パリ・オペラ座、コール・ド・バレエの昇級コンクールが戻ってきた!
パリとバレエとオペラ座と 2025.11.07
世界中のバレエカンパニーの中で、昇級コンクールが行われるのはパリ・オペラ座バレエ団だけ。1860年からの伝統である。バンジャマン・ミルピエが芸術監督に就任した時、その仕組みに疑問を抱いた彼はコンクールをなくしたかったのだけれど、それに対して団員たちが反対しコンクールは維持されたという。2022年12月に就任したジョゼ・マルティネス芸術監督は、2023年度のコンクールはスジェからプルミエへの昇級だけは任命方式というソフトな試みを行った。2024年度は団員たちの希望から、カドリーユからコリフェへの昇級だけのコンクールとなり、コリフェからスジェへ、スジェからプルミエへの昇級が任命式に。そして今シーズン、団員たちが希望したのは昔ながらの昇級コンクールだった。

コンクール開催日、観光客をシャットアウトしたガルニエ宮は緊張した雰囲気に包まれる。ステージ前に一列に横並びした審査員を前に、ピアノの伴奏に合わせコンクール参加者はパフォーマンスを披露。通常の活動も審査対象にはなるが、コンクール当日の出来が昇級の可能性を大きく左右するのは確かである。開催スタート直前まで、ステージで稽古をするダンサーも。photography:Mariko Omura
そして、11月3日と4日にほぼ従来の方法でのコンクールが開催された。ほぼ、というのは大きな違いがひとつもたらされたからだ。これまで課題曲はクラシック作品1つだったところ、今回は3種からの選択でクラシック作品だけではなく、ネオ・クラシック作品、コンテンポラリー作品が含まれている。最近のバレエ団内ははっきりとではないが、なんとなくクラシック組とコンテンポラリー組に分かれている。クラシックの課題曲だけでは、コンテンポラリー作品に多く配されるダンサーたちの昇級の可能性は低い。その問題を解決する手段なのだろう。パリ・オペラ座バレエ団というのはクラシックバレエのカンパニーであることを思うと、これにはなんとなくモヤモヤ感がないでもないのだが......。
コール・ド・バレエの全階級が参加するコンクールとなった今回、コリフェの空席は女性2席、男性3席。スジェの空席は女性2席、男性2席あった。プルミエール・ダンスーズの空席は2席。昇級者は来年1月1日から新たな階級に上がる。なお現在プルミエ・ダンスールは9名いて空席がないため、今回はスジェの男性のコンクールは行われなかった。男性スジェ16名の中にはロレンツォ・レッリやアレクサンドル・ボカラといった逸材がいるだけにコンクールで彼らのパフォーマンスを見てみたかったのだが......。来年に期待したい、と言いたいところだが、現プルミエ・ダンスール9名は皆定年42歳には程遠い。この中からエトワールに誰かが任命されれば、プルミエ・ダンスールの席が空くのだが、どうなるだろうか。
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<カドリーユからコリフェへ>
⚫︎男性昇級3名(参加者12名)
課題曲:『眠れる森の美女』(ルドルフ・ヌレエフ版)第2幕よりプリンスの第1ヴァリアッション、または『オネーギン』(ジョン・クランコ振付)第2幕よりレンスキーのヴァリアッション、または『ボディ&ソウル』(クリスタル・パイト振付)よりユーゴ・マルシャンのソロ

左から、シェール・ワグマン(2024年入団)、ナタン・ビソン(2018年入団)、ルー・マルコー=ドゥルアール(2018年入団)photography: Julien Benhamou/ OnP
1. Shale Wagman(シェール・ワグマン)
課題曲:『眠れる森の美女』
自由曲:ローラン・プティ『オペラ座の怪人』

photography: Maria Helena Buckley/ OnP
2. Nathan Bisson(ナタン・ビソン)
課題曲:『眠れる森の美女』
自由曲:ジョン・ノイマイヤー『Spring and Fall』

photography: Maria Helena Buckley/ OnP
3. Loup Marcault-Derouard(ルー・マルコー=ドゥルアール)
課題曲:『ボディ&ソウル』
自由曲:イリ・キリアン『Gods and Dogs』よりIdanのファーストソロ

photography: Maria Helena Buckley/ OnP
⚫︎女性昇級2名(参加者16名)
課題曲:『ラ・バヤデール』(ルドルフ・ヌレエフ版)第2幕よりガムザッティのヴァリアッション、または『ジゼル』(ジャン・コラリ、ジュール・ペロー版)第1幕よりジゼルのヴァリアッション、または『シーニュ』(カロリーヌ・カールソン振付)より第2タブロー"Loire du matin"のソロ

左からリー・イェウン(2024年入団)、ソフィア・ロゾリーニ(2015年入団)photography: Julien Benhamou/ OnP
1. Yeeun Lee(リー・イェウン)
課題曲:『ラ・バヤデール』
自由曲:ピエール・ラコット『パキータ』から結婚式のパ・ド・ドゥのヴァリアッション

photography: Maria Helena Buckley/ OnP
2. Sophia Rosolini(ソフィア・ロゾリーニ)
課題曲:『シーニュ』
自由曲:ジョージ・バランシン『Who Cares?』

photography: Maria Helena Buckley/ OnP
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<コリフェからスジェへ>
⚫︎男性昇級2名(参加者12名)
課題曲:『白の組曲』(セルジュ・リファール振付)よりマズルカ、または『シルヴィア』(マニュエル・ルグリ振付)第2幕よりアミンタのヴァリアッション、または『ヴァスラフ』(ジョン・ノイマイヤー振付)

左から、エンゾ・ソガール(2020年入団)、ケイタ・ベラリ(2020年入団)photography: Julien Benhamou/ OnP
1. Enzo Saugar(エンゾ・ソガール)
課題曲:『シルヴィア』
自由曲:ルドルフ・ヌレエフ『ライモンダ』より第3幕 ジャン・ドゥ・ブリエンヌのヴァリアッション

photography: Maria Helena Buckley/ OnP
2. Keita Bellali(ケイタ・ベラリ)
課題曲:『ヴァスラフ』
自由曲:ルドルフ・ヌレエフ『眠れる森の美女』より第3幕 デジレ王子のヴァリアッション

photography: Maria Helena Buckley/ OnP
⚫︎女性昇級2名(参加者7名)
課題曲:『シルヴィア パ・ド・ドゥ』 ジョージ・バランシン振付)、または『白の組曲』(セルジュ・リファール振付)よりセレナード、または『ヴァスラフ』(ジョン・ノイマイヤー振付)

左から、アポリーヌ・アンクティル(2019年入団)、ユン・セーホー(2017年入団)photography: Julien Benhamou/ OnP
1. Apolline Anquetil(アポリーヌ・アンクティル)
課題曲:『シルヴィア パ・ド・ドゥ』
自由曲:ローラン・プティ『ノートル・ダム・ドゥ・パリ』よりエスメラルダのヴァリアッション

photography: Maria Helena Buckley/ OnP
2. Seehoo Yun(ユン・セーホー)
課題曲:『シルヴィア パ・ド・ドゥ』
自由曲:ジョージ・バランシン『Who Cares?』

photography: Maria Helena Buckley/ OnP
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<スジェからプルミエールへ>
⚫︎昇級2名(参加者13名)
課題曲:『白の組曲』(セルジュ・リファール振付)よりLa cigarette、または『くるみ割り人形』(ジョン・ノイマイヤー版)第2幕よりルイーズのヴァリアッション、または『春の祭典』(モーリス・ベジャール振付)の女性ソロ

左から、ビアンカ・スクダモア(2017年入団)、クララ・ムセーニュ(2020年入団)。photography: Julien Benhamou/ OnP
1. Bianca Scudamore(ビアンカ・スクダモア)
課題曲:『白の組曲』
自由曲:ジェローム・ロビンス『Others Dances』ファースト・ヴァリアッション

photography: Maria Helena Buckley/ OnP
2. Clara Mousseigne(クララ・ムセーニュ)
課題曲:『白の組曲』
課題曲:ピエール・ラコット『パキータ』よりグラン・パのヴァリアッション

photography: Maria Helena Buckley/ OnP
課題曲が3作品からの選択。これによって、ここのところコンクールに参加していなかったダンサーが戻ってきた。そして、新しい仕組みを活用してコンテンポラリー作品を課題曲に選んだルー・マルコー=ドゥルアールとソフィア・ロゾリーニがともにカドリーユからコリフェに昇級といううれしい結果となった。パリ・オペラ座バレエ学校出身のルーは、その優れた身体能力と柔軟性を生かした彼ならではの動きで振り付け家を魅了し、観客席を沸かし、いまのオペラ座におけるコンテンポラリー作品には欠かせないダンサーである。ソフィア・ロゾリーニはイタリア出身。ミラノ・スカラ座バレエ学校に学んだ後プロダンサーとして活動し、2015年にパリ・オペラ座に入団以来、シディ・ラルビ・シェルカウイ『Exposure』、クリスタル・パイト『The Seasons' Canon』、マッツ・エク『ボレロ』、アレクサンダー・エクマン『Play』など書ききれないほど多数のコンテンポラリー作品のクリエイションに参加している。途中出産で休んでいた時期があるようだが、10年目の昇級によって、今後よりスポットが彼女に当たることを期待したい。
スジェに上がったエンゾ・ソガールとケイタ・ベラリは共に2020年の入団だ。エンゾは2024年からコリフェで、ケイタは前回のコンクールの結果コリフェに上がっている。今回はふたりともが自由曲にヌレエフ作品を選んでスジェに昇級というのは、カンパニーの未来には頼もしい限りだ。このまま成長を続ければ、そう遠くない将来にプリンス役を踊る日がふたりに来ることだろうと思わせるコンクールの出来栄えだった。エンゾは日頃の"アクの強さ"を封印し、得意のテクニックを披露しつつノーブルに踊っていた。ケイタは参加者12名中、課題曲にノイマイヤーの『ヴァスラフ』を選んだ唯一のダンサーである。日頃クラシック作品で見せる脚と爪先の優美な仕事は自由曲で見せることにし、課題曲では表現力の豊かさを見せることにしたのだろう。日々の公演では披露できる機会がないものを選んだふたりの作戦は、見事な成果を収めたと言える。今回コール・ド・バレエのダンサーたちがコンクール開催を希望したのも、コンクールにおける大きな可能性に気付いたからであろう。任命制だと配役されない限り自分の仕事を上層部にアピールするチャンスはなく、また良い配役を得られているにしてもダンサーとしての幅の広さを見せるのは難しい。コンクール参加者は昇級できなかったダンサーも含め、自分がどのようなダンサーであるかをカンパニー上層部に示す機会となり満足しているのではないだろうか。
今回、韓国出身の女性ダンサー2名が昇級した。コリフェに上がったイェウンは昨年の入団、スジェに上がったセーホーは2015年から2年の契約団員を経て2017年に入団。入団したてのイェウンはこれまで舞台で目立つ活躍はしていないが、コンクールでは軽やかで高い飛翔と爪先の仕事の美しさで、その名を印象付ける堂々たるパフォーマンスを見せた。セーホーは契約団員時代から、クラシック作品にもコンテンポラリー作品にも配役されている。ふたりともパリ・オペラ座のバレエ学校で学んでいないのは、同国出身の先輩パク・セウン(エトワール)とカン・ホユン(プルミエール・ダンスーズ)同様だ。なおシェール・ワグマンもソフィア・ロゾリーニもオペラ座バレエ学校の出身ではない。昇級者11名中4名というパーセンテージの高さは、いささか驚きである。
パリ・オペラ座バレエ団の長年のファンを喜ばせた今回のコンクールの結果は、なんと言ってもビアンカ・スクダモアの昇級だろう。2017年に入団した彼女は、2018年にコリフェ、2019年にスジェに上がっている。踊りながら見せる愛らしい笑顔がトレードマークで、エトワール候補として彼女がプルミエールに昇級するのを待つ声は絶えず......やっと今回それが実現したのだ。課題曲では滑らかなステップで音楽と対話するようなパフォーマンスを披露し、自由曲ではステップごとにステージ上にポエジーを振りまいた。一時期実力を発揮できる配役に恵まれていなかった感じがなくもなかった彼女だが、この勢いでオペラ座のピラミッドの頂点へ進んでほしいものだ。

コンクール参加者たちは日常の公演を行いながら、コンクールで踊る2作品を準備する。今年はオペラ・ガルニエで『ジゼル』、オペラ・バスティーユでトリプルビルの『Racine』の公演があった。写真は1位でプルミエール・ダンスーズに上がったビアンカ・スクダモア。『ジゼル』で収穫のパ・ド・ドゥを踊った(パートナーはニコラ・ディ・ヴィコ/スジェ)。photography: Maria Helena Buckley/ OnP

スジェに上がったエンゾ・ソガール。彼はトリプルビルの『Corybantic Games』の第2配役で踊りながら、コンクールの稽古を(後方はロレンツォ・レッリ/スジェ)。photography:Maria Helena Buckley/ OnP

スジェに上がったユン・セーホーは、トリプルビル『ラプソディー』の公演がコンクール準備と重なった。photography:Maria Helena Buckley/ OnP

コリフェに上がったルー・マルコー=ドゥルアールは、9月末から10月初旬は『レッド・カーペット』のアメリカツアーに参加していた。photography:Julien Benhamou/ OnP
審査員長
アレクサンダー・ネーフ(パリ・オペラ座総裁)
審査員
ジョゼ・マルティネス(パリ・オペラ座バレエ団芸術監督)
サブリナ・マレム(芸術監督付バレエ・ミストレス)
ティエリー・マランダン(振付家、CCN-マランダン・ビアリッツ・バレエ団監督)
ベアト・ヴォラック(国立キャピトル歌劇場監督)
シャルロット・シャプリエ(バレエ・ミストレス)
ベアトリス・マルテル (バレエ・ミストレス)
グレゴリー・ガイヤール(バレエ・マスター)
<代理> リヨネル・ドラノエ(バレエ・マスター)
くじ引きにより選出されたバレエ団員審査員
ロクサーヌ・ストヤノフ、ジャック・ガストフ、アンドレア・サーリ、サラ・コヤ=ダヤノヴァ、リディ・ヴァレイユ、マチュー・ボト、ニコラウス・チュドラン
<代理> ブルーエン・バティストーニ、ギヨーム・ディオップ、ジャン=バティスト・シャヴィニエ、アクセル・イボ
editing: Mariko Omura







