようなアカデミックな作品なのだという。実は『マノン』についても、すごく踊りたいと願っていた作品ではなかったと明かす。もっとも踊った結果、今回の来日ツアーで彼女は『白鳥の湖』か『マノン』かの選択を前に後者を選んでいる。

「昨シーズンこの作品を初役で踊って、大きな満足がありました。マノン役は絶対にマチュー(・ガニオ)と踊りたいと希望したんです。というのも彼はこの役に理想的なダンサーですから。彼とはこれまで一緒に踊る機会があまりありませんでした。彼と踊りたがる女性ダンサーがたくさんいるので......。『マノン』を彼と踊って、すぐにふたりの間には繋がりが生まれました。純真な彼を前にすると、何も探ることなく私はとても自然にマノンになれました。彼の前に"私のマノン"'がいるという感じに。パートナーの選択は間違っていませんでしたけど、彼と踊れるのは東京での2回だけとわずかです」

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第3幕、沼地のパ・ド・ドゥ。photo:Svetlana Loboff/ OnP

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全幕の最後に至って踊られることで意味を持つパ・ド・ドゥなので、ガラでは決して踊られることがない。photo:Svetlana Loboff/ OnP

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5月19日からはオペラ座に通わない毎日。どんな暮らしが待ってるのだろう。

夫は今年スジェにあがったミカエル・ラフォンで、彼女は9歳と4歳の男子のママである。インスタグラムのストーリーズで彼女はファミリーライフをアップしていて、最近は一家でスキーを楽しんだ様子も。エトワールという重任を背負う女性ではなく、家族を大切にする一女性の姿が見られる。入団以来変わらぬフレッシュな魅力の秘訣について尋ねたところ、"家庭生活の歓びゆえ"と即答するだけのことはある。

「いつかは野菜も自分で栽培したいって思っているくらい、私はお料理をするのが大好きなんです。クスクスなど、私が作るのはとても健全な料理。オリーブオイルをいつも使っています。オペラ座にゆく前に市場で買い物をして......」

次男はダンス好きでいつも踊っているけれど、長男はまったくダンスに関心を持っていないそうだ。彼女のクオリティであるしなやかなつま先の持ち主は長男の方なのだけれど、と少し残念そう。アデュー公演の後は家族とこれまで以上に一緒の時間を過ごすことになるだろうが、エトワールとしていったいどのように仕事と私生活のバランスをとっているのだろう。

「最初の子どもができたところで、私はコンテンポラリーを作品を踊るのをやめ、クラシック作品だけに絞ってもらいました。コンテンポラリー作品は稽古時間が長く、また公演時も毎晩のようにオペラ座にいる必要がありますから。おかげで、私の生活のバランスをとることができているんです。子どもを学校に迎えにゆくこともでき、一緒に時間を過ごすことができて。この特権には感謝しています。出産前にはマクレガーやフォーサイスといったコンテンポラリーも踊っています。良い経験だったけれど、もともと私はコンテンポラリー作品の基準に合うダンサーではないので......」

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『ドン・キホーテ』より。パリ・オペラ座のヌレエフによる古典大作はすべて主役を踊っている。photo:Svetlana Loboff/ OnP

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任命前のプルミエール・ダンスールだったマルク・モローがパートナーだった昨シーズンの『白鳥の湖』。photo:Yonathan Kellerman/ OnP

さて、引退後彼女はどのような暮らしを夢見ているのだろうか。ダンスを続けるのだろうか。

「家族というのはエトワールの肩書き同様に、キープするのは簡単なことではないの。彼らとより時間を共にするのは確かなことだわ。私、素晴らしい夫と2人の子どもがいて、健康でエトワールで......幸運なことね。ここまで至れるって思っていなかったので、いま、後悔のないように存分に味わっているところ。東京で『マノン』の2公演、『ジゼル』が4公演、そしてオペラ座の仕事で南米のフランス領ギアナにミカエルと行って2回踊るの......つまり残りは合計8公演となりますね。私、とても自然にキャリアを終えられるような気がしています」

引退したらステージで踊ることはしない、と決めている。年頭に声がかかった夏のガラには参加するけれど、もしいま声がかかったら断っていたと思うと語った。自分はひとつのサイクルを終えるのだから、後は次世代の素晴らしいダンサーたちに任せたいというのが彼女の考えだ。

「これからの人生、たとえばアート史に興味もあるし、したいことがまだたくさんあるのでそれを次々と発見してゆきたいの。オペラ座で過ごした時間が長かったので、引退後は世界を広げてゆきたい。継承の仕事が好きで、実は3年前からオペラ座の仕事と並行して講習会や個人レッスンなどを行っています。若いダンサーを指導してる時って、自分がバーにいる時と同じくらい幸せを感じます」

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白く長いロマンティック・チュチュが似合う、美しいつま先の持ち主のミリアムである。昨年、ラデュレがパリ・オペラ座とコラボレーションした『ラ・シルフィード』の限定ボックスのプロモーションに彼女が選ばれた。©️Icerneau-LaduréexOpéra

editing: Mariko Omura

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