ガラス作家、ジャムメーカー、建築家のクリエイティブなセッション「JAM IN GLASS」。
デザイン・ジャーナル 2024.06.25
ストックホルムを拠点とするガラス作家、山野アンダーソン陽子。ロンドンのジャムメーカー、リリー・オブライエン。都内で古い家屋を蘇らせながらさまざまな文化的発信を行っている建築家の岡村俊輔。3名のコラボレーションとなる展示、イベントが、今週6月27日(木)より開催されます。
photography: Yurika Kono
会場は都内の2カ所です。「JAM IN GLASS Shop」は「などや代々木上原」にて、7月3日(水)まで。もうひとつの「JAM IN GLASS Scene」は「などや島津山」にて、6月30日(日)までの開催です。
企画、キュレーションは、以前から3名を知る竹形尚子さん。
「山野さんに最初に会ったのは彼女が拠点としているストックホルムで、14年前のことでした。リリーは2019年です。彼女がつくるジャムを以前から味わってはいたのですが、日本に滞在していたリリーに会うことができました。リリーとの出会いももとをたどると山野さんを介して出会った方とのご縁からでした」
リリー・オブライエン。ジャムが並ぶロンドンのショップで。
London Borough of Jamで販売されているジャム。色とりどりのラベルも美しい。
オーストラリアに生まれ育ち、現在はロンドンに暮らすリリー。人気レストラン、セント・ジョンのペストリーシェフを経てジャムメーカーとなり、ジャムブランド「London Borough of Jam」として販売しています。2013年にはロンドンにショップもオープン。意外性のあるスパイスやハーブの組み合わせも彼女のジャムの特色ですが、本人がまず、さまざまな出会いを楽しんでいる人物のよう。竹形さんの言葉からもその様子がうかがえます。
「日本での宿泊場所を探していると聞き、海外からのゲストを招くことが多かった当時の私の家に滞在してもらいました。リリーはフットワーク軽くあちこち旅をしては我が家に戻ってきて、その数週間、いろんな話をすることができたんです。ほかではしていないそうですが、このときは手に入る日本の旬の果実でジャムをつくるワークショップを東京で開催していたので、私も参加しました。
ロンドンの小さなショップでは、製品となるジャムの販売はもちろん、時おり気ままにジャムをつくって販売していたりもします。またそのショップの空間は、不要になったものや廃棄された物を多様してつくられています。彼女に会ってみて、大切にしたいことのために無駄のない生活をし、環境にも心を配りながら生活している姿が伝わってきました」
会話を楽しむなかで竹形さんの頭にあったのは、山野さんのガラスの器だったそう。「ジャムとガラスのプロジェクトをしたいと考えて、すぐに連絡しました」プロジェクトが動きだした瞬間です。
工房での山野アンダーソン陽子。photography: ©︎Sambe Masahiro
デザイン・ジャーナルでは以前にもご紹介。記事はこちら。
吹きガラスでつくられる山野さんのガラス器の愛用者であり、ストックホルムの工房にも訪ねている竹形さん。山野作品の魅力である「クリアーガラス」に対する本人のこだわりにも、リリーとの接点を感じたといいます。
ガラスの基本となるクリアーガラスは厚みの美しさはもちろん、「万が一つくりまちがえたり気に入らなかったとしても、溶かし直しができる」(山野さん)。割れてしまっても再びガラスにすることができるという想いが一貫して大事にされています。
2019年の会話から4年、ついにコラボレーションの実現となる今回、「プロジェクトの実現を楽しみにしていました」と山野さん。「私のガラス器を購入してくれているイギリスのレストランの方々をはじめ、友人たちにもリリーを知っている人々がいて、どこか自分に近いものを感じていたこともあります」
photography: Yurika Kono
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「JAM IN GLASS」とは別のプロジェクトになりますが、山野さんの世界をお伝えしたく、本人発案となるもうひとつの展覧会をあわせて紹介します。広島市現代美術館、東京オペラシティ アートギャラリーでの開催に続いて、今夏、熊本市現代美術館で開催される展覧会『ガラスの器と静物画 山野アンダーソン陽子と18人の画家』です。
プロジェクトに招いた18名のアーティストに「描いてみたいガラス食器」をことばで表現してもらい、それらにこたえる形で吹きガラスの技法でさまざまな食器が制作されました。
18作家は完成したガラス器を目にして絵画を描き、さらに写真家の三部正博さんが各作家のアトリエを訪ねて大判カメラでガラス器や静物画を撮影。それらの絵画や写真は須山悠里さんがデザインを手がけたアートブックに丁寧に編まれるという、たくさんの人々との関係のうえで実現された、山野さんならではの興味深いプロジェクトです。
東京オペラシティ アートギャラリーでの会場風景。会場によって展示構成や空間演出が異なることも本展の醍醐味。photography: Masahiro Sambe
「JAM IN GLASS」もまた、3人の対話に満ちたプロジェクト。山野さんが語ってくれました。
「自分の制作にはないものがリリーのジャムづくりにはあって、そこがおもしろい。季節感のあるなかで制作に向き合っているのが良いなあと。私も気候を意識することはありますが、植物を扱う制作ではありません。JAM IN GLASSでは、自分がつくるクリアーガラスのなかに季節が入る、ということを楽しみにしていました。
リリーについては、世界を旅し、そのときどきの空気感を受けとめ、柔軟性をもって生きているという印象を受けます。その点にひかれることも今回のコラボレーションに私が興味をもった理由でした。建築家の岡村さんも、出会った物を生かして場をつくっている。循環、という観点からもリリーと共通するものを感じています」
などや島津山。数年後にはとり壊される予定の民家をオルタナティブスペースに改装する「などや」は岡村さんがテクニカルディレクターの遠藤 豊さんと立ちあげたプロジェクト。photography: Yurika Kono
建築家の岡村俊輔。
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「JAM IN GLASS Shop」(などや代々木上原)では、山野さんがこのために制作した、一点一点異なるガラスの器から選んで、ジャムを入れて購入できます。リリーが日本に到着してからつくるジャムの味わいはどんなでしょう。想像しただけでわくわくしてきます。
「JAM IN GLASS Scene」(などや島津山)では、この場を訪ねた際のインスピレーションから制作された、ガラス作品のインスタレーション。空間にあわせた大きな作品も披露され、こちらでも作品を購入できます。山野さんはこの場の印象をもとに短編小説を執筆してもいて、小説をふまえた世界が、建築家の岡村さんとともに表現されます。
「......雨の日に出かけなくて済んだ私は、引き続き雨を楽しむはずだった。」(短編小説「JAM IN GLASS」山野アンダーソン陽子 著)から)photography: Yurika Kono
「山野さんの工房で制作風景を見せてもらったとき、ガラスの制作は熱と時間との闘いであることを知りました」そう語ってくれたのは竹形さん。
「溶けたガラスの塊は重く、高温で容赦なく変化する。それに呼吸を合わせて挑み、瞬間に形をつくる姿に圧倒されてしまいました。結果として毎日気持ちよく使うことのできる食器がつくられていく。すごいことだと思います」
リリーのジャムのためにつくられる蓋つき器も気になります。「そのままテーブルに出し、食べる分のジャムを蓋にのせて使ってもらうこともできます。クリアーガラスの良さは中が見えること。リリーのジャムがきちんと目にできることを大切にしました」と山野さん。
前述した短編小説にも、クリアーガラスに関する印象的な情景が描かれていました。
「......雨が強くなって窓や室内に置かれたクリアーガラスに溜まる光が落ち着いて、輪郭に影が残る。外出しなくていい日の雨はなぜこんなにも美しいのかしら。」(「JAM IN GLASS」山野アンダーソン陽子 著)
photography: Yurika Kono
「整いすぎる器は長く使っていくなかで飽きてしまうので、どこか愛嬌のあるほうがいいなあと。ガラスの形はガラスが動きたいからで、その姿を修正はせず、なるようになるといつも考えています。コントロールフリークにならない潔さをガラスから学んでいます」
つくるものの違いを超えてリリーや岡村さんにも共通するところなのかもしれません。
ガラスとジャム、ガラスと歴史を刻んできた建築空間など、さまざまな関係の響き合いがあって初めてかたちになる、今回のプロジェクト。クリエイティブなセッションからのみ生まれ出る世界は、どこまでも躍動感に包まれています。そして、みずみずしい空気にも満ちて。竹形さんや山野さんから「日常の風景にある幸せの形」とのことばもお聞きでき、さらに心がはずむ思いがしました。
「JAM IN GLASS Shop」
会期:2024年6月27日(木)〜7月3日(水)
会場:などや代々木上原
東京都渋谷区西原3-19-3
営)12:00〜19:00(最終日は17:00まで)
「JAM IN GLASS Scene」
会期:2024年6月27日(木)〜6月30日(日)
会場:などや島津山
東京都品川区東五反田 3-7-15
営)12:00〜19:00(6月28日は13:00〜17:00)
*イベントなどの様子はSNSで随時紹介されます。
IG: @jam.in.glass
文中で触れた『ガラスの器と静物画 山野アンダーソン陽子と18人の画家』は、
2024年7月13日(土)〜 9月23日(月)、熊本市現代美術館
詳細は、 https://www.camk.jp/exhibition/glass-tableware-in-still-life/
text: Noriko Kawakami
Noriko Kawakami
ジャーナリスト
デザイン誌「AXIS」編集部を経て独立。デザイン、アートを中心に取材、執筆を行うほか、デザイン展覧会の企画、キュレーションも手がける。21_21 DESIGN SIGHTアソシエイトディレクターとして同館の展覧会企画も。
http://norikokawakami.jp
instagram: @noriko_kawakami